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Shuno の方言千夜一夜
第256夜
コウショウ
「同音衝突」という用語がある。
音が同じで意味の違う単語があると困るよね、という話である。
こないだ、それに関するメールを貰った。
秋田には「凍る」という意味の「
しみる
」という語があるそうだが、「煙が目にしみる」の「しみる」と同音衝突することはないのか、という主旨であった。「しみる」に相当する俚言があったら教えろ、とも書かれていた。
ややこしいので、「煙が目にしみる」の「しみる」は、以降「染みる」と書く。「心に沁みる」というのもあるが、それはおいとく。「凍る」は「こおる」である。
まず俺の回答を書くと、「染みる」に相当する俚言はない。『
秋田のことば
』によれば、「
しむる
」という変化形はあるようだが、全く別の形の語、というのはない。
じゃ困るか、というとあまり困らない。「染みる」と「凍る」が同時に登場する会話、というのはあんまりないからである。作ればないこともないが、日常的に頻発する、ということはない。
そもそも、「凍みる」は、秋田に固有の俚言ではない。同じく『
秋田のことば
』によれば、東北・関東・東海・中部・北陸・近畿・中国・四国・九州で使われている。全国だ。「凍み豆腐」という食材もあることだし。本格的に同音衝突について調べる題材としては問題がある。
『日本語百科大事典 (第四版、1990、
大修館書店
)』で「同音衝突」を調べると「
かけへん
」が紹介されていた。
近畿地方では、概ね大阪から他の地域へ、という方向で表現が伝播していく。だが、「
かけへん
」は京都にだけは進入していけないのである。これは、大阪の「
かけへん
」が「書かない」であるのに対して、京都では「書くことができない」である、というのが原因だ。
「書かない」と「書くことができない」は、一つの会話内で登場し、真っ向から衝突する可能性が高い。だから、京都では「書かない」という意味の「
かけへん
」を受け入れることはできないわけである。
*1
前にも取り上げたが、この辺では「
いたましい
(
いだまし
)」は「勿体無い」という意味である。
これと、「痛々しい」という意味の「痛ましい」は同じ音だが、これも衝突しない。
まず、使用条件が全く違うので、取り違えるケースは考えにくい。変だ、ということはすぐにわかる。
それと、「痛ましい」は文体が高い表現だ、ということが言える。日常会話で使わないでしょ?
今のは極端な例だが、東京弁〜標準語が流入してきた場合、それには一定のステータスが与えられる。秋田弁に同一化しにくい。また、その表現に俗語臭がなければ、「標準語という敬語体系」に組み込まれてしまう。なおさら衝突しにくくなる。
これではメールをくれた人に申し訳ないので、つらつら考えてみたのだが、「
こわい
」というのはどうだ。
「疲れた」あるいは「固い」という意味の語だが、これも使用範囲はかなり広い。
これと「恐い」は衝突するような気がする。
なんでそう思うんだろうか。感覚的には、「染みる−凍る」が衝突する可能性より、「疲れた−恐い」が衝突する可能性の方が高い、と言えるのだが、根拠が上手く説明できない。
「染みる」は、他の単語に比べて使用頻度自体が低い様な気はする。それに、「凍る」と違って目的語を必要とする。逆にいえば、目的語があれば「凍る」ではないわけである。
「疲れた−恐い」は、動詞と形容詞で品詞こそ違え、主語+術語の形で使われる点は同じだ。
岐阜の一部では、「
こわい
」が「固い」、「
おそがい
」が「恐い」と使い分けられているようである。これなんかは、うまい材料になりそうな気がするがどうだろう。
秋田も、疲労を表すときに「
こわい
」系で表現する地域ではあるのだが、音が“koye”で「
こわい
」ではないので、「恐い」とも「声」とも衝突しない。「恐い」は「
おっかね
」か?
ニュースで「試案」を「試みの案」と言い直したりする。
あるいは「辞典」「字典」「事典」をそれぞれ「ことば典」「もじ典」「こと典」と言い換える。「市立」を「いちりつ」、「私立」を「わたくしりつ」と言い換える。
秋田高校と秋田工業高校を何も考えずに省略すると衝突するので、「しゅうこう」「あきこう」と呼び分ける。
方言から目を転ずれば、同音衝突と、それを避けようという行為はいたるところに見られるのである。
日本語は同音異義語が多い、というのはよく言われる。それはどうも漢字のせいらしい。
音読みにおける読み方のパターンは一定の数に収束する (逆にいえば、ある読みを取り上げたとき、それに合致する漢字は、訓読みの場合よりも、音読みの場合のほうが多い
*2
)。それを組み合わせて単語を作るので、どうしても同じ音の単語ができる、というのである。
*3
手元の国語辞典で「こうしょう」という単語を数えてみて欲しい。
大辞林
では 45 語も見つかった。VJE-δで 24 語、MS-IME2000 でも 26 語ある (それぞれ、VACS と Microsoft の仮名漢字変換プログラム) 。
流石にこれを全て使い分けられる人は少ないだろうなぁ。
*1
書かない
書くことができない
京都
かかへん
かけへん
大阪
かけへん
かかれへん
(
↑
)
*2
これも体感だが。
(
↑
)
*3
アルファベットの略語がややこしいのも同じメカニズムか。
(
↑
)
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