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老人性肺炎とドパミンの関係

2000年4月15日号 289  

   老人性肺炎は大脳基底核に脳血管障害のある人で多く発生することが報告されています。これは大脳基底核で作られるドパミンの減少のため、嚥下反射と咳反射が低下して不顕性誤嚥を起こすことによって生じると考えられています。

 一部のACE阻害剤はサブスタンスPを上昇させ嚥下反射を改善し、2年間の服用によって肺炎発症を1/3に減少させました。また、ドパミン合成を促進するアマンタジン100mgを3年間与薬し肺炎発症を1/5に減少させたとの報告もあります。(いずれも保険適応外)

 古くより脳卒中直後に肺炎が起こりやすいことは知られていましたが、老人性肺炎を起こす人は脳血管障害、特に大脳基底核の脳血管障害を持っている人に多く見られていました。大脳皮質にいくら障害があっても肺炎には至りません。

{参考文献}JJSHP 2000.4    

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 大脳基底核は穿痛枝領域でもともと脳梗塞を起こしやすい部位ですが、大脳基底核の障害はこの部位にある黒質線状体から産生されるドパミンが少なくなります。

 ドパミンの産生の減少は、迷走神経知覚枝から咽頭や気管に放出されるサブスタンスP(SP)の量を減少させます。実際、老人性肺炎を起こした患者から強制的に排出した喀痰中のSPは低くなっています。

 SPは嚥下反射と咳反射の原動力となる物質であるため、老人性肺炎患者では嚥下反射と咳反射の低下が見られます。両反射の低下は不顕性誤嚥を生じることになります。そして1年間のうちには高率に肺炎を起こしやすくなり、特に両側大脳基底核の脳血管障害で著しくなっています。

 ACE阻害剤は、SPの分解酵素も阻害してしまうため、SPが分解されず、濃度が高くなり、老人性肺炎患者でも、SPが正常化し嚥下反射が正常化します。また、SPを強力に放出させる物質として知られる
カプサイシン(唐辛子)を口腔内に少量服用しただけで、嚥下反射は正常化し著明な改善がみられました。

 高血圧があり大脳基底核に脳血液障害がある高齢者440人に、2年間イミダプリル(タナトリル錠)を与薬した結果では、非内服者に比べて、約1/3肺炎罹患率を減少させたとの報告が出されています。

*アマンタジン(シンメトレル錠)と老人性肺炎予防

 老人性肺炎患者で低下しているSPを上昇させるもう一つの薬物にドパミン製剤があります。

 高齢者で高血圧があり、脳CT上で大脳基底核に脳血管障害を持っていて、これまでに肺炎に罹患した人を対象に、ドパミンを点滴静注(50mgを20mLの生食に混ぜて)した後、嚥下反射を測定したところ、嚥下反射は有意に改善しました。

 また、高齢者で、高血圧があり、大脳基底核に脳血管障害を持っている人、183人を対象にアマンタジンの与薬を行った3年間の追跡調査の結果では、、アマンタジン非服用群で22人(28%)肺炎を起こしたのに、アマンタジン服用群では5人(6%)しか肺炎を起こしませんでした。

 アマンタジンにはインフルエンザA型にも有効です。追跡調査は3年間の長期にわたって行われており、成績の中にはインフルエンザに関するものも含まれるかもしれませんが、ドパミン経由の活性化が主作用と考えられます。


 最近の脳ドック検診の報告によれば、65歳以上の健康者の約半数に大脳基底核のロイコアライオーシスなど何らかの脳血管障害がみられるとMRI画像で報告されています。
 65歳以上では妙に怒りっぽくなったり、目をつぶったとたん体がゆれるなどの症状が多く出現するようになります。

 このような人は大脳基底核のドパミン現象が有り得、肺炎になる可能性が高いとも考えられます。

編集後記:ふと思ったのですが、上記の理論からするとむやみにせき止めの薬を飲むと、肺炎になる確率が高くなることになりますね。

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<医学・薬学用語辞典(よ)>

高齢者での葉酸欠乏と誤飲性肺炎


 葉酸は、水溶性のビタミンで、緑黄色野菜や果実に含まれています。葉酸は元々体内の貯蔵量が少なく、摂取、吸収不良で容易に欠乏状態となります。

 葉酸の欠乏症状として、DNA合成阻害に伴う大球性貧血、舌炎、消化器症状が知られています。

 高齢者では、消化吸収能の生理的低下、摂取不良などによりビタミン欠乏症を来しやすいといわれています。特に葉酸欠乏症は高頻度にみられます。

 葉酸はドーパミンを始めとする脳内の神経伝達物質の合成に重要な役割を果たすことから、その欠乏は脳の機能障害を起こすことが予想されます。

 日本人に多い大脳基底核領域の脳血管障害が、ドーパミン作動神経内のドパミンの産生低下をもたらし不顕性誤飲の重要な危険因子であることは間違いなく高齢者の肺炎では、脳血管障害に基づく口腔内容物の不顕性誤飲が重要な役割を演じています。そのため 葉酸の補充が肺炎の発症を抑止し得るというデータもあります。

