Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第216夜

『日本語の値段』



 舞台をこちらの本に移して、話を続ける。
 この本は、タイトルが示す通り、方言プロパーの本ではない。学術的には言語に貴賤はないが、実際には経済的に違いがある、ということをいろんな角度から論じている本である。
 これは、去年の 10 月発売。奥付がその時期だから、書店に並んだのは 9 月か。秋田は知らんが。

 俺も一応は外国語学部卒だから、色んな言語を学んだ。残っているかどうかはともかく。
 いつも 4 月に思ったのは、なんで辞書ってなぁこんなに高いんだ、ということである。
 言うまでもなく、一番安いのは日本語、つまり国語辞典である。高校時代に買った講談社学術文庫のヤツなんか \900 である。
 次いで英和辞典。コンサイス版を勘定に入れても、\1000 未満の英和辞典はないと思う。ファミレスのレジにおかれているようなのは別。あれは辞書ではない。
 次にドイツ語・フランス語あたりが来るわけだが、ここにちょっとしたギャップがある。内容に目をつぶったとしても、二千円台のものを見つけるのは難しい。
 これはもちろん、「中学生向けの仏和辞典」がないことも関係ある。いかに初学者とは言え、大学生レベルの者が使う以上、それ相応の内容であることが期待されるわけである。*1
 今はちょっとブームみたいだからどうか知らないが、俺が学生の頃は、イタリア語あたりになると、また高かった。はっきり言って、そのおかげで断念した。確か、新古品の中辞典が \7,000 くらいだったと思う。

 話を方言に移す。
 氏によれば、方言の撲滅−方言の記述、と来て、現在は方言が娯楽の対象になっているという。
 確かに、歌にドラマにバラエティにホームページに、と方言を扱ったものは多い。花盛りと言っていい。
 まったくの思いつきだが、この現象、方言話者が方言から距離をおくことに成功したからではないか、と思ったりする。若い世代を中心に、方言に対してニュートラルとも言えるポジションを取っているということは既に報告されている。
 更に、Internet という、素人でもものを言えるメディアが 90 年代後半に普及し始めた。実に絶妙なタイミングであったと言えるのではないか。

 いわゆる「方言グッズ」については、ご当地土産などが貴重な方言資料だった時期もあったりして昔から話題になることは多かった。
 こないだみつけたのだが、ペットボトル入りのお茶で、ラベルに各地の方言を印刷しているものがある。ホームページもあるので気の向いた方はどうぞ。
 全国展開している商品というのは珍しいケースではないかと思うのだが。*2
 これも、緑茶というドメスティックな飲み物と、ドメスティックの極みとも言える方言が経済的に結びついた例、と言えるだろう。*3

 極端な例になるが、自分の方言しか話せない人がアナウンサーになろうとしたら非常に苦労するであろう、ということは想像に難くない。場合によっては、役者や外国人向けの教材を購入するなりして標準語をマスターしなければならないかもしれない。ここで経済が発生する。
 また、誰にとっても 1 日は 24 時間。その内の何時間かを標準語獲得のための勉強に当てれば、他のことをする時間が減る。睡眠時間を削れば体調を崩して医療費が発生するし、食事の時間を削るために割高の外食が続いたり、残業しないように立ち回れば給料が減って昇給も遅れる。
 アナウンサーではなく事務系サラリーマンであっても、文章が苦手であるために出張報告を書くのに手間取ったとすれば、他の仕事がおろそかになる。
 言葉は常時使うものであるだけに、経済に直結するのである。
 あるいは、ある土地に転勤してきた営業マンが、一定期間を過ぎてもその地域の方言に溶け込めないとすれば、成績が落ちる可能性は非常に高い。
 ここは明確に意識しておいた方がいいかもしれない。手放しの方言礼賛は、コミュニケーションの観点から考えても、経済的に考えても問題がある。

 かと言って、方言札のような強制的で薄汚い手法は許されない。
 ほっといていいのである。
 何の調査か忘れたが、高校生の言葉遣いを調べると、県外に進学・就職する意思のある生徒と、そうでない生徒とでは言葉遣いが異なるそうである。つまり、方言だけでは困る、と思えば、自然に共通語をマスターしようとする、ということだ。
 まぁ、「助長」や「角を矯めて牛を殺す」の故事についてゆっくり考えてみていただきたい。
 教える、導く、ってのは実に不遜な行為である、ということだ。あぁ耳が痛ぇ。
『日本語の値段』
井上 史雄 著
大修館書店 ISBN4-469-21259-8




*1
 この本に書かれているのだが、センター試験で英語以外の外国語を受験する人は、1999/1 の実績で、フランス語 102、ドイツ語 66、中国語 93 なんだそうである。もっと多いかと思っていた。ちなみに、英語は 165,000.


*2
 各地の日本酒ならかなりある。


*3
 コーヒーやアルカリイオン飲料、ブランデーなどの洋酒との関係は想像しにくい。お菓子にはあったような気がする。よく、裏面に豆知識なんてのが印刷されてたりする。




"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第217夜「お正月の方言を写そう」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp