Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第287夜

阿波徳島 (前)




 で、ATOK の関西弁変換機能ってどうなったの? と思ってちょっと Internet を調べてみた。

 えらく好評のようである。
 それはなぜか。
 この機能について触れているのは、関西の人ばっかりだからである。つまり、こういうのを待っていた人たちなのだ。
 勿論、関東側で ATOK15 にバージョンアップした人もいたが、「関西弁を使えないからよくわかんない」「私には関係ないし」という意見がほとんど。そりゃそうだろう。

 変換効率はどうかというと、いくつか例文を試してみて OK と言う人もあれば、うーん、と首をかしげる人もある。
 後者の意見については、まぁ、正直言って「ほーれ見ろ」と思ったクチなのだが、よくよく考えてみると仮名漢字変換ってそんなもんである。うまくいくこともあれば、とんでもない変換をしてしまうこともある。特に買ったばっかりの状態では、そこを云々してもあんまり意味がない。
 勿論、最初っから頭がいいに越したことはないが、結局は自分の文章と、ユーザー辞書もふくむ仮名漢字変換システムとが合致するかどうか、という話である。使って 1 週間も経つと結構、かしこくなる、と言っている人もいることだし。

 と言ってしまうと話が終わってしまう。
 ではユーザーはその機能を諸手を上げて歓迎しているのかどうか。
 そうとも言い切れないようである。
 というのは、この変換機能は「関西弁変換モードを持っている」というのが実態だからである。つまり、その状態では、全てが関西弁に変換されてしまう。「小唄」が「買うた」になり、「雄太」が「言うた」 になる。*
 人間の会話は柔軟なもので、方言に限らず、文体などなども含め、縦横無尽融通無碍である。早い話、東京弁と関西弁を行ったり来たりする。そのたびごとに、関西弁モードと非関西弁モードを切り替えなければならない。
 特に、関西弁モードは Internet におけるチャットを念頭に置いているから、それはかなりわずらわしい操作であるはずだ。事実、そういう意見は多かった。

 で、これは、ATOK が関西弁機能を搭載する、と聞いたときに誰もが思ったことだと思うのだが、いつ使うのだ? ということがある。
 日記サイト、エッセイを公開しているサイトの作者は使うだろう。
 他にあるか。
 漫才の台本、という声があった。俺は漫才の台本を見たことが無いからわからないが、「台本」である以上、ト書きがあると思われる。それは関西弁ではあるまい。ここでも切り替えが発生する。演者の名前はどうだ。
阪神:(巨人の胸をたたく)
巨人:クックルー(と鳩のまねをする)
阪神:それなんや
巨人:鳩胸
 という具合に、下線を引いたところ以外はすべて非関西弁モードである。これだけで 6 回の切り替えが発生するが、台詞だから、と「鳩胸」の前で関西弁モードにするとえらい目に会うことがあるだろう。おそらく。
 ビジネス文書には使わないだろう、ということは断言していいはずだ。
 社内では大阪弁が共通語、という会社は数多いと思うが、そこで配布される回覧文書や社内の稟議書などは大阪弁ではあるまい。官公庁に出す書類は、いくら大阪でもつき返されるだろう。
 勿論、オフィスのあるビルの「断水のお知らせ」なんてのは大阪弁で書くような習慣が生まれるかも、ということは言える。
今度の土曜日は、ビルで工事がはいりますよってに断水です。休日出勤される方はあんじょう頼んます。
 なさそうだなぁ。その辺はネイティブに聞かないとわからないが、方言は会話の言語である、ということを考えれば難しいのではないか。

 もうひとつ。
 関西ってのはどこだ、ということである。恐らく、京都・大阪・神戸の三都ではあろうが、これは兼用できる程度の違いなんだろうか。
 詳細は後述するが、「東北弁」なんてくくるとえらいことになるのだが。

 滋賀・奈良・和歌山・三重の皆さん、どうお考えでしょうか。

 これはどっかに書いてあったのだが、Internet 普及のお陰で規模の小さい市場をターゲットにできるようになってきた、ということは言える。
 どういうことかというと、例えば、秋田弁変換モジュールが出来たとしよう。秋田県民が 120 万人なので、最大使用者数がその辺になると仮定する。これは、日本人全体に比べると 1% に過ぎない。つまり、秋田弁変換モジュールの市場は、標準語変換ツールの 1% しかない、ということである。旧来の、メーカー−問屋−小売店というメカニズムでは、「一度買ったら数年は買い換えない地域限定商品」を商業ベースに乗せるのは非常に難しい。昔、ワープロで 10 万円とれた時代ならともかく、オンライン ソフトも入れれば、大方のソフトが数千円になっている現在では、それを商品化するなんてのは正気の沙汰ではない。
 が、メーカーのホームページにそれが置かれてあり、欲しい人はダウンロードしてください、という形にしておくと、流通コストは劇的に下がる。実現可能性が出てくるわけである。





*
 これは例え。前後関係で判定はできるはずだ。(
)





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