 その詳細なメカニズムは不明ですが、葉酸がDNAの合成とともに、脳神経系の重要な ニューロントランスミッターであるドーパミンの合成に不可欠なビタミンであることから、その欠乏により脳神経系の機能障害が引き起こされるのではないかと推察されています。

 また、葉酸の欠乏が高ホモシステイン血症を介して、虚血性心疾患および脳血管疾患の重要なリスクファクターであることが明らかになっています。


     {参考文献}治療 2003.4

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<脳卒中後肺炎とACE阻害剤>

不顕性誤嚥〜病的菌が少しづつ、本人が知らず知らずのうちに気管に入ってしまうもの。

 高齢者肺炎の内かなりの部分が、誤嚥性肺炎と考えられていますが、脳梗塞後肺炎で重要なのは明らかな誤嚥によるものは当然ですが、むしろ危険なのは知らず知らずの内に誤嚥している不顕性誤嚥です。

 生体は本来、咳反射、嚥下反射といった誤嚥に対する防御機構が備わっています。しかし、脳血管障害や高齢者はこの防御機構が減弱または破綻していることがあります。

 また咳反射や嚥下反射には大脳基底核が関与しており、大脳基底核損傷・硬塞患者では日中でも嚥下反射は低下しています。この低下は夜間になると更に著明になり高率に誤嚥を起こします。

 このメカニズムとして、大脳基底核の損傷により、黒質線条体などからのドパミン分泌の減少と、神経刺激伝達物質であるサブスタンスPの減少によると考えられています。

 本来、気道に誤嚥された異物は咳によって排出されるはずであるが、咳反射の低下も誤嚥を招きます。このように嚥下反射の低下や咳反射による誤嚥は、高齢者や脳血管障害の肺炎の背景因子として極めて重要なメカニズムとなっています。

※ ACE阻害剤の気道作用

 アンジオテンシン変換酵素(ACE)は、気道内皮、特に毛細血管内に豊富に存在します。
ACEは内因性生理活性物質であるサブスタンスPとブラジキニンをC末端から2番目と3番目のペプチド結合間で加水分解し切断します。したがって、ACE阻害剤は、サブスタンスPとブラジキニンの分解も抑制し、気道平滑筋収縮、カプサイシン誘発咳反射亢進などサブスタンスPとブラジキニンの生理活性を高めることが明らかにされています。

 またACE阻害剤が咳を誘発する機序は明らかではありませんが、ACE阻害薬の10〜20%の人に咳が生ずるとされており、中高年の女性に多いそうです。

 ACE阻害剤は気動中のサブスタンスPを増加させることにより、咳反射や嚥下反射などの気道防御反射を改善させて、誤嚥性肺炎を防ぐものと考えられます。

 正常血圧の脳梗塞患者ではACE阻害剤を通常使用量の半分で不顕性誤嚥が消失することが報告されています。したがって、極端な低血圧患者でないかぎり量を減らして使用してもある程度効果があると思われます。

<黒胡椒の匂い刺激で食欲増進、さらに血中のサブスタンスP濃度も増加>

 この黒胡椒匂い刺激は非侵襲的でどんな状態の患者にも使用でき、副作用もありません。
脳卒中後で意識レベルの低い患者、重度の嚥下障害患者にはこの黒胡椒匂い刺激によって嚥下能力を改善し、経口摂取にまでもっていく試みが有効です。

<禁煙にACE阻害剤>

 喫煙者では、はじめから咳反射が低下していて、タバコの煙で咳き込まない人が愛煙家となっているようです。
ACE阻害剤により、サブスタンスPが上昇し喫煙による咳き込みが誘発、禁煙の手助けになる可能性があります。

  出典:日本薬剤師会雑誌 2007.11


<<用語辞典>>

カプサイシン

出典:日本病院薬剤師会雑誌 2001.8

 
 カプサイシンは唐辛子の成分で、皮下に注射するとC繊維を介するポリモーダル受容器を活性化して灼熱感を誘発します。持続的に作用させると脱感作して侵害性受容器の刺激性を無くしてしまう働きがあります。

 カプサイシン受容体は後根神経節(DRG)の小型の神経細胞に発現し、熱刺激で活性化される温度センサーです。

 唐辛子を食べると汗をかくのは、生体に備わった温度センサーを唐辛子のカプサイシンが刺激するからと考えられています。

 日本では年間に約50万人が帯状疱疹になり、ほぼ5万人が帯状疱疹後神経痛になっていると推定されています。その帯状疱疹後神経痛の治療にカプサイシンクリームが有効とされています。しかしカプサイシンを塗った後の激しい灼熱痛で継続して使用できないこともあります。

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カプサイシン感受性知覚神経


 胃には、胃粘膜液バリアー、胃酸の中和、胃粘膜血流、被蓋上皮細胞の再構築などの緒粘膜の恒常性維持機構が備わっています。最近の研究では、これらの因子のコントロールにはカプサイシン感受性知覚神経が関与していることが明らかになってきました。

