Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜
第176夜
ソリッドステート
俺が始めて「ハイブリッド」という単語を聞いたのは、中学のときだったか、高校のと
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きだったか。いずれ、生徒という立場にあって、英語を勉強していた頃の話である。な
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んかの電気製品であったと思う。あるいは時計とかだったかもしれない。
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だもんだから、「ハイブリッド」には、ハイテクでメタリックなイメージがあるのだが、そ
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のイメージは、“hybrid”が「雑種」という意味であることを知った後でも払拭されなかっ
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た。
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それは今でも変わらない。単語そのものに手垢がついてしまったから幾らかレベルダ
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ウンはしたが、「ハイブリッド」と聞くと、スタイリッシュなメカを思い浮かべてしまう。“hybrid”
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な犬というと、意味はともかくイメージだけのレベルで AIBO のことかな、とか思ってしま
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うので、目の前の犬や猫を指されると眩暈がする。
秋田弁におけるハイブリッドと言うと、まずは「えっとっすよー」が思い浮かぶ。
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「えっと」はどこでも使われる感動詞。これに「っす」がつくのが秋田っぽい。秋田弁
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の得意技、敬語表現の「す」である。
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したがって、標準語風に言えば「えっとですねぇ」となる。
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「あのっすよ」「それでっすよ」というのもある。それぞれ「あのですね」「それでで
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すね」に相当する。
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これ、ステロタイプ丸出しで申し訳ないが、体育会系営業畑の人が多用する。
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「す」があるから敬語 (もしくは丁寧語) には間違いないのだが、語尾の「よ」のおか
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げでその程度が若干、減じている。したがって、相手が自分と同クラスかちょっと上くら
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いの人であれば使えるが、自分が平の営業マンで相手が取締役クラスだったりすると、
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取引を重ねてかなり仲良くなった後でないと使えない。まぁ、双方ともに規模の小さい零
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細企業なら別だが、
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大阪辺りだと「ほいでですね」とか言うんじゃないだろうか。
大阪といえば、「指つめ注意」である。
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列車のドアにこう書いてあったために、そんなに暴力団員が多いのか、と恐ろしくなっ
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てしまったというような笑い話はたまに聞く。
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知っている人も多いだろうが、書いてある場所から想像してもわかる通り、指をはさま
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ないように注意しましょう、という意味だ。ドアに指をはさむようなことを「つめる」と言う
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わけだ。
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これも、「指」と「注意」が標準語形で「つめ」だけが方言形のハイブリッドである。
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「指つめんように注意したってんか」てな具合に、方言形であることが直ちにわかるよ
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うに書いてあれば、いくらか誤解も減ると思われる。書かないと思うが。
更に南下すると、熊本の「あとぜき」というのがある。これもドアに書いてある。
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知らない人は考えてもわからないと思うので、答えを書いてしまうと、「後から来た人
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が戸を閉めましょう」ということである。「せく」が「しめる」という意味なのである。
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これも「後」と「せく」のハイブリッド。
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ちなみに、サ変名詞であって、「あとぜきする」とも使える。
北に戻ってこよう。今度は青森。
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どこの話だか忘れたが、伝統行事で、ひざをついたままの状態でやる相撲がある。倒さ
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れれば勿論負けだが、バランスを取ろうとして立ち上がってしまっても負けらしい。
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これを「ねまり相撲」という。
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「ねまる」は前にも取り上げたが、「座る」という意味。
オクラという野菜がある。毛の生えたやせぎすのピーマンみたいな奴。
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唐辛子みたいな外見に反して、粘り気のある野菜だ。単純におひたしにしても美味いが、
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粘りもん同士、納豆に混ぜてみてもなかなかいける。
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これ、アフリカ原産の野菜で、「オクラ」ってのは“okra”をカタカナ表記したものなので
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ある。
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秋田衆は、これを「おぐらっこ」と呼ぶ。「ぐ」は濁音。
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実に国際色豊かなハイブリッドではないか。
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「トマトっこ」「キャベツっこ」という使い方もないではないが、「おぐらっこ」ほど使用範囲
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が広くはない。日本に昔からある野菜だと思っている人が多いからではないか、と考え
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ている。
去年の話だが、SONY が、メモリカードに音声を記録するウォークマンを出した。これ、
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記憶媒体の名をとって、「メモリースティック ウォークマン」という名前なのだが、本体
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には、頭文字をとって“MS Walkman”と書かれているのである。
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これでは、世界一の大富豪が率いるソフト会社みたいだ、と、ある編集者が考えたのが
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「ソリッドステート ウォークマン」。
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これも、「ハイブリッド」より前の言葉だが、ハイテクなイメージの単語だったんだよなぁ。
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