HS病院薬剤部発行     

薬剤ニ ュ ー ス

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1995年

3月1日号

NO.171

                                                

ベンゾジアゼピン受容体と肝性脳症 

   

***発症機序と治療における最近の進歩***     

 肝性脳症は急性、慢性肝疾患でみられ神経抑制で特徴づけられる症候群ですが、その発現機序はいまだに明かではありません。今日までその成因については多くの仮説が提唱され、それに基づく治療が行われてきました。しかし、その理論に反する事実がその後の研究で明らかにされ、また別の新しい考え方が生まれるという歴史を繰り返してきました。

{参考文献}Pharma Medica 2 1995 VOL.13

      富山医科薬科大学第3内科

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 1981年、抑制性γアミノ酪酸(GABA)神経伝達機構が活性化されて肝性脳症を起こす可能性が指摘され、GABAニュ−ロンに作用する薬物が肝性脳症にどのような影響を及ぼすか検討されてきました。1985年にGABA受容体複合体の一部であるベンゾジアゼピン(以下BZ)受容体の拮抗薬が肝性脳症を改善すると報告されて以来、今日まで肝性脳 症におけるBZ受容体リガンドの研究が集中的に続けられています。

 肝性脳症では、BZ受容体アゴニストが増加し、GABAニュ−ロンの神経伝達を増強させて神経機能の抑制が生じ、肝性脳症を惹起しているとの仮説が有力です。しかし、ジアゼパムのようなBZ受容体リガンドがどこから来たかという点が問題です。

 ジアゼパムなどのBZ様物質は、ヒトや動物の組織、植物や食品に少量ながら含まれます。BZは脂溶性であるので、外来性のものが脂肪組織に貯蔵されたり、また食事を摂取できない急性肝不全で急増してるところから生体内で合成される可能性もあります。肝障害が強い場合には、BZやその他外来性のBZ様物質が残留していると考えられます。

*フルマゼニル(アネキセ−ト)による治療効果

 フルマゼニルは肝性脳症の一部の症例に有用ですが、BZ受容体に結合するのがBZ様物質でない未知の物質が脳症の発現に関与する可能性があり、それらが症例の違いや病態の変化によって異なっているとも考えられます。

 フルマゼニルの有効性の評価が難しいのは肝硬変例の食道静脈瘤硬化治療の際にBZを使用するのが一般化されており、肝性脳症を起こすような症例ではその代謝が著しく遅延しているからです。

(現在アネキセ−トの適応症はBZ系薬剤による鎮静の解除及び呼吸抑制の改善のみです。)

 BZ受容体の内因性リガンドのうちで、これまで報告されているジアゼパムなどの物質がなぜ、どのようにして脳内に存在するのかは、まだ不明です。

 一部の脳症についてBZ受容体アンタゴニストの有用性が示されていますが、これらのリガンドとの関連も明確にはされていません。肝性脳症の発現機序の全体像に占めるGABA/BZ受容体/Clチャンネル複合体の解明に期待が寄せられています。


ベンゾジアゼピン(BZ)1受容体

ω1受容体

 中枢神経には、BZ1(ω1)、および、BZ2(ω2)受容体の2種類のベンゾジアゼピン受容体サブタイプが存在します。BZ1受容体は脳全体に存在し、小脳での存在比率が高い受容体です。

 BZ1受容体は、催眠作用や抗不安作用に関与すると推測されています。

ベンゾジアゼピン(BZ)の主な薬理作用

 催眠鎮静作用(BZ1が関与すると思われます。)
 
 その他:抗不安作用、 抗けいれん作用、 筋弛緩作用

ドラール錠(クアゼパム)

 下部脳幹を起源とする睡眠導入機構を介して作用すること、ベンゾジアゼピン1受容体に対する親和性が高いことから、この受容体を介する睡眠覚醒の抑制と睡眠導入機構に作用すると考えられます。

