Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜
第173夜
けんびきをけんさく
「手袋を履く」の調査中に、非常に面白い俚言を見つけたので紹介する。
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タイトルに挙げた「けんびき」である。
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使われているのは讃岐。
ここには「ゆず酒」ってのがある。
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「ゆず酎」なら秋田でも手に入ることがある。柑橘類特有の口当たりの良さで、スッキ
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リと酔えて美味い。大手メーカーのもあるにはあるが、あれはちょっと違うな。
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去年の夏に本場もんの「ゆず酒」を飲む機会があって、あ、こりゃいかん、と思った。
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酒臭さがほとんどないから 5 合くらいはクイっと飲めてしまうが、後でエラい目にあう、
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という代物である。
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香川恐るべし。
なんか酒っぽい響きだが、「けんびき」とそれとは全く関係ない。
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語源は「痃癖」らしく、これ、背骨の周囲を指すらしい*1。この語は文楽・浄瑠璃といっ
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た伝統芸能に残っているようだ。関連のホームページがいくつかヒットする。
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で、「けんびき」の方だが、基本的には、肩こりを指す言葉らしい。
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面白いのは、肩こりから原因にさかのぼって、疲労を指すようになり、更に、疲労が原
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因で生じる諸症状、例えば頭痛などをも指す、ということである。いろんなホームページ
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を見ていると、「疲労」であったり、「倦怠感」であったり、はては「リウマチ」であったり
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する。
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こんな切り口の単語は標準語形にはない。
残念だが、これに匹敵するインパクトを持った秋田弁の俚言にも心当たりがない。
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病気の類では、「ちゅうぶ」「かぐらん」あたりを知っているだけだ。どちらも先頭にア
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クセントがある。
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ただ、「中風 (ちゅうぶう)」は国語辞典にも載っている。*2
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「かぐらん」の方も、「かくらん」で引けば出てくる。「鬼の霍乱」という表現は知っていた
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が、「霍乱」が「日射病」「急性の嘔吐」のことである、というのは、つい最近まで知らな
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かった。
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であれば、めまいを起こして倒れた、ということを広く指すような感じもする。そうい
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う意味では、「けんびき」に近いのかもしれない。断言は避けておく。いずれ、「霍乱」
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自体は死語である。
讃岐に赴任してきたお医者さんが、「けんびき」は「肩こり」のことだ、と教えられてい
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たのに、「口にけんびきができた」という患者が来たので、困った、という話がある。
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疲労が原因で口内炎ができたり唇の端が切れたり、というのはよくあることだが、こ
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のエピソードは、ネイティブだからと言ってそれぞれの俚言の意味を正確に把握してい
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るとは限らない、という事実を示している。
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これは、例えば県人会などの酒席で、話題が方言に及んだとき、各自がある俚言に
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対して持っている意味やニュアンスが食い違う、ということでも露見する。おそらく、標
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準語形とは違って、国語辞典のような権威ある存在が定着していないために生じるの
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だと思われる。
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俚言集を読んでいても、こういう感覚に襲われることがある。
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このアナログさ加減が方言の妙味と言えないこともない…言えるか?
「けんびき」は鳥取や小田原でも使われるらしい。
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四国・山陰・関東。なんか「手袋を履く」に似た様相を呈している。
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是非、検索エンジンに*3「けんびき」「痃癖」を入力して「けんびき」の世界を堪能して
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欲しい。
参考にしたホームページ (順不同)
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-方言-
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「Inactive」の「讃岐の言葉」
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「詫間電波高専」の「詫間町周辺(讃岐西部)の方言集」
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「ごんべの鳥取弁辞書編集プロジェクト」
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-医学-
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「中村水産」の「博多すっぽん鍋セット」で、すっぽんの効能について
-伝統芸能-
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「樂歳齋主人のホームページ」の「新版歌祭文」(浄瑠璃)
*1 とは言え、ホームページによって説明が微妙に異なる。(↑)
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*2 「卒中」「中気」「中風」と、脳の血流障害に「中」という字が使われるのは何故だろ
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う。いろんな辞典で調べてみたが、これだ、というのがない。無理に探せば、「中毒」
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という単語があるほか、「的中」というのもあって、「あたる」が絡むのだろうか、という
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気がする。そう言えば、秋田で「あだる」と言えば「脳卒中」のことを指すのである。(↑)
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*3 これについては、Infoseek を使うと多数ヒットする。(↑)
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