Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第188夜

音無しの構え



 音声データの作成が止まってもうすぐ 2 年になる。
 ケーブルが断線しているのが原因であることはわかっているのだが、そのケーブルがない。
 俺のマイクの出力が小さいのか、サウンドボードの性能が悪いのか、マイクを直結したのでは音が小さくて使い物にならないため、エレキギターに使うコンプレッサーを間にかましている。これをプリアンプとして使っているわけだ。
 コンプレッサーは、入力も出力も標準ジャックである。マイクの方は標準プラグだから問題はないのだが、サウンドボードのほうはミニジャックなので、ミニ−標準のケーブルが必要となる。これが切れているのだ。
 で、近場の電気屋を何軒か回ったのだが、ない。
 ミニ−ミニのケーブルと、ミニ−標準の変換プラグはあるが、この組み合わせで買うと \900 近くになる。1 本で買えばその半分くらいであることがわかっているので、ばかばかしくて買ってない。
 というわけである。もう少々お待ちいただきたい。今度、東京に行ったときにでも秋葉原で探してみる。ケーブル 1 本のために秋葉原かい。

 音声データの話を持ち出したのは、アクセント・イントネーションの話題だからである。
 「黒い」「暗い」という形容詞がある。
 これはどちらも、「レ」となる。「レ」が高くなるのも同じ。
 だが、後ろに別の単語がつくと、全体のイントネーションが変わってくる。
 例えば、「クレ部屋」という表現。「黒い (内装の) 部屋」か「暗い部屋」のどちらかであるわけだが、イントネーションは次のようになる。
黒い部屋 ヘヤ
暗い部屋 レ ヘヤ
 つまり「黒い部屋」では「レ」だけが高いのに対して、「暗い部屋」では「レ ヘヤ」全体が高いのである。同じように、「(あらまぁ) 黒いこと」「(あらまぁ) 暗いこと」は:
黒いこと ゴド
暗いこと レ ゴド
 となる。

 この違いはどこから来るのか。随分と考え込んでしまったが、気がつけば何のことはない、「黒い」「暗い」のアクセントそのままだ。「」「ライ」なのである。
 そもそもの原因は、「クロイ」と「クライ」が「クレ」に変化してしまったことにある。
 それぞれ「ロ」と「ライ」にアクセントがある、という違いがあるのに、どちらも「レ」になってしまった。当然、アクセントは「レ」に来るわけである。
 で、後ろに単語が来たときに、元々のアクセントが復活してくる、ということであろう。

 ただ、揺れは見られるようである。
 「黒く」の「」だが、「レグ」と発音するケースもあるようだ。だから、家の改装現場で「この部屋、クレグしてけれ」といわれたような場合、誤解が生じる可能性がある。

 にも、アクセントは直りにくい、と書いたが、発音の問題は根が深い。
 とある場所で聞いた話だが、ワープロで「→」などを入力するには「やじるし」とタイプして変換すればいいのだ、と聞いた人が、いくらやっても変換されないと騒いでいるので画面を見たら「やじゅるし」とタイプしていた。こういうことはあるのだ。自分の発音しているつもりの音と、実際の音とが食い違うことは決して珍しいことではない。
 ここが第一歩である。自分の発音が正確に認識できないと、発音を変えることはできない。現在の日本人 * に“L”と“R”の区別が難しいように、秋田弁の世界で生まれ育って口も耳も秋田弁の人に、それ以外の発音をしろ、と要求するのはちょっと無理がある。




*
 昔の日本人は耳が良かったのではないか。これは、学生時代に中国語をやって思ったことである。
 ちょっと中国語をやるとわかるが、-ng で終わる字と、-n で終わる字とでは、音読みがきれいに分かれている。
 例えば、我々がうっかりすると「タン」でまとめてしまう字でも、tang なのか tan なのかで音読みが異なる。「湯」「唐」「糖」「堂」は全て tang という発音だが、この中に日本語として「タン」である字はない。一方、tan という発音を持つ「痰」「炭」「探」「嘆」は全て「タン」である。逆に「白湯」を「パイタン」と読んでしまう有り様である。
 漢字を受け入れた時代の日本人は、-ng と -n を聞き分けることができたのであろう、というのが、この付録の趣旨。
 勿論、漢字を駆使していた日本人は相当のエリートであって、中国語に堪能であった可能性も高いとは言えるのだが。(
)




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