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1998年12月15日号 No.259

関連項目も参照して下さい→抗生物質の通信簿

Breakpoint MICの臨床応用

   ブレイクポイントについては、以前シリーズ(1996年8月〜10月:No.204〜208)で取り上げたことがありますが、いまだにその意義を理解している医療関係者は少なく、その言葉すら知らないというのが現状です。

 MICとは、細菌の増殖を抑制するのに必要な抗菌剤の最少量のことで、この数字が小さければ小さいほどその抗菌剤の効力は強いことになります。

 ただし、この数字はあくまで試験管内のことであり、実際に人体に入った場合、実験通りの効力が得られるという保証はありません。人体内での様々な、条件を勘案して作成されたのが、ブレイクポイントMICです。

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 ブレイクポイントは抗生物質を評価する際、最も信頼できる臨床試験成績の解析により導かれるべきもので、「その抗菌剤のBreakpoint 以下のMIC値の菌であれば、一定の確率(たとえば80%以下)で臨床効果が期待できるMIC」と一般に定義されています。

 これまで医師は感染症治療では分離菌のMICや、公表された薬剤感受性成績(MIC80など)を一つの指標として薬剤を選択してきましたしかし、その臨床効果を左右する薬剤側の因子として、試験管内での抗菌力のみでなくその体内動態も重要です。これを無視して臨床効果を予測することは出来ません。その為、医師はこの感受性試験成績に各薬剤の体内動態や抗菌特性といったものを個別に勘案して薬剤を選択する必要があります。

 このような個々の薬剤の体内動態や抗菌特性を考慮しなくても、原因菌のMICを知ることにより抗菌薬の臨床効果を予測することがBreakpoint MICの意義です。

 日本化学療法学会の抗菌薬剤感受性測定検討委員会は、病態の異なる様々な疾患に対して統一されたBreakpoint MICの設定には不合理があると判断し、疾患別にBreakpoint MICを設定しました。

 現在、呼吸器感染症、敗血症、複雑性尿路感染症についてのBreakpoint MICを公表しています。

 Breakpoint MICが高い薬剤とは、有効性を期待できるMIC幅が広いことを意味しています。したがって同一系統の抗菌薬を相対的に評価する際の一助となります。ただし、これだけで薬剤の優劣が決定できるものではなく、臨床分離菌に対する当該薬のMIC分布を考慮してはじめて評価されなければなりません。

関連項目:抗生物質の通信簿


アレルギーは反乱か? はこちらに移動しました。

口呼吸は万病の元 5 


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2007年9月15日号  No.460

ディスチミア親和型うつ病

日本人のうつ病”の概念を変える若者のうつ病

 近年、若者のうつ病が増加傾向にあります。若者のうつ病では、従来典型型とされた責任感や役割意識が高く、自分を追い詰めて発症するタイプ(メランコリー親和型)のうつ病とは異なる気分変調性のディスチミア親和型に分類されることが多く、その治療法についても休息と薬物療法を重視した対策とは視点を変える必要があります。

 従来の日本人のうつ病の典型的な患者像として「まじめ、責任感が強い、几帳面」などの執着気質が知られていました。このようなうつ病患者では、仕事や家族形成の面で社会的に成功している場合が多く、その過重な役割を完全に遂行しようとして疲弊したり、自分自身が課すレベルの達しない時に罪悪感を強く感じたりして発症に至ると考えられていました。

 このような従来からのうつ病への対応としては、まず休息を十分にとること推奨し、その後は「ほどほどで満足する」、「優先順位を付けて対処していく」などを指導して、「うつ病を経験した自分という新たな役割を獲得」する支援が効果的でした。

 しかし、近年増加傾向にある若者のうつ病では、前述のうつ病の特徴とは異なり、「一見軽症に見えるが難治性」で、休養や服薬だけでなく、環境調整や復職へ向けてのリハビリテーションが必要とされています。

<典型的な例>

 経済的には恵まれた環境で、大学までは周囲の期待に応えながら進学してきた。学生時代は好きなだけ遊び、適度に勉強し、あまり苦労せずに進学・卒業、その後入社試験も気軽に受けたところ合格した。その後、働き始めたところ、上司や取引先などから叱責を受け、休みがちになった。

 このように目標に達成できずに苦しんだり、自分の弱点を強く指摘されたといった挫折経験のない若者が、規則や規範でを強いられる職場で、人生初の挫折を経験し、うつ病を発症するというケースが多くなってきています。

 仕事で与えられた目標に到達しない場合、またクレーム処理などの複雑な場面でうまく対応できないで上司などから叱責を受けるなどで、気分が滅入ったりやる気がなくなったりして仕事の質が更に下がり、いっそう叱責を受けるようになり、悪循環のなかで逃げ道もなくなり、うつ病にかかりやすくなります。このような症例は「周囲の助けを得たり、困難な場面をなんとか乗り切ったりするだけの人間観関係が構築できない」ことが指摘されています。

