Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第290夜

阿波徳島 (追加)



 ATOK15 の話、もう一遍。

 前回の文章は製品仕様とユーザーの評判だけで書いてしまった。よく見たら、「全国方言WEB ほべりぐ」というサイトがあった。atok.com という URL が示す通り、れっきとしたジャストシステムのサイトである。
 方言でコミュニケーションを、という主旨だそうだが、各地版の ATOK 辞書を作ろう、ということも考えているらしい。

「笑う金魚の冒険」というコーナーがあって、各界の有名人が方言で、あるいは方言について語る。
 これもなんか顔ぶれが固定してきたかなぁ、という気がしてきた。早坂 好恵、山川 恵里佳…*1。別にこの人たちがどうこうというのではなく、それだけ、方言を隠さずに活動している人、かつ、自分の言葉について語れる人が少ない、ということなのかもしれない。
 特に後者は深刻だと思っている。言葉で食っているはずの、例えば、俳優やもの書きといった職業の人でも、自分の言葉には驚くほど無頓着。これの端的な例がアナウンサーである。よく槍玉に上げられるのはご存知の通り。

 何ヶ月か前にプレジデントが、社長 30 人にインタビュー*2、というような特集をやっていた。それを読んでいて気づいたのだが、ここに出てくる有名企業の社長の半分近くが首都圏出身なのである。東京あるいは首都圏は、日本一の人口流入地であり、田舎者の街、なんて言われることもあるくらいだが、そこに本拠のある企業の社長がことごとく首都圏出身である、ということに驚いた。わずかなサンプルで、「今の日本は!」なんて言う気はないが、俺がそのことを口にしたとある場で「それで?」という反応をされてしまったことも考え併せると、日本は東京で成り立っているのである、ということなのかもしれない。まして方言においてをや。

 話が逸れた。
「東西ガチンコ対決」
 各地の方言を比較するところは 2 つあって、これは、選択肢から選ぶところ。自由記入形式は「くらべてガッテン!」。
 これをみると、「あさっての翌日」が「しあさって」にほぼ席巻されていることがわかる。まぁ、俺もそうなんだが。因みに「次明後日」と書く。「やのあさって」は「弥明後日」。「弥」は「時を経る」という意味。

 で、フリートークのスペースが「ほべり場」。各コーナーの名前が既存のテレビ番組のもじりなのは何故。言葉について語る場所が、他者の言葉を借りた名前ってのはどうかと思うのだが。
 そもそも、「ほべりぐ」って「方言ベリーグッド!」なのだそうだが、この名前をつけた人は「ちょべりば」に嫌悪感を持っている人がいる、ということに思い至らなかったんだろうか。

 ダウンロードのコーナーには、都道府県別の固有名詞辞書がある。ダウンロードするには会員にならなければならないようだが (無料)、そのさわりを見ることはできる。
 秋田の場合、「白神山地」「亀田城」「稲庭うどん」あたりはいいとして、「歴史民族資料館」…ってあぁた。「永泉寺」ってどこ?*3 「払田の柵」*4あたりは是非、追加しておいて欲しい。
 山形で「月山」があるってことは、ATOK の辞書には「月山」は入っていないのか? 出羽三山くらい入れといてくれよ。
 東京が無いのは何故だ。単に公開の順番? それとも、主な固有名詞は標準辞書に入っている?

「地方チャンネル」というのがあって、これは方言別のスペース。
 ここもやはり「関西弁」という分け方になっている。京都弁は独立しているようだが。

「ほべりぐ」ではないが、ここからたどっていけるリンクに、ATOK監修委員会10周年記念シンポジウムの「方言の未来が拓くもの」というパネルディスカッションが紹介されている。
 ここで面白いのは、方言を扱った戯曲や小説を書いた人が、それをネイティブに見せたら、ほぼ全員が、それぞれ「それは違う」と言った、という話。
 後で、荻野 綱男氏が「泥沼」と表現しているが、地域差・年齢差・階層差などなどが複雑に入り組んでおり、かつ、現在も変化を続けている、というのが方言の実相である。これを、コンピュータ ソフトに組み込む、というのは、方言を「固定」するということなのである。
 難しさについては認識があるようだが、それはするべきなのか、ということには触れられていない。恐らくジャストシステム社内では議論があったと思うが、それを読ませてはくれないだろうか。非常に面白い議論であったろうと思われるのだが。
 で、そのまとめの文章。一部引用させてもらう。
が、同時に、現在のプログラミング手法では、ある種の限界が見えてきたことも否めない。もはや、変換効率さえ上げていけばユーザーが納得する時代ではなくなった。

そこで方言だ。(原文)
 これはどういう意味だ?
 黙って読めば、「売りにくくなったから方言に手を伸ばした」と読めてしまうのだが。
 それだとあんまりだなぁ、ということを念頭において読み直してみると、方言を取り入れることによって、漢字変換のアルゴリズムにある種のブレイクスルーを呼び起こすのだ、という決心であろうか、と取れないこともない。

 というわけで、ケチばかりつけてきた。
 一言でまとめると、このサイトの成果が具体的に ATOK に反映されるのはもう少し先だろう。この冬にできたばっかりだし。それには期待する。
 だが、製品はさておき、このサイトにジャストシステムが並べている日本語は脇が甘い。




*1
 早坂 好恵は「
ふるさと日本のことば」で沖縄をやったときのゲスト。山川 恵里佳は『東北ことば (中公新書ラクレ)』にインタビューあり。()

*2
 
今年の 4/29 号。「日本の経営者 30人 が語る『私の人材論』いる社員、いらない社員」という特集。30 人の内、首都圏の高校、首都圏の大学を出て、東京に本社のある企業の社長になってる人が 14 人。()

*3
 本荘市。「ようせんじ」と読む。山門が素晴らしく「飽かずの門」と言われているらしい。(
)

*4
 仙北町にある、平安時代の、役所兼軍事基地の跡。続日本紀などに記述はあるが場所のはっきりしない「雄勝城」ではないか、という説もあったが、払田の柵は発掘された柱から建築年代が特定されており、雄勝城に関する記述と一致しないことから、今のところ不明である。
 ということでわかる通り、境界ははっきりしないながらも、日本海側、現在の秋田市辺りまでは大和朝廷の支配が及んでいた。これが頭に入っていないと、前九年の役と後三年の役が理解できない。
 秋田のあたりは「出羽」という (大和朝廷の) 国であり、その伝で言えば、厳密には秋田は「みちのく (陸奥)」ではない、ということになる。
 蛇足だが、「秋田城」というのは、秋田市寺内にある、大和朝廷が 8 世紀に建造した城。秋田駅前、現在の千秋公園となっている、江戸時代に佐竹氏が居城としたのは「久保田城」または「矢留城 (やどめじょう)」。
 なお、久保田城築城の経緯については、『
風子のいる店 講談社漫画文庫)』『寄生獣 アフタヌーン KC)』の岩明 均が描いた『雪の峠|剣の舞 (KC デラックス)』に収録されている「雪の峠」をお勧めする。誰かが仕掛けたのではないかと思っているのだが、秋田市内の本屋を回ると大概、置かれている。大したもん。()





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