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1998年6月15日号 247

食中毒の抗生物質療法

       食中毒原因菌は中温菌であり30〜37℃で最もよく増殖するため暑い季節に食中毒の大半を占めている細菌性食中毒が多発することになり6月に入ると食中毒の季節に入ったといわれます。

 腸炎ビブリオは病原細菌の中で唯一好塩菌であり、故郷は海水です。このため海産魚介類には本菌が必ず付着汚染しています。しかし腸炎ビブリオ食中毒は
10の6〜7乗個以上の生菌が食品とともに接種されなければ発病しないといわれていますが、本菌は病原細菌の中で抜群の増殖力を持っています。

{参考文献} 薬局 1998.6

 
*起因菌が判明した場合の治療剤

 腸管感染症の治療で実際によく用いられるのはニューキノロン剤です。細菌の中では腸管出血性大腸炎も含めた大腸菌群全体、腸炎ビブリオ、コレラ属菌群、細菌性赤痢にも有効です。

 ニューキノロン剤は比較的安全性の高い薬剤ですが、アトピー体質などアレルギー素因のある患者では、発疹や肝機能障害をきたすことがあり、十分な問診が必要です。

 カンピロバクター菌群に対しては、試験管内の感受性試験で感受性であっても治療中の短期間に耐性化する場合さえあることが知られており、カンピロバクター菌が原因と疑われる場合にはエリスロマイシンを第一選択薬剤とすべきです。

 その他の薬剤としては、腸炎ビブリオ、コレラ菌群にはテトラサイクリン類もよく用いられます。一般的にいえば、使用すべき薬剤の選択は薬剤感受性を参考にして決めますが、注意すべきはこれらの薬剤感受性はあくまで試験管内の結果であり、生体内ではしばしばその通りではないことがあります。例えばサルモネラ菌はほとんどの抗生物質に対して感受性ですが、生体内で有効な薬剤は、ニューキノロン剤、クロラムフェニコールなどごく少数です。

 ウェルシュ菌性食中毒は頻度の高い食中毒ですこの食中毒の特徴は加熱した食品で発症する点です。原因食品は肉料理で、これを温め直す際に温め方が少なかったり、保冷が十分でなかったりして胞子が増殖したため起こるものです。この食中毒は放置しても治ることが多いのですが、程度の強い場合には経口ペニシリン剤を5日間程度使用します。

<<原因菌が不明の場合の治療方法>>

 抗生物質のスペクトラムに限度があり、単剤ですべてをカバーできない以上、原因不明のまま抗生物質を開始することは好ましくありませんが、患者の状態によっては抗生物質治療を開始せざるを得ない場合もあります。その場合でも、まず起炎菌の検索はしておいた上で使用するという姿勢が必要です。

 起炎菌不明で、抗生物質使用を急がねばならない状況で、やむを得ないとなるとスペクトルの広い薬剤を選ぶことになります。その意味ではニューキノロン剤が第一選択剤になり、通常は5日間使用します。

 サルモネラ菌の場合には7日間の与薬が必要です。比較的古いニューキノロン剤の場合にはこれでも菌が消えないこともあります。

[腸炎ビブリオ]

 本菌は温度に敏感で、10℃以下では増殖できず、冷蔵庫内の温度は0〜4℃では減数していきます。
−20℃以下に凍結すると一部の菌体は死滅しますが、大部分は冬眠状態のまま生存しており、解凍すると再び増殖します。
10℃以上の温度で増殖し始めますが、30℃以上になると旺盛な増殖力を示し、タコやアジのすり身などのような最適な栄養条件下では7.5分から8分間毎に分裂増殖します。1個でも腸炎ビブリオの生菌が付着していれば、30℃を超える夏場では3時間も経てば食中毒を起こしうる菌量(100万〜1000万個)に達してしまいます。

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<<用語解説>>

Diffuse outbreak

diffuse〜放散する;広がる,普及する.
outbreak〜爆発;突然の出現[発生];急激な増加

ディフュース アウトブレイク

 一見すると個々に発生している食中毒や、散発性の食中毒の原因をたどれば、特定の食品を原因として発生している集団食中毒のこと。

 これは大量生産や物流システムが整い、広範囲に販売されている食品による自己で、原因が判明するまで時間的経過が伴うため、規模が大きくなります。
代表的な例として、イカ乾製品による全国的なサルモネラ食中毒があります。

  Diffuse outbreakは今後、増えていくと予想される食中毒の発生形態です。

     出典:医薬ジャーナル2003.5


癌細胞が消える日

1998年6月15日号 247

シリーズ癌治療を考える(最終回) はこちらです。


輸入感染症について

2001年6月1日号 315

 輸入感染症とは海外で感染し、帰国後に発症するものを言いますが、交通手段の発達により、潜伏期間内での広域かつスピーディーな移動が頻繁となった最近では、輸入感染症の増加が大きな問題となっています。

 世界での年間死亡者5千万人のうち、感染症死はその40%を占め、その大多数は熱帯地域の発展途上国で起こっています。主なものは呼吸器感染症400万人、下痢などの消化器感染症が約300万人、マラリアが約200万人と非常に多数となっています。

 輸入感染症の代表は、マラリアで、感染危険地域は熱帯地域全域が含まれています。アジアや中南米では都市部以外で流行しているのに対して、赤道アフリカでは都市を含め国内全域で流行しており、アフリカ諸国と交流機会の多い欧米では深刻な問題となっています。日本でも最近は年間約100例を越しています。