 「規範より自由」を尊重する社会へと変化し、上下関係に対応できる若者が減ってきています。

 立身出世ではなく自由、仕事ではなく自分を大切にしたいと思いながらも、優勝劣敗を強いられるグローバル化した経済の下で、合理化とともに過酷なノルマを押し付けられています。

 自己や自己の価値観を否定されることの少ない若者は規範やノルマを「ストレス」と感じて、それが職場からの逃避願望につながります。

 このため、挫折が引き金となる若者のうつ病では、他者に対する他罰的感情が強くなるのも特徴です。「自分はちゃんとしているのになぜ怒られるのか」。「自分は悪くない。自分を否定するほうが間違っている」と考える傾向があり、このような患者の言動は、一見甘えとも見え、また抑うつ症状には見えない傾向があります。

 現実的な対応としては、患者が置かれた環境を理解することが必要です。訴えを傾聴し、時間をかけて問題点を整理し、患者と協同して解決策を見出していく姿勢が求められます。「まずは休んで、薬物療法」というだけでは、立場が悪化し遷延化しやすくなります。

<医学トピックス>

メランコリー親和型とディスチミア親和型

メランコリー親和型
 

1.年齢層:  中高年層
2.関連する疾患: 執着気質、メランコリー性格
3.病前性格: 社会的役割・規範への愛着。規範に関して好意的で同一化 秩序を愛し、配慮的で几帳面 基本的に仕事熱心
4.症候学的特徴: 焦燥と抑制 疲弊と罪業感(申し訳なさ) 完遂しかねない“熟考した自殺企画)
5.治療関係と経緯: 初期には「うつ病」の診断に抵抗、その後はうつ病の経験から新たな認知「無理しない生き方」を身に付ける。
6.薬物への反応: 多くは良好(病み終える)
7.認知と行動特性: 疾病による行動変化が明らか。 新た役割意識の獲得
8.予後と環境変化: 教養と服薬で全般に軽快しやすい。場・環境の変化は両価的(時に自責的となる)

ディスチミア親和型

1.青年層
2.退却傾向、逃避と無気力
3.自己自身(役割抜き)への愛着、規範に対して「ストレス」であると抵抗する。秩序への否定的感情と漫然とした万能感
もともと仕事熱心ではない。
4.不全感と倦怠 回避と他罰的感情(他者への非難) 衝動的な自傷、一方で“軽やかな”自殺企画
5.初期からうつ病の診断に協力的 その後もうつ症状の存在確認に終始しがちという「うつの文脈」からの離脱が困難、慢性化
6.多くは部分的効果にとどまる(病み終えない)
7.どこまでが「生き方」でどこからが「症状経過」か不分明。「(単なる)私」から「うつの私」に固着し、新たな文脈が形成されにくい。
8.休養と服薬のみではしばしば慢性化する。置かれた場・環境の変化で急速に改善することがある。

  出典:メディカル・トリビューン 2007年7月26日 樽味伸 神庭重信;日社精医誌 2005;13:129-136


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最近のうつ病の傾向

現代型うつ病

2009年6月15日号 No,500

 最近、うつ病の型が少しずつ変化してきています。従来型と最も異なる点は、その職業観です。従来型の人は、職場組織に一体化する気持ちが強く、組織の倫理に依存した価値観を持ち、組織あっての個人という認識のもとに几帳面、律儀に尽くすタイプの職業人で した。

 現代型の人はやすやすと組織に依存してしまうことを自戒し、職場で几帳面さを発揮し疲弊することを忌避しています。

 従来型の人はうつ病を発症すると「降格してほしい」と上司に願い出ますが、現代型の人は比較的容易に「辞める」ことを念頭に置きます。

 注意しなければならないのは、「うつ病」の病理の基礎にある強迫性は、一見几帳面ではない「現代型」の人にも確実に潜んでいることで、強迫性ゆえの「変化に対応するのが苦手」という弱点を持っていることです。

 現代型のうつ病患者には、「めまぐるしい変化が苦手だ」「仕事のペースが合わない」「自分のペースでやりたい」と言う人が比較的多く、急がされることを嫌います。

 仕事がたまって、ペースを上げて取り組んでも却って仕事が増えるようになる、などの能力と負荷の臨界状況を恐怖する心理を述べる人も増えています。

<現代型うつ病の特徴>

1.比較的若年者(30歳頃から)
2.軽症の内因性うつ病。早期に受診する。
3.自責的であるより当惑ないし困惑を表明する。
4.対他配慮性が少なく、自己中心的に見える。
5.几帳面さは目立たない。
6.組織への一体化を忌避。職場恐怖的心理に発展
7.余暇のある活動を淡々と続けていることがある。
8.締め切りに弱い(レマネンツ恐怖)

   現代型うつ病        従来型うつ病          

1)早期に受診、軽症 | 完全に発病して受診
2)選択的制止      | 全面的な制止
3)几帳面は目立たず | 几帳面
4)対他配慮は目立たず| 対他配慮が顕著
5)趣味を持つ      | 無趣味
6)職場恐怖症心理  | 職場に執着


