Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第244夜

「自転車」




 この話ばっかりで恐縮だが、仕事が忙しく、正確に言うと拘束時間が長く、その上、スケジュールが定まらないため、今年は MTB のレースには全く参加できないでいる。事前申し込み制なので、金を捨てていることになる。
 腹が立つのは、お世辞にも若くないわけで、来シーズンがあるとは限らない、からである。後で振り返って、去年 (2000 年) のが最後だったな、てなことになったら、理由が馬鹿馬鹿しいだけに、泣いても泣ききれないではないか。

 先週から続いて本屋の話だが、から注目している本屋に、東京は根岸の往来堂書店というのがある。
 前店長の話を聞く機会があって、刺激を受けるところ大だったのだが、現店長も言葉は穏やかながらユニークな視点を持っていて目が離せない。
 その往来堂書店のメールマガジンを読んでいたら、自転車の本が売れている、という話があった。
 東京は道がゴチャゴチャしているから、実は自転車での移動に適した街なのである。市街地が途切れないから、疲れたときの休憩や、ノドが乾いたときの水分補給も楽だ。
 ということを、各種の自転車雑誌が主張してきたのだが、エコロジーな潮流とも併せ、やっと世間も認めるようになった、ということか。
 で、店長の笈入 (おいり) さん曰く、
関係ないけど「自転車」を「じでんしゃ」って言う人いませんか?(東京弁なんだろうか?)
奮闘日記 (2001/07/04)
 秋田でも「じでんしゃ」と言う人は少なくない。
 早速、検索エンジンにつっこんでみる。
 そしたら、出るわ出るわ。北海道、茨城、群馬、静岡、福井、大阪、博多。日本全国である。

「じ」も「ん」も有声音だが、「て」は無声音だ。したがって、「じてんしゃ」という発音は、実は割と面倒くさい。ちょっと「じてんしゃ」と「じでんしゃ」を交互に繰り返してみて欲しい。「じでんしゃ」の方が楽に感じられないだろうか。素早く、かつ「て」が「で」にならないように注意すると、「ちてんしゃ」みたいな感じになったりしないだろうか。
 つまり、俚言というよりは、口語形と考えた方がいい。まぁ、無声化・有声化のしやすさについては地域差があるので、そういう意味での方言形である、とは言えるかもしれない。

「方言」という言葉の意味範囲だが、専門家の間では、ある地域で行われる言語現象の全てを指す、という考え方が支配的である。
 例えば、「チャリ」というのは秋田で産まれた俚言ではないが、秋田で使われている。つまり、「秋田の方言」には「じてんしゃ」「じでんしゃ」「チャリ」「バイク」の全てが含まれるのである。
 言い換えれば、その地域に特徴的な現象だけを指して「方言」というわけではない、ということである。
 つまり、「じでんしゃ」は、東京弁であると同時に秋田弁でもある。そういう意味では、笈入さんの言うことは正しいのだが、おそらくそういうことを言おうとしたのではないだろう。
 念のために言っておくが、論文ではないのだから、こういう使い方で問題はない。

 前にも書いたような気がするが、その土地独自の表現ではないのに、これは俚言だ! と断定してしまう人がいる。
 この間は、「ざっぱく (雑駁)」というのを見つけた。単に、オフィシャルな (文体の高い) 場面では使えないから、というだけで方言扱いしてしまう人は多い。あるいは、単に、自分が使われている例を知らないから、というだけのことも多いのではないか。
 一歩進んで、辞書に載ってないから、という人も多い。調べる気があるだけましだが、辞書に載ってるかどうかが方言かどうかの基準になるのなら、「勘考する (よく考える)」は名古屋方言ではないし、「さいぜん (さっき)」は大阪弁ではないことになる。
 あるいは、小学館の国語大辞典に載っているから方言ではない、なんて人もいる。国語大辞典は 20 巻近くからなる、文字どおりの大辞典だ。使用条件がごく限られている言葉も載っていると考えるべきだろう。

 漢字で書ける俚言については何度も取り上げてきている。
 が、そもそも漢字で書かないものを別にすれば、同じ日本語である以上、ちょっと遡れば、漢字で書けて当然なのである。
 おそらく、古語辞典に載っているから方言でない、という意見を認める人は少ないと思うのだが、大部の辞典や、大辞林など古い言葉も積極的に載せている辞書の場合も要注意である。

 前に、バイク メッセンジャー (平たく言えば、自転車による宅配便) が秋田で成立するかどうかを考えてみたことがある。
 結果は NO であった。
 朝晩はともかく、時間が読めないほど混雑することがほとんどないので、車の方が早い。
 ビジネス街というものがなく、住宅地と混在して、だらーっと広がっているため、場合によっては、相当の移動距離になる。やはり車が早い。
 ホワイトカラー比率が低い。自転車では大きなもの、重いものは運びにくいので、需要が少ないと思われる。
 何より、冬は仕事ができない。
 やはり、自転車は都会に適した乗り物なのである。
 緑の中を走った方が気持ちはいいのだが。




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