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Shuno の方言千夜一夜
第223夜
DASH, DASH! Dan, Dan DaDan
ちょっと前の話だが、『ザ!鉄腕!DASH!!』という番組で方言が取り上げられていた。
これは、TOKIO というアイドル グループが司会をしているバラエティ番組である。メンバーが色んなことにトライする番組のようだ。「鉄腕」というのはそういう意味だろう。
マラソンしているシーンを CM で見た記憶もあるが、どういうわけか、その日は方言なのだった。
時間帯が日曜夜 7:00 で、「
ふるさと日本のことば
」と思いっきりぶつかるのだが、そっちはビデオにとっといて、こっちを見た。
方言が直らなくて困っている人、直したいと思っている人の奮戦記である。これにメンバーが伴走する、という形。
この企画に参加する視聴者を募集したところ、526 通の申し込みがあったそうだ。この番組の人気がどの程度なのかは知らないが、少ない数ではないような気がする。それだけ困っている人がいる、ということなのだろう。
実際に出演したのは、青森の女性と、茨城の男性。どちらも、全国共通語とアクセントやイントネーションが大きく異なる地域である。苦労しているだろうことは想像に難くない。女性の方は東京での看護婦志望、男性の方は俳優志望である。
彼らの発話が紹介されると、スタジオの観客から
笑い
が巻き起こる。
自分と違うものと接触したときに笑いが浮かぶのはしょうがないとは思うが、
悪意の有無に拘わらず
、そのことが
方言話者から方言を奪うきっかけになる
ということは覚えておいていただきたい。ある人の発話を聞いて「○○県の方ですね」と言っただけでもまずいケースがあるくらいなのだ。
放送局 (
NTV
) はかなり及び腰というか慎重というか。
全国共通語(「標準語」と言っていたが)が使えないとなぜ困るか、ということを、アナウンサーの場合を例にして説明していた。「税金をカす」と言う場合、「か
す
」では「課す」、「
か
す」では「貸す」で、全く意味が違ってしまう。これをニュースなどでやったら大変なことになる。
そりゃそうだが、アナウンサーという職種を取り上げるあたりが弱い。特殊な職業である。
福沢アナも「標準語を使うことが必要な場合
も
ある」と何度も繰り返していた。
さて、その視聴者が標準語をマスターしたことをどうやって判定するか。
これがまた、
VoiceATOK
なのである。平たく言えば音声入力のソフトだ。おい大丈夫かよ、という不安がよぎる。まぁ、基準が一定、というメリットはあるか。それに、娯楽番組だし。
例文全ては挙げないが、変換結果の特徴的な部分だけだと:
恐くない
→
5 枠内
自転車
→
指定車
(雪が)
しんしんと
→
新進党
21 世紀
→
移住 1 っせ息
位置する日本
→
一時るんるん
選手たち
→
1000 宗質
俺でも想像できる範囲で解説すれば、「恐くない」が「5 枠内」になるのはわかる。東北方言では、カ行が有声音になることが多い。「こ」が「ご」に聞こえる可能性はある。
「しんしんと」が「新進党」というのは、語尾を延ばしただけだと思う。確かに、わざわざ伸ばそうと思わなくても、伸びていることが多いとは思う。立松和平氏あたりの発話を思い出してもらえればよい。
まぁ、「新進党」が変換用の辞書にまだ入ってるってのもすごいと思う。
これが最初のトライアル。
ここから、大分からやってきて言葉で苦労したという落語家の桂平治氏、はとバスのバスガイド、アクセント学校講師などのプロに教わったり、劇団の練習に参加したり、アクセント辞典を参考にしたりする。
高低をメロディに置き換えることを思いつき、カラオケ屋で例文を歌詞にしてみる。これが実際に行われている方法であることは
前
にも書いた。
ピアノの先生のところに行ったりもしているのだが、その先生が視聴者と同郷で、方言丸出しの会話になっていた。これは楽しかったが、元の木阿弥である。
途中で、重要な指摘。
VoiceATOK が誤変換するのは、声が小さいからではないか。つまり、当事者の自信の無さが、わかりにくい発話を生み出しているのではないか、という指摘である。
その可能性はある。方言をからかわれたために引っ込みがちになったのでなければよいが。
最後には正しく変換されてメデタシ メデタシである。
まぁ、VoiceATOK のロジックに発話を合わせただけではないのか、という話もあるのだが。
この番組、誰かに監修を受けていたのだろうか。
というのは、かなり胡散臭い部分があるのだ。
まず、無アクセント地域について、中央からアクセントが伝播しなかった地域、という説明がされていた。これは正しいのか?
中央とは異なるアクセント型になっていることについて、中央のアクセントが正確に伝わらなかった、というのであればわかるのだが、あの説明では、アクセントが伝わらなかったためにアクセントが無いのだ、と受け取れる。単なる文章表現の問題だろうか。
それから、スーパーでイントネーションの高低を表示したりしているのだが、これが実際の高低と合っていない。TOKIO のメンバーが視聴者と一緒に指で高低を確認しているシーンで混乱が見られるのは逆に微笑ましくていいのだが、スーパーはまずいだろう。
まぁ、基本的に娯楽番組だし、ということで。
局側の、笑いものにしないように、という慎重な扱いも感じられるし。どうせなら、スタジオの笑い声も消して欲しかったくらいだが。
さて、俳優志望君の場合は、普段の会話はともかく、その芝居が要求する言葉遣いに応える必要があるから死活問題だろう。
*1
看護婦志望君はどうだろう。確かに、「税金を貸す」の例えではないが、治療に関わる情報の伝達にミスがあってはまずいと思う。が、患者とのコミュニケーションという観点では、方言話者であることは信頼感を得るのに有利ではないのだろうか。まぁ、東京に対する憧れがある、ということだし、本人の好き好きとは言えるのだが。
どちらも自分では対処できなかった、という点は気にとめておく必要があるだろう。全国一律に標準語化が進行しているわけではない、ということである。
標準語 (実質的には東京弁) は地面を伝わって伝播するのではなく、メディアを通じてシャワー状に撒き散らされる。標準語のサンプルについては地理的ハンディはない筈なのだ。
例えば、青森は東京からは遠い。だから、生の東京弁話者と接触する機会は少ない。
では、茨城は東京に近いから有利かというと、さにあらず。ここは無アクセント地域である。ここで言語形成期を過ごしてしまうと、アクセントを認知する能力が充分に育たないまま成長することになる。日本人の“L”と“R”の様なものである。
というわけで、標準語習得にあたっては、全ての地域がなんらかの形で越えるべき壁を抱えている。東京だって、東京弁話者だって標準語との違いをはっきり認識できない、というハンディがある。
*2
そう簡単にはなくなりゃしませんよ、という話。
番組に出演しなかった 524 人は、それぞれどういう事情を抱えていたのだろう。興味がある。
*1
前原一輝という俳優は、方言話者の役があると、実際にその地域に行って勉強してくるのだそうだ。
↑
*2
NTV
のサイトから『ザ!鉄腕!DASH!!』のページに行くと、この放送に関する感想がアップされているのだが、なかなか興味深い。
あのページはときおり更新されるようなので、もう別の内容になっているかもしれない。2/25 の時点ではあった。
↑
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