<軽症うつ病の治療戦略>

 軽症であってもうつ病であるからには、初期治療はこれまでと同様に行うべきで、まず、休職という方針を採り、薬物療法を導入します。
 まずSSRIを試み、重症例に移行した場合は三環系抗うつ剤(TCA)も考慮します。

 うつ病については、文化・民族依存的な部分も多く、下記のような米国の基準を流用することは妥当ではありません。
  ×効果が出ない時は増量する。  ×多くの中断例は用量が不十分だからだ。


 日本では、薬物療法と平行して、うつ病に至るまでの過程を少しずつ聴取する精神療法的アプローチも不可欠です。
 うつ病の精神療法には、病前性格・生活史・発病状況、患者の体質、社会経済・文化状況なども視野に入れた総合的なうつ病発症の構造的解釈が必要となってきます。

 現代型うつ病では、患者は常に仕事のペースが速すぎると感じており、せかされて生きること自体への忌避感が強く、その結果としての疲弊を恐れる気持ちが強くなっています。

 そこで、治療中期では治療目標を順調な「体調」を快復し維持することを焦点化します。一般にうつ病では「休養」が強調されますが、軽症の場合には、重篤な症状による精神的ダメージの程度が軽いので、身体的疲弊が解消されたらただちに休養という方針を強調せず、夜の睡眠と規則正しい食事を守りながら、むしろゆるやかなペースで、快適さを求めた活動を促します。

 特に治療論上留意しておくべきことは、治療目標です。社会復帰や職場での仕事への適応は社会復帰に必要なことですが、それらはうつ病そのものの治療目標ではありません。この意味ではうつ病のリハビリテーションについて、さらなる方法論的改善が期待されています。

 患者さんは、うつ病発症によって、発症以前の仕事の仕方、生活スタイル、生活のリズムを形成するために不可欠の文化的生活様式が破壊されています。そしてそのような自分に固有の生活スタイルが社会人として生きていく上で有効でないと感じ、自信を喪失しています。

 したがって治療中期に治療方針として導入された規則正しいリズムの強制が倫理的な「正しさ」を求めるものだと受け取られないように配慮し、治療後期(社会復帰以後)には、この外から与えられたリズムが患者自身の習慣として内化されていくようにうながさなければなりません。

 つまり患者が自分流の快適な生活スタイルの中に規則正しいリズムが取り込まれている状態を目指すようにせねばなりません。

 うつ病治療の最終目標はリズム性を持った個人の生活様式の復活です。これには、ときに1〜2年あるいは数年の日時が必要です。

 この過程を促すためには、うつ病発症についての、患者さんの個人的背景についての情報に基づいた総合的なうつ病発症の解釈学が必要となってきます。

*「生活リズム」とは「生活スタイル」のこと
*課題はリズムをエートスに変換すること

 エートス:同じ行為を何度も繰り返すことによって獲得した、一定の習慣・性格。〔広義では、その民族・国家に特有の習俗や精神をも指す〕

{参考文献}Medicament News 2009.3.25  国家公務員共済組合連合会 虎ノ門病院
    精神科部長 松波 克文


<医学用語辞典>

R-Ratio

Response Ratio

 R-Ratioは、てんかん発作頻度がどのくらい減少したかをあらわす指標です
日本では、まだ認知度は低いのですが、てんかんや不整脈など発作頻度(発作回数)が評価項目となるような疾患には有益な指標であるとされています。

 従来の抗てんかん剤の臨床試験では、発作頻度減少率、Responder Rate(発作頻度減少率が50%以上になった患者の割合)などが腫瘍評価項目として用いられていました。しかしこの方法では、統計処理を行う上で投与前の値が0の時に算出できない、あるいは極端に大きな値を示す可能性がある、といった問題点がありました、R-Ratioはそれらの問題点を修正したもので、てんかんの発作頻度減少率よりも統計上の長所を持つといわれています。

R-Ratio=(T-B)/(T+B)

T:薬投与中(treatment)の発作頻度
B:薬投与前(baseline) 〃

 R-Ratioは、-1から+1の範囲の値をとります。発作の完全消失(T=0)で-1となり、発作頻度の増加に伴って+1に収束します。
0は発作頻度に変化がないことを示します。R-Ratio:-0.333は、発作頻度が50%減少したことを表しています。

 一般的に頻用される発作頻度変化率あるいは発作頻度減少率は次の式で定義されます。

 発作頻度変化(減少)率(%)=〔(T-B)/B〕×100

 発作頻度変化(減少)率は、-100〜∞の値をとります。発作の完全消失(T=0)で-100となり、発作頻度の増加に伴って無限大に発散します。特にBの小さい(始めから発作頻度の少ない)患者では発作頻度の増加によって、極端に大きな値となります。
 

 出典:日薬医薬品情報 2007.5 Vol  ガバペン錠の解説
 

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