 その他では、東南アジアを中心にデング熱・デング出血熱が急激に増加しています。流行地域はマラリアとほぼ一致していますが、デング熱ウイルスを媒介する熱帯シマ蚊は都市でも生息するので注意が必要です。

 カラ・アザール(リーシュマニアーシス)は、インド及びその周辺国、ブラジル、スーダンなどで急増している感染症です。致死率が高く、血液でもうつり得る点で注意すべき疾患です。

 空港近くの住民が航空機によって運ばれてきた蚊で発症するマラリアを「空港マラリア」と呼び「輸入マラリア」と区別しています。ヨーロッパを中心に約90例報告されています。

 今年になって関西空港付近ではフィラリア症を媒介する熱帯イエ蚊の生息が確認され、日本でも蚊やダニが持ち込まれて繁殖する危険性が高まっています。

 また、ペットも人畜共通感染症伝播の危険をはらんでいるにもかかわらず、検疫を自由にすり抜けて輸入されています。

<輸入感染症の潜伏期間>

・2週間以内
 下痢性疾患〜病原大腸菌性腸炎、細菌性赤痢、サルモネラ腸炎、ウイルス性腸炎、コレラ
 発熱性疾患〜デング熱、ウイルス性出血熱、ツツガムシ病、流行性髄膜炎、黄熱

・2週間〜1ヶ月

 下痢性疾患〜ランブル鞭毛虫症、赤痢アメーバ症

 発熱性疾患〜A型肝炎、腸チフス、パラチフス、マラリア、トリパノソーマ症
       バベシア症

・1ヶ月以上
 下痢性疾患〜回虫症、鞭虫症、無鉤条虫症、糞線虫症、有鉤条虫症
 発熱性疾患〜B型肝炎、HIV、フィラリア症、アメーバ性肝腫瘍、結核
       カラ・アザール、住血吸虫症

<虫による感染>

 ハマダラ蚊(マラリア)、マダニ(バベシア)、熱帯シマ蚊(デング熱、黄熱)
 ツエツエバエ(アフリカトリパノソーマ)、熱帯イエ蚊(フィラリア症)
 サンショウバエ(カラ・アザール)、 サシガメ(シャーガス病)、鼠蚤(ペスト)

*経皮侵入する輸入感染症〜破傷風、アメーバ性髄膜炎、糞線虫症、鉤虫症、住血吸虫症、レプトスピラ

* 経口感染する輸入感染症〜A型肝炎、ウイルス性胃腸炎、赤痢、腸チフス、パラチフス、ブルセラ症、サルモネラ症、腸炎ビブリオ、コレラ、クリプトスポリジウム、アメーバ赤痢、ランブル鞭毛虫症

{参考文献}サーキュラー大阪 No.216



時代と病気                関連記事:ステロイド剤の新しい事実

ステロイドを考える(最終回)

 
このシリーズは、新潟大学医学部医動物学の安保徹教授が「治療」に1999年から2000年にかけてに連載されておられたものを再構成したものです。

 時代とともに病気の内容が変遷しています。日本では戦中戦後の貧しく衣食住の質が低く、生きるために重労働を必要とした時代には、人は交感神経優位の体調となり顆粒球増加が起こっていました。このような時、寿命は短く、病気では化膿性の感染症や自己免疫疾患の重症化が起こります。いずれも免疫の抑制で起こる病気です。

 今日の豊かな時代は衣食住の質が上昇し、多くの人は重労働から解放され、副交感神経優位の体調となりリンパ球増加が起こります。このような時、病気ではアレルギーの様に免疫過剰で起こる病気がはびこります。

 ですから、自己免疫疾患は現代では重症化せずに済む時代の筈なのですが、ちょうど50年前からステロイドホルモンが病気治療として使われだし、問題が複雑化してきました。ステロイドの使用初期に生体反応の抑制によって引き起こされる消炎現象を治癒らしきものと誤解してしまったからです。

 発赤、発熱、痛み(おもにプロスタグランジンによる)の炎症は、下痢や咳などの生体反応と同様に生体防御のための反応と理解しなくてはなりません。生体系が血流を回復し組織障害から治ろうとする反応です。この有益な反応をステロイドで一時止めることは問題があり、また、過酸化脂質の蓄積を招き病気を難治化していく可能性も考える必要があります。

 ステロイドの新しい副作用として、ステロイドホルモンの組織沈着と過酸化脂質への変性の事実を知ることは重要です。ステロイドホルモンは体内でコレステロールから生合成されますが、体外への排泄能力以上に服用した場合は自然酸化を受け、生体内の組織で過酸化脂質(酸化コレステロール)となります。

 この過酸化物生成が生体を交感神経緊張状態にし、頻脈、高血圧症、頭痛、糖尿病、尿路結石、易疲労、不眠、不安、冷え、発汗異常、神経炎、皮膚炎などの症状を引き起こす以外にも、発癌や加齢促進を招きます。また、重大なものとして、交感神経緊張状態で作られるステロイド精神症があります。情緒不安定、絶望感などです。

 ステロイド潰瘍という言葉があるように、ステロイドを使用していると、ある時期から腸管、そして骨を含めたあらゆる組織が脆弱になります。そこにストレスが加わると、炎症、組織障害、潰瘍形成が引き起こされます。そして、この潰瘍の治りが悪いいわゆる傷負け体質となります。

 酸化コレステロールはその周囲の組織に対する酸化作用によって交感神経優位の状態を作り、血流障害と顆粒球増多を招きます。そのため容易に組織がこわれる体質を作ること認識すべきです。ステロイド剤で、一時しのぎの治療をする時代は、終わったのです。

関連記事:ステロイド剤の新しい事実

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