Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第344夜

御訛り (後)



 音数の違いというのは、歌にした時に顕著に表れる。
 にも書いたが、「銀河鉄道 999」のテーマソングで、“galaxy”に音符がどういう風に割り振られているかというと、ゴダイゴ版では“ga-la-xy”と 3 つだが、アルフィー版では「ギャ/ラー/ク/シー」と 4 つである。つまり、日本語話者はこの音を聞いたとき、4 つの音からなっている、と認識するわけだ。
 英語の歌が、どことなく早口に感じられるのは、そのせいである。ひとつの音符に複数の音が押し込まれているように聞いてしまうのだ。
 これを日本語でやろうとしたのが寺尾 聡氏で、「ルビーの指輪」が収録されている“Reflections”の冒頭の曲“HABANA EXPRESS”はこれを狙ったものだそうだ。聞いたことがない人も少なくないだろうということを承知で話をすすめると、ひとつの単語にひとつの音符、というイメージで、「タバコを/くわえて」を 4 分音符 2 つ、という形に振ってある。
 が、現実問題として、日本語では「タバコを」は 4 つの音からなるので、16 分音符 4 つに割らざるを得ない。結局、とてつもなく早口の歌、ということになる。
 これは、日本語の構造上、どうしようもない。これもにも書いたが、日本語の音の単位は「モーラ」といい、これはほぼ 1 字に相当する。
 例えば、“pineapple”は (なんと) 2 音節の単語である。これを歌に当てはめると音符は 2 つになる。だが「パイナップル」は、字を数えれば分るが 6 モーラ、歌おうとすると音符は 6 つも必要になる。*1

 話がやっと方言に戻ってくる。
 そうでない地域もある。これは、「モーラ」に対して「シラビーム方言」と呼ばれる。「ん」「っ」「ゃ/ゅ/ょ」を 1 音と数えない方言があるのだ。
 この話も同じところに書いてあって、例も同じ物を持ち出して恐縮だが、「新聞」と言う場合、「しぶ」に近く発音すると秋田弁らしくなる。無理に書けば「」という感じ。

 で、さらに伊藤 秀志氏の詩に戻るが、こういう音があるので、極端な早口に聞こえずに済む、ということがある。
『赤ちょうちん』の冒頭は「あのころ」だが、これを「あんじぎ」としている。秋田弁の、こういう「ん」は一人前の音にはカウントされないので、したがって譜割りはこんな感じになる。


 というわけで、ことここに関しては、秋田弁詩の方がゆっくりに聞こえる、ということが言える。
 同じように、『夢の中へ (井上陽水)』で「はいつくばって」を「床さはったえんして (床に這ったようにして)」としているのだが、これも「はっ」「えん」のおかげで窮屈な感じがしない (前者が 7 音、後者が 8 音)。

 伊藤氏の訳詩を呼んで始めて気づいたことがある。
『夢の中へ』は「探しものはなんですか」ではじまる曲で、探索者によびかけている形だ。
 が、2 番の「休むことも許されず」から「いったい何を探しているのか」までは、呼びかけではなく単なる描写である。立場の変化があるのだが、これに秋田弁詩で気づいた。
 この歌は「なんですか」というくらいでデスマスなのだが、訳詩はこれに忠実で、秋田弁の数少ない敬語要素「ス」がきちんと使われている。

 詩を改めて読んでみると、伊藤氏がウケをねらってない、とは言いにくい、ということに改めて気づく。
『東京 (マイペース)』で「東京」を「日本の首都」、『大きな古時計』で「百年」を「米寿と干支一回り」、はては『赤提灯』で「おでん」に換えて具を列挙してみたり。
 重箱の隅をつつくようで恐縮だが、「干支」が一回りするには 60 年かかる。12 年ですむのは「十二支」。*2

 わからないのが一つだけあった。
『亜麻色の髪の乙女 (ヴィレッジ・シンガーズ)』の「たっぺもしてける」。「やさしい彼のもとへ」に対応するところなので、そういう意味なのだろうが。
『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』によれば、河辺・由利に「もてなす」という意味の「たっぺぁもす」という語があるらしいが、これか?

 秋田弁詩ばかりではあれなので、オリジナルにも言及しておこう。
 アルファベット表記の 3 曲“BROKEN-HEART”“SA・SYELE-TA”“UNDABA-SYEBANA”は秋田弁を使った曲。
“UNDABA-SYEBANA”は「んだば」と「しぇばな」で、別れの挨拶である。これが“NDABA”ではなく“UNDABA”であるのが興味深い。
 歌詞カードにあるように、伊藤氏も、これは「んだば」だと認識しているはずなのだが、
 先日見た『アバウト シュミット』という映画で、ジャック・ニコルソン演じる主人公はアフリカの「ンドゥグ」という少年のフォスター ペアレントになる。これ、つづりも“NDUGU”なのだが、発音は「エンドゥグ」だった。英語には [N] で始まる単語はないのである。*3
 もちろん日本語も同様で、アフリカのチャド共和国の首都を「ヌジャメナ」という事があるが、これは“N'DJAMENA”というスペルで分るとおり「ンジャメナ」である。
 一番好きなのは“SA・SYELE-TA”。ストリングスやピアノ、微妙にひずんだギターと、『いとしのエリー』を思わせるきれいな曲なんだが。
“SA・SYELE-TA”の意味は秘密にしておくか。勘がいい人は前後の歌詞で分ると思うが。




*1
 歌では、リズムに乗って「パイ/ナッ/プ/ル」と割ることはあるだろう。「プ/ル」を「プル」と割ると、さすがに日本語の規則から外れる。(
)

*2
「干支」というのは本来、「壬申 (じんしん)」とか「甲子 (きのえね)」とか「丙午 (ひのえうま)」とかのこと。(
)

*3
 これは、アルファベットの「エヌ」ではなく、「ン」に相当する発音のつもり。(
)





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