 カプサイシン感受性知覚神経の終末および後根神経節には、カプサイシンやH+に反応するイオンチャンネル型のバニロイド受容体が分布しています。カプサイシンは、このバニロイド受容体を介し、Ca2+などの細胞内への流入を促すことによりCGRP(Calcitonin gene-related peptide:カルシトニン遺伝子関連ペプチド)などの神経伝達物質の産生・遊離を引き起こします。

 CGRPは、被蓋上皮細胞や血管にも分布するCGRP1受容体を介して、上皮再構築や粘液分泌の促進作用、血流増加作用を示し、胃粘膜の保護・修復をもたらします。

 プロテカジン(ラフチジン)の胃粘膜保護作用にはカプサイシン感受性知覚神経およびCGRPが関与していると考えられます。

出典:プロテカジン資料より 大鵬薬品工業


サードスペース(第3の場所)
 輸液を勉強する(4)

 浸透圧には晶質浸透圧と膠質浸透圧の2種類があります。
 晶質浸透圧とは電解質(Na、K)などの小分子(晶質物質)から成り立つ浸透圧です。これらの晶質物質は、細胞膜を介して細胞内外を行き来できるため、毛細血管を通じて組織間へ移行し細胞外液全体を満たすことになります。したがって、循環血漿と組織間液の電解質組成はほとんど同じでありこの両者が細胞外液です。

 膠質浸透圧は、アルブミンやデキストランなどの高分子物質による浸透圧です。これらは分子量が大きく毛細血管を介して組織間へ移行しないので循環血漿に留まることになります。その結果、組織間の水分を引き戻し、循環血漿中の水分を保持する働きをします。(スポンジと考えましょう。次回参照)

 晶質物質は細胞外液全体を満たすのに対し、膠質物質は循環血漿のみを満たすことに注意する必要があります。しかし、血管透過性が亢進した侵襲状態では水分の移行がリンパ流の処理能力を上回っていることが多く、膠質物質(アルブミン等)を入れるとかえって循環動態に悪影響を起こす危険を考えておかなければなりません。

 また、極度の膠質浸透圧低下時は健常時には存在しないサードスペース(第3の場所)と呼ばれる領域に水分が貯留することがあります。このような場合は体総水分量が過剰か、あるいは細胞間隙に移動できない水がサードスペースに溜まった状態であり、浮腫があるにもかかわらず、循環血漿流量を保持するために輸液をせざるを得ない場合もあります。
 また、手術中に輸液された晶質液は膠質浸透圧をもたないため、比較的短時間で血漿量:組織間量の比率1:3に従って血管外へ漏れます。よって出血量を晶質液だけで補うと、出血量の3倍が必要です。

 間質に漏れた水は、かなりの量がサードスペースへ移行します。この移行した水は手術終了1〜2日後に血管内へと戻ります。この時期はrefilling期と呼ばれており、術後の輸液管理で最も重要なところです。

 術中輸液が大量であれば、この時期に血管内へと戻ってくる水も大量となります。この時、うっ血肺となって呼吸困難を訴えたり、心機能が低下していると心不全を起こしたりします。


{添付文書改定のお知らせ}

 ◎ ニフレック(腸管洗浄剤)

 まれに
マロリーワイス症候群、腸管穿孔、及び虚血性大腸炎を起こすことがあるので、与薬に際しては次の点に留意すること。

 マロリーワイス症候群は胃内圧上昇あるいは嘔吐、嘔気により発症するので、短時間での服用は避けること(1L/時間をめどにする)。また、腸管の狭窄あるいは本剤及び腸管内容物の貯溜により嘔気、嘔吐をきたし、発症することがあるので注意すること。

 腸管穿孔及び虚血性大腸炎は腸管内圧上昇により発症するので、腸管の狭窄あるいは便秘等腸管内に内容物が貯溜している場合には注意すること。本剤服用前日あるいは服用前に排便があったことを確認した後服用すること。また、短時間での服用は、腸管内圧上昇をきたすことがあるので避けること(1L/時間をめどに服用すること)。また、約1Lを服用しても排便がない場合には、嘔気、嘔吐、腹痛のないことを確認した後に服用を再開し、排便が認められるまで十分観察を行うこと。また、腸管憩室のあった患者で、腸管内圧上昇により腸管穿孔を起こしたとの報告があるので、特に注意すること。

 本品の溶解液に他成分や香料を添加した場合、浸透圧や電解質濃度が変化したり、腸内細菌により可燃性ガスが発生する可能性があるので添加しないこと。

* 自宅で服用させる場合は、次の点に留意すること。

 副作用があらわれた場合、対応が困難な場合があるので、一人での服用は避けるよう指導すること。
 飲み始めのコップ2〜3杯目までは、特にゆっくり服用させ、アナフィラキシー様症状の徴候に注意するよう指導すること。 

インスリン、経口血糖降下剤を服用中の患者の場合

 インスリン、経口血糖降下剤により血糖をコントロールしている患者については、検査前日の本剤服用は避け、検査当日に十分観察しながら本剤を服用させること。

 また、インスリン、経口血糖降下剤の服用は検査当日の食事摂取後より行うこと。[食事制限により低血糖を起こすおそれがある。]

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