メインページへ

1995年9月15日号  No.184

バイオフィルム感染症

〜緑膿菌アルギネ−トとは〜    

     バイオフィルムとは細菌同志が凝集しフィルム状の鎧(よろい)を形成し、その中の細菌を抗菌剤から守る働きをしています。即ち細菌が増殖しバイオフィルムを形成すると難治性感染症となります。

 慢性持続性気管支炎等で、マクロライド系抗生物質が緑膿菌自体には抗菌作用を持たないにも係わらず臨床効果が認められていました。それはマクロライドを構成する糖鎖配列により、バイオフィルムを破壊、消失するためであることが解明されました。  近年感染症も変貌を遂げてきており、特に局所にのみ病原体が生存し続ける慢性持続性感染症などでは、病原微生物と宿主の状況が複雑に影響していて、菌自体が抗菌薬が有効量に達していても除菌されないという現象に遭遇します。   

『参考文献』ファルマシア 5 1995

’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’
 慢性気道感染症の起因菌を電子顕微鏡で観察すると、菌の塊りはコロニ−単位で多数凝集しているわけではなく、大小不同、不均一であり、その菌体周辺には菌体(bio)を覆うように泥状(スライム様)のもの(film) が確認できます。                       

 この現象のほとんどの起因菌は緑膿菌で、これを局所における細菌によるバイオフィルムの形成としこれらの疾患に対しバイオフィルム感染症という概念で難治性感染症を捉えようという考えが提唱されています。                     

 緑膿菌は、その菌体に多糖体アルギネ−トを主体としたバイオフィルムを形成します。   

 このようなバイオフィルムは、工業界ではフィルタ−ポンプの目詰まり現象などで以前から問題視されていました。

 バイオフィルム内の菌体が抗菌活性の高い抗菌薬と接触することがないため攻撃を受けずに生き残ることが可能となります。しかも、バイオフィルム内の菌体は、増殖や代謝スピ−ドの遅い休止状態に近いものと考えられ、気道におけるバイオフィルム感染症の慢性化、難治化の要因として重要な問題とされています。    
    
 バイオフィルムの主要構成成分であるアルギネ−トが菌体で合成されるために必要な酵素の活性を特定のマクロライド系抗生物質(注1参照)が阻害しそれによってバイオフィルムの破壊や形成の抑制がもたらされることが判明しました。

 しかし一方で、緑膿菌の産生するアルギネ−トが生体側の免疫反応に影響し、免疫複合体が組織障害に関与しているという新しい事実が発生していることも見逃せません。(注2)

(注1)特定のマクロライド

 14および15員環マクロライド(エリスロマイシン、クラリスロマイシン等)

(注2)新しい事実

 細菌がアルギネートを産生することにより、抗生物質の攻撃をかわすと同時に、炎症を起こしにくくしている。つまり生体側の防御機構をかいくぐることができる。


追加記事

マクロライド新たな薬理作用

 近年、難治性の慢性気道感染症であるびまん性汎細気管支炎(DPB:Diffuse Panbronchiolitis)や慢性副鼻腔炎に対してエリスロマイシンなどの14員環系薬剤の少量長期投与の有効性が確かめられています。この作用機序はまだ明確ではありませんが、本来の抗菌作用によるものではない新しい作用機序として気道分泌抑制、リンパ球活性化、NK細胞活性化、好中球エラスターゼ産生抑制、細菌の付着能抑制など多彩な活性が報告されています。

 本来抗菌力を示さない緑膿菌感染に対しても効果が得られることが分かり、その理由として緑膿菌バイオフィルム(biofilm)に対し破壊する作用があることが分かってきています。これらの作用は16員環系薬剤には認められず、この14員環系マクロライド系抗生物質の新たな薬理作用が今もっとも注目されているところです。

*炎症・免疫担当細胞に対する作用

<好中球>

  感染部位に対する好中球浸潤抑制(直接)
  感染部位に対する好中球浸潤抑制(間接): (緑膿菌産生好中球走化因子の産生抑制作用) 
  好中球走化因子(IL−1β、IL−8、LTB4)産生抑制
  血中の好中球接着分子(Mac−1)産生抑制
  好中球エラスターゼ産生抑制

<リンパ球>

  リンパ球からのIL−6産生抑制
  リンパ球(健常人)増殖抑制作用
  NK細胞活性の抑制

<単球>

  単球(健常人)からのTNF−α産生抑制

<肥満細胞>  

  肥満細胞のヒスタミン放出抑制効果

*菌に対する作用

 菌体毒素・酸素産生抑制(緑膿菌エラスターゼ・プロテアーゼ他)
 バイオフィルムの破壊作用(緑膿菌)
 バイオフィルム産生抑制作用(緑膿菌)
 菌の細胞付着抑制(緑膿菌の気道粘膜付着抑制)
*その他

 ヒト気管支粘膜の粘液分泌抑制
 気管支上皮細胞の線毛運動亢進
 気道上皮細胞からのサイトカイン(IL−6、IL−8、GM−CSF)とエ ンドセリン産生抑制
 気管支上皮細胞のイオントランスポート(Cl )抑制
 制癌作用(IL−4の産生を高めてマクロファージの貪食作用を増強する)
 消化管運動促進作用 
 H−pyloriに対する作用

出典:日本薬剤師会雑誌 1999.11

関連項目:エリスロマイシン少量療法

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

マクロライド系抗生物質の薬物相互作用

 次にマクロライド系薬剤を考える時、注意をしておかなくてはならないことは薬物相互作用についてです。本薬剤は肝薬物代謝酵素チトクロームP−450(CYP3A4)により不活化されます。同じ代謝酵素によって不活化される薬剤の併用により、その代謝を抑制することにより不活化されず併用薬の過剰蓄積や血中濃度の上昇による中毒症状が出現されるものと考えられます。本系統の薬剤の化学構造の違いによって肝薬物代謝酵素の不活化に差が認められることが報告されています。