 催眠鎮静作用に比べ、筋弛緩作用が弱い。

                    ω1 ω2
鎮静             +     -
健忘             +     -
抗けいれん   +     +
抗不安         -     +
筋弛緩         -     +
運動障害      -    +
エタノール     -     +
増強作用

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マイスリー錠

出典:OHPニュース 2001.3

 ベンゾジアゼピン受容体には、ベンゾジアゼピン以外の構造を持つ化合物の中にも高い親和性を示すものもあることが判明したため、ベンゾジアゼピンと化学構造で規定する名称は好ましくないとして、1988年オメガ(ω)受容体に改称することが提案されました。

 中枢のω受容体の脳内分布は異なり、ω1受容体が小脳、嗅球、淡蒼球、大脳皮質第4層に多いのに対して、ω2受容体は筋緊張に関する脊椎や記憶に関与する海馬に多く、いたがって関与する生理的機能も異なるとされています。

 ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、一般に、ω1,ω2受容体に対する選択性が低いため、催眠鎮静作用、抗痙攣作用、抗不安作用、筋弛緩作用の間の分離が悪いと考えられ、ω1,ないしω2受容体に選択的な親和性を有する化合物は、これら作用の間の分離ができる可能性が考えられ、ω受容体サブタイプに選択的に作用する薬剤の開発が待たれていました。

* ω1選択性睡眠導入剤には抗不安作用がないため、従来の非選択性薬剤より必ずしも効果面で良いとは言えません。

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  ω1選択性のある薬剤                     :筋弛緩作用が弱い:ふらつきが出やすい高齢者に適している
  ドラール、マイスリー、アモバン               :抗不安作用が弱い:不安感がない不眠症

 非選択性薬剤                                                      :筋弛緩作用が強い:肩こりや筋緊張を伴う不眠
  ハルシオン錠、レンドルミンD錠、デパス                   :抗不安作用が強い:不安を伴う不眠
    サイレース錠、ベンザリン錠、 等               :不眠に対する不安感がある


DBI

ジアゼパム結合阻害たんぱく質:diazepam binding inhibitor

出典:ファルマシア 1998.9

 DBIは脳内で、抑制神経伝達物質であるGABAを含有する神経細胞のシナプス小胞体に存在するペプチドで、中枢神経のみならず末梢臓器にも分布しています。

 薬理学的、電気生理学的研究によりベンゾジアゼピン受容体の逆アゴニストとしての薬理活性を有すること、及び内在性不安誘発物質として作用することなどが明らかにされており、多くの中枢性神経疾患で観察される精神症状の発現に関与している可能性が考えられています。

 重度の抑うつを伴うアルツハイマー病、恐慌状態、神経機能低下を付随する痴呆などを有する患者の髄液中のDBI様物質が増加することが報告されています。

 薬物依存あるいは退薬症候群発現にDBIが関与していることは間違いないものと考えられています。

<アルコール依存とDBI>

 アルコール依存症患者ではアルコール禁断後早期に見られる痙攣や振戦、せん妄などの精神神経異常の消失の後に、易怒的不安、いらいら感、焦燥、抑うつなどの情緒障害がみられること、などを勘案するとアルコール中止後のDBI発現の経時的変化は、アルコール依存症患者の退薬症候の発現の経時的変化によく類似していると考えられます。

 さらに、DBIを脳室内に注入するとプロコンフリクト作用が見られること、及びDBIの脳室内注入によりジアゼパムよりもたらされる闘争行動の抑制が低下すること、アルコール依存症患者の髄液中のDBI含量が対照群に比較して有意に高いことなどのデータを考え合わせると、アルコール依存症に関連する多くの精神症状や異常行動の発現に、脳内DBI動態の変化が関与している可能性は極めて高いと考えられます。

<ニコチン依存とDBI>

 ニコチンはドパミン、セロトニン、アセチルコリンなどの神経伝達物質放出を誘発し、覚醒、不安軽減、認知機能や作業能率の改善などの薬理作用をもたらす。しかし、ニコチンの反復服用により精神依存が形成されると、ニコチンの服用中止に伴い易怒、抑うつ、不安、睡眠障害、集中力の低下、食欲亢進などの症状が出現する。

