Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第288夜

阿波徳島 (後)




 さて、そもそも方言は仮名漢字変換しにくいのかどうか、ということを検証しておく必要があるだろう。
 文字、特に平仮名が各地の方言を適切に表現できない、ということにはこの際、目をつぶることにする。それを言ったら話が別の方向に行ってしまう。
 確かに、用言の活用語尾について、既存の仮名漢字変換エンジンと辞書が役に立たないのは事実である。であるから、先週の「頼んます」も、一度「頼む」で変換して「む」を削除、「んます」を追加する、という手順を取っている。これはわずらわしいであろう。
 が、俺自身の話をすると、平気である。
 まず、慣れている。あきらめている、という言い方もできるが。秋田弁が仮名漢字変換エンジンでどうにかなるとは思っていない。だから、常にそういう方法で入力している。
 そもそも、俺は、仮名漢字変換をプログラムに任せる、ということをしない。変換キーを押す頻度が高いのである。
 現在の、かしこい仮名漢字変換エンジンの恩恵にあずかるには、長めに入力して一気に変換する方がいいのだが、それをしない。直前の文だって、
変換 [変換] キーを [変換] 押す [変換] 頻度が [変換] 高いのである。 [変換]
 という調子。これはやはり、俺の文章の趣味と、仮名漢字変換エンジンの癖とが一致しない場合が多いからである。昔、当の仮名漢字変換エンジンを作っていたからよくわかる。こんなもの、最初に書いたとおり、個人差である。
 それともうひとつ、俺は間違った文章をしょっちゅう書く。Shuno, the Fault-finder がいい例だが、「仮名漢字変換エンジンが失敗するに決まっている表現」を打ち込まなければならないことがある。
 例えば、
斬新な手法を確立できる確率
 なんてのは、昨今のかしこいエンジンなら二つの「かくりつ」を変換し分けることができるだろう。だが俺は、
「斬新な手法を確率できる確立」というミスタイプを見つけた
 という文章を書くのである。その場合、「斬新な手法を確立できる確率」と変換してもらっては困るわけだ。なので、
斬新な手法を [変換] 確率 [変換] できる [変換] 確立 [変換]
 とやる。

 勿論、方言は単語だけで成り立っているのではない。文法もある。
 現代日本語では、五段動詞という分類があるが、四段動詞を持つ地域がある。三段というのもあったはずだ。助詞だか助動詞だか判然としない付属語もある。おそらく、そうした煩雑なルールを標準化する手法を開発したのだろうと思われる。さすがにジャスト システムである。
 まさか、関西弁専用モジュールと関西弁専用辞書を作ったのではあるまい。そんなことすると、対応方言を増やすたびに 1 から開発しなおさなければならないから、破綻は目に見えている。
 まして現在の仮名漢字変換は係り受けのデータも情報として持っているから、「大根を煮る」と「親に似る」を変換し分けることができるのだが、その情報は他の方言では役に立たない。
 例えば、東北では、方向を示す助詞として「」がある、ということを知っている人は多いだろう。だが、「机の上に置く (場所)」「秋田に行く (方向)」「赤になる (変化)」のそれぞれの「に」を「」で言えるかどうかは、東北各地で違う。
 それも含めて柔軟に表現できるような標準化をしないとやってられないはずである。
 ついでに言えば、「しょし」は秋田と山形では意味がまったく違うし、「めぐせ」は津軽と南部で違う。やはり東北弁モジュールは難しいだろうな。*

 これを調べていて驚いたのは、「関西以外の人は、話し言葉変換モードがあるからいいよね」という意見が散見されることである。自分達は自分達の言葉を使うが、他の地域の人は共通語を使え、ということ。さすが関西人である。

 あるテレビ局が、これからブロードバンドが普及して、チャットの時代になる。そうなると方言の重要性がますます…なんて書いていた。チャットはパソコン通信の時代、つまり 80 年代後期からあって、熱心に方言で発言していた人はいたんだけどね。それに、チャットをやるような人への普及ってもう完了しているような気がするのだが。
 さすが既存メディア。あいかわらずコンピュータ分野では寝ぼけたことを言ってくれる。

 一番、驚いたのは「モーニング娘」で変換すると自動的に「。」がつく、ということ。
 さすがジャストシステム。呆れてものが言えん。
 だが、うっかりすると、モーニング娘。のファンの方が秋田の総人口より多かったりするかもしれないので、迂闊なことは言わないでおく。





*
 秋田では「恥ずかしい」、山形の一部では「ありがとう」。津軽では「恥ずかしい」、南部では「見苦しい」。違うどころか、重なりもしない。(
)





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