Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第307夜

CALL MY NAME



 職場では名札の着用が義務づけられているのだが、俺はつけていない。
 まず、ルールがはっきりしない。渡した名札以外は不可、ということになっているのだが、特に社員の方は (俺は常駐の外注である) 色んなバリエーションがあり、統一されていない。
 セキュリティ確保が目的だ、ということなのだが、来客用の名札がない。
 何より、首にかける形なのが気に食わない。世の中には、携帯電話を提げている人もいるが、首輪つけられて喜ぶなよな。まぁ、ここは大企業のコバンザメ子会社だから、大樹に繋がっていないと不安なのかもしれない。

 今回の話題は「名前」なのだが、方言の話に入る前に用語を整理してみたい。
 苗字と姓って、どこが違うの。
 いきなり難問である。
 まず、最上位にあるのが「氏」らしい。古くは「蘇我」「物部」、その後の「源平藤橘」あたりはご存知であろう。
「姓 (かばね)」ってのは、ランクらしい。「朝臣 (あそん)」「連 (むらじ)」なんてのをご記憶だろうか。
「苗字」は領地と密接に関係がある。今では簡易保険の CM をやっている毛利だが、毛利家の領地だから毛利という地名になったのではなく、毛利という土地に配属されたために毛利を名乗った、という順番であるらしい。*1
「足利一族は源氏である」などという言い方をするが、この場合、「源氏」が「氏」、「足利」は「苗字」ということになる。
 話をまとめる。「源朝臣重光」は、氏+姓+名前という組み合わせである。で、時代劇なんか丁寧に見ていると分かるが、これが正式らしい。足利尊氏も、「足利尊氏」ではなく「源朝臣尊氏」と名のったりする。*2
 佐竹義宣は、「源義宣左近衛権中将佐竹朝臣」と名のれるらしい。順不同なのか? 分解すると、氏「源」+名前「義宣」+官位「左近衛権中将」+苗字「佐竹」+姓「朝臣」、となる。*3
 まぁ、歴史的経緯は措いとく。我々の日常生活においては苗字/姓/氏がゴチャゴチャになっている、ということである。法的には、「氏」と言うらしいが。この文章では、面倒なので「苗字」で通す。

 で、名前だが。
「名前」にしろ「名」にしろ、これだけで「氏名」を指すこともあれば、「名」だけを指すこともある。「名をなのれ!」と問うたときは、「赤胴鈴之助だ!」と言われても「鈴之助だ!」と言われても文句は言えない。赤胴が苗字かどうかはともかく。
 英語でも、“name”と言ったら、“Sherlock”でも“Sherlock Holmes”でもいいわけで、この組み合わせで個人を認識する、というのはある程度の普遍性を持っているのか?*4

 雑学はこの辺にするか。
「名前」は「なめ」である。
 いや、これで終わっては困るな。
 屋号、というのがある。
 夏に、『秘宝月山丸』という本を読んだのだが、これにも登場する。舞台は山形の山村なのだが、同じ苗字が多いので、そこの歴史的背景や、住んでいる場所によって屋号があり、それによって識別する、などと書かれている。「むじなの森」「てっぺ (てっぺん)」などというのは場所だし、「役者どの」などというのは昔に遡ると云々、という話。一々実例は挙げないが、検索エンジンで「屋号 AND 苗字」なんかで検索するとたくさん見つかる。
 これは、日本にしかない習慣というわけではないようだ。

 屋号が必要になるくらいで、人の移動が少ない地域では、同じ苗字の家が固まっているところがある。
 例えば、秋田市南部の下浜 (しもはま) という地域には「大友」姓が多いが、聞くところによると、ずーーーっと手繰っていくと、豊後 (大分) の大友宗麟にたどりつくらしい。大友宗麟は戦国末期に攻め滅ぼされるのだが、そのとき、一族は海に逃げた。はるばる秋田くんだりまでたどり着いたのが、下浜の「大友」らしい。実際、他の地域でも、海岸沿いに固まっている「大友」は多いと聞く。ただ、ウラの取りようが無いので、本当かどうかは知らん。*5
 因みに、「大友」発祥の地は神奈川県の大友郷で、源氏である。

 地域的に偏在しているため、他では聞かない苗字、というのもある。
 青森に行くと「原子」という苗字がある。「はらこ」なのだが、町中を車で走っていると、「原子商店」なんて看板があったりしてギョッとする。五所川原には、そういう地名もある。
 それほど珍しくは無いが、俺にとっては「成田」「葛西」あたりは青森っぽい感じがする。

 秋田で多い苗字というと、佐藤である。まぁ、秋田に限らないようだが。「佐藤さん」は「佐渡さん」に近い発音だ、ということはかなりに書いた。
 この「○藤」という苗字は、藤原氏系だそうだ。近藤、遠藤、佐藤、斉藤、工藤、加藤、伊藤、江藤、仁藤、武藤…。これだけあると、藤原以外は人じゃねぇ、と言いたくなる気持ちもわかる。
 珍しい苗字について取り上げたサイトは多いが、秋田に関係あるのだと、こういうのがある。
信太 (しだ) (ことばの散歩道の「信太は珍姓か?」)
金持 (かねもち) (「名前を尋ねて」)
東海林 (しょうじ) (にゃーすの苗字探険隊)
「東海林」は山形にも多いが、「とうかいりん」らしい。
 茨城の苗字と風土記?(MoreMore)によれば、佐竹氏には根本という部下がいて、佐竹氏が秋田に転封されて来たときに、同行したとのこと。STARDUST REVIEW の根本 要氏はこの血筋か? これは藤原氏だそうな。
 ことばの散歩道の、他のページに寄れば、照井、舟山、船木、畠山、寺門、加賀谷あたりが、秋田に多い苗字だそうだ。
 俺の知り合いの加賀谷さんが、「加賀屋」の方が格が上だ、と言っていたが、本当だろうか。格ってなんだ、という問題もあるが。

 方言の話にならないなぁ。最近、こんな感じなんだが…。




*1
 苗字は「名字」とも書くが、そういう風に名前のついた領地を持っていて、その領地が非常にでかいと、「大名」と呼ばれるわけである。


*2
 信長はれっきとした平氏織田家の人間だが、秀吉は違う。木下藤吉郎→羽柴秀吉→豊臣秀吉となったのは承知のとおりだが、氏素性を必要として四苦八苦したらしい。最後には、「豊臣」家を作ってしまった。
 徳川家康が元は松平であることは有名。地方豪族らしい。後に、新田系だ、と言い張るのだが、それは、源氏でないと「征夷大将軍」になれないからである。


*3
 
DDT's Room の「雪の峠」が詳しい。

*4
“Holmes”でもいい。“Holmes. Sherlock Holmes”というような言い直しはよく耳にする。


*5
 俺が聞いたのは「秀吉に攻められた」って話だが、その時点で史実と違う。大友氏衰退の原因となったのは島津との戦で、秀吉は大友を援護している。






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