ケトライド系抗菌薬

 呼吸器感染症では、非定型病原体による頻度が増えていることから,マクロライド系抗菌薬の重要性が認識されてきていますが、一方でマクロライド耐性菌は急速に拡散する性質もあり、新たな対応が求められるところとなっています。

 ケトライド系抗菌薬は、その構造的な特徴として、14員環マクロライドの3位クラディノースをケトンに置換し、11、12位にcyclic carbamateを導入、また、6位に-O-グループの側鎖を導入しています。

 cyclic carbamate側鎖を導入したことでリボソームへの結合が強くなり、従来のマクロライド耐性菌にも抗菌力を示すようになりました。従って、H.influenzae, M.catarrhalisに対しても、強い抗菌力を持ちます。

 こうした新規の抗菌薬としては、現在、テリスロマイシン(HMR-3647,アベンティスファーマ)とABT-773(大正製薬、ダイナボット)の2種類が注目されます。それぞれの開発状況としては、海外ではHMR-3647が申請中(2000年)、ABT-773は第3相臨床試験中、わが国ではそれぞれ第三相、第1相臨床試験中の段階です。

 ケトライド系抗菌薬の位置づけについては、今後明らかになってくると思われます。

  出典:医薬ジャーナル 2001.4


サイクリングセラピー
サイクリング療法


 いくつかの薬を1週間単位のローテーションで使うことで、特定の薬(抗菌剤)に対する菌の耐性化を防ごうという考え方。

 実際の医療現場では、用意できる薬剤の数などで難しい面もあるようです。

          出典:医薬ジャーナル 2002.5 p208

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

抗菌薬ミキシング療法

 現在欧米では、偏った抗菌薬の使用はその抗菌薬の耐性の細菌による院内感染の原因となることから、抗菌薬の使い分けの重要性が強調されています。

 耐性菌対策として、抗菌薬許可制、届出制があり、その有効性に関する報告があり、日本でも多くの病院で導入されています。

 しかし、抗菌薬Aに対する耐性菌が問題になっている施設で、抗菌薬許可ないし届出制により確かに抗菌薬Aの使用制限がかかりますが、もし適切に代替薬が指定されなければ、制限薬の次に使い慣れた抗菌薬Bの使用頻度が増え、いずれかは抗菌薬Bに対する耐性菌感染が問題となってくることが予想されます。

 つまり、抗菌薬許可ないし届出制は抗菌薬AをBに替えただけのsingle switchになる傾向が認められています。例えば、カルバペネム耐性緑膿菌対策としてカルバペネムの使用制限に伴い広域セファロスポリン系薬が乱用されるとそれらに耐性のESBL:extended spectrum bera-lacramase産生肺炎桿菌の院内感染に悩まされる可能性も報告されています。

 すなわち、通常行われる抗菌薬許可ないし届出制はあくまでも耐性菌感染アウトブレーク時の緊急避難的な対策であって、決して抗菌薬の使い分けを目指したものではなく、長期的な対策としては疑問が残ります。

 元来、抗菌薬ミキシングは患者ごとに抗菌薬を変更していく方法のことでしたが、最近では、同時期に複数の抗菌薬の使用をなんらかの介入を行い実践する方法と定義され、一定期間特定の抗菌薬を治療薬として指定しローテーションさせるサイクリング療法とはまったく異なった概念です。この定義だと、毎日指定抗菌薬を変更していく、dailyrotation(デイリーローテーション)はミキシングの範疇となり、two-drug rotation(腹腔内感染と肺炎で別々にサイクリングを行う方法)はミキシングとサイクリングの混成(ハイブリッド)ともいえます。

PAMS方式

periodic antibiotic monitoring and supervision

 一定期間(3ヶ月)ごとの抗菌薬使用状況により随時、推奨薬、制限薬などを決めていく方法
サイクリングとは異なりいくつかの推奨薬の中から治療薬を選択できる。(医師の裁量権を残す)

推奨薬 自由選択薬 制限薬

使用過多であれば、推奨薬はいったん自由選択薬(推奨も制限も行わない)とし、次の3ヶ月間様子を見る。

ミキシングは各抗菌薬の使用頻度の平均化が目標で(5剤なら20%)でサイクリングのようにoff-cycleの薬剤を0%に持っていくことを目指していない。

 出典:薬事 2006.10


クオラムセンシング
quorum sensing:QS

QSシグナル


 quorumとは法律用語で、「定数」の意味。転じて細菌が自分や同属の仲間が放出した信号物質(signalling molecules)の集積により、自分の周囲にどれだけ仲間がいるのかを感知して行動する現象。

 特に病原微生物では、宿主の免疫反応から逃れて感染を成立させるために、素早く周囲の環境に適応する必要があり、バイオフィルム形成はそうした細胞のとる集団行動の1つ。

 菌の密度が一定数になると起こる形質発現。菌がお互いに産生する低分子が細胞内外である密度になると、調節遺伝子産物に結合することによって活性化し、病原性その他の種々の遺伝子を活性化し、環境に適応していく機能。

 緑膿菌では3種の調節遺伝子が知られています。(LasR,RhlR,PQS)

 多くの細菌は自分たちの密度や病原性に関わる様々な因子の産生をこのクオラムセンシング(QS)シグナルを出すことにより調整しています。
バイオフィルムを作る細菌は、細胞間情報伝達物質であるQSシグナルにより生態系を構築しています。

 

         出典:医薬ジャーナル 2002.5 p207 等

 

メインページへ