Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第320夜

Keep on Rockin'



 前にも書いたが、忌野 清志郎は自転車者である。
 去年の秋、秋田まで来たのだ。
 テーマは「奥の細道」。
 それが、NHK BS-2 で放送された。

 BS なんだよなぁ、NHK.
 せめて秋田放送局くらい、地上波でやらんか。
 清志郎が来たんだぜ。

 ルートは、東京−栃木−福島−仙台−松島・石巻−山形−象潟。まさに、「奥の細道」ルート。

 福島の醫王寺のおじさん。
「じゅ」が「ず」になっている。寺の由来を説明する、年の説明で顕著。
 これが「ズーズー弁」の由来でもあるわけだ。
 首都圏、東京というよりは江戸かもしれないが (東亰かもしれない) が持っている「東北弁」のイメージって、この辺にある。福島から宮城南部である。似ているので、山形の一部も含まれる。
 なので、東京で「東北か。東北弁しゃべってみろ」と言われて秋田弁をしゃべってみせると、ちょっとガッカリされることがある。失礼な話だ。

 福島から茨城、栃木にかけてはちとずれがある。
 というのは、意識としては首都圏なのだが、言語的には間違いなく東北方言の地域だからである。
「疲れた」という意味の「こえ」は、茨城辺りでは「こわい」になるのだが、どちらも「筋肉が強張っている」の「強い」がもとである。ズーズー弁も茨城北部では観察される。
 そんなにいいかね、東京って。

 宮城を通って山形。
 清志郎が自転車をはじめるきっかけになった人が山形に住んでいる、という。
 ホームページには詳しく書かれてないが、2000 年に、雪崩にあった自分の子供を自力で救い出した人がいるのである。清志郎は、それで「自分の力で進む」ということに目覚めたらしい。

 ここで書くことじゃないが (まぁ、エッセイだからいいんだが)、自転車の最大の魅力は、自分がエンジンである、ということだと思う。いや、「思う」んじゃなく、そうなんだよ。
 自動車やオートバイの人には悪いけど、細かいチェックしようが愛情もってメンテしようが、動くのは機械。そこが決定的に違う。
 自分がこがないと、1m も進まないんだよ。*1

 話がそれた。
 その人の言っていること、俺はわかったが、どうも清志郎はすべてはわかっていなかったように見える。BS 放送では。
 あるいは、尊敬するがためにぎこちない会話になっていたのかもしれないのだが。
 気づいたことと言えば、相手のオジさんが「歩く」を「ありく」と言ってたことか。

 でも清志郎、相手の言っていることを真似している節がある。東北弁をトレースしているように見えた。
 これ、普通じゃん、とか思う人がいるかもしれない。ミュージシャンだし、全国回ってるだろうし、って。
 でも、できない人がいるんだよ。一般人じゃなくて、俳優で。
 バラエティ番組のゲームで、すべての音をパ行音で発音させて、元の単語が何かを当てさせる、というものがあった。
 俺が見たのは「ビートたけし」だった。
 全部、パ行音で言ったら「ピーポパペピ」だが、これが、つまり「ビートたけし」から「ピーポパペピ」への変換が出来ない人がいた。名前は出さないけど。
 言葉で飯食ってる人のすべてが、言葉に敏感ではない、ということ。
 まぁ、昨今のアナウンサーと気象予報士の日本語を聞いてれば、そんなもんだな、ってことはわかるけど。特に後者はひどい。

 10/26、清志郎、象潟でゴール。
 俺はその道、知ってるぞ、と思いながら画面を見る。
 俺は、その 1 週間後、雪の降る中を鳥海山周辺の 60km を走ったのだ。天気が全然、違うぞ、おい。
 走った距離も違うけどなぁ。60km と 1000km かぁ。

 一応、自転車やってる人間としては、「まだ一月」とか言ってちゃいかんのである。雪は三ヶ月も経たないうちに溶けるんだから。それから練習したんじゃ遅いんだから。
 でも、自分の所属している会社があって、そこから別の会社にレンタルされている、という、二つのモノを背負っている人間は、なかなか練習時間を裂くことは出来ない。これは言い訳に聞こえるだろうが、俺には一日は 24 時間なんである。まさか、夜の 10 時からローラー回すわけにはいかんじゃないか。
 話は前の週に戻る。
 人生、何を切って、何を残すか。
 そこの見極めが肝心なんだが、40 を手前にして、まだ見極められないでいる。




*1
 ここで、「進まない」という表現が出るあたりが弱い。(
)





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