 ニコチンの主要な代謝物の1つであるコチニンもニコチンと同様に鎮静などの精神安定作用を示すとともに、不穏、不安などの症状を生じさせます。しかし、ニコチン受容体に対する親和性が低いことなどから、コチニンのニコチンの薬理作用での意義は明らかではありません。

 ニコチンにより誘発されるDBI及びDBImRNAの発現はアセチルコリン受容体の活性化に伴って生じること、さらにこの受容体の活性化が維持された場合にのみDBI及びDBImRNAの発現の増加が生じることが明らかとなりました。

 ニコチン連続摂取後の休薬に付随して認められる精神症状の1つである不安は、上述の脳内DBI含量の増加に起因している可能性が考えられます。またこの不安がニコチンの更なる摂取の原因となっている可能性があり、多くの薬物依存に見られる薬物嗜好性の出現の一部には脳内DBIレベルの上昇が関与していることも推測されますが、これらの点についてはより詳細な検討が必要です。

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 アルコールはGABA-A受容体に作用すること等により中枢神経抑制作用を示すため、併用により相互に中枢神経抑制作用を増強します。


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ベンゾジアゼピン系薬剤による前向性健忘

  〜〜もうろう状態、前向性健忘等について〜〜

2009年3月1日号 No.493  関連記事 
前向性健忘抗不安剤の依存性 / 抗不安剤、睡眠導入剤一覧

 ベンゾジアゼピン(以下BZ)健忘は、BZ系薬物を服用する前に獲得した記憶はよく再生されるのに対し、服用後の記憶が障害されるという前向性健忘の形を取るのが特徴で、脳基質障害に基づく健忘と同じ形をとります。したがって、具象的なものより抽象的なもの、意味のあるものより、無意味なもの、概念化しうるものよりしえないものなどのほうが障害されやすくなっています。

 近年、BZ系薬剤により数秒から数分までの記憶(短期記憶)も障害されることが明らかにされており、また、BZ系薬剤の単回服用時、反復服用時とも記憶障害が生じるため、日中にBZ系の抗不安剤や抗てんかん剤を服用している間にも、何らかの形で記憶の障害が生じている可能性が考えられています。

 GABA-A受容体は5つのサブユニットからなっており、それらが一緒に集まって完全なCl-(マイナス)チャンネル複合体を形成しています。

 GABA-A受容体は中枢神経系での抑制的神経伝達の大部分に関係しています。BZはそのCl-チャンネル複合体のGABAの結合部位とは異なった特定の部位に直接結合することによって作用します。

 しかしBZはGABA-A受容体を直接活性化することはなく、その作用発現にはGABAを必要としています。すなわちBZはGABAの作用を調節するだけで、GABAによるCl-の細胞内流入を亢進させることによって神経細胞を抑制し、催眠、鎮静効果などの薬理作用を引き起こすことが知られています。

 脳内では、このBZ受容体は大脳辺縁系の海馬を中心に分布しており、情動性の興奮を静める役割を担っています。一方、海馬は、情動中枢の中心であると同時に、記憶回路の中心的役割も果たしています。したがって、BZ系薬物は抗不安作用や鎮静・催眠作用を発揮するとともに、海馬の活動性も抑える結果として、記憶機能も抑制することになります。

 脳内の神経伝達系からいえば、情動系はセロトニンが関与し、記憶系はアセチルコリンが関与していますが、BZ系薬剤はセロトニン系を抑制し、高用量ではアセチルコリン系も抑制することから、一方では情動性興奮を静めて抗不安作用、鎮静・催眠作用を発揮し、他方、高用量では記憶機能を障害すると考えられます。

 BZ健忘は脳内のBZ受容体の占拠率比較的高い用量で処方されるBZ系薬剤の服用時にみられます。このBZ健忘には3つのパターンがあるとされており、
1)服薬してから入眠するまでの間の出来事を忘れてしまう(入眠前の血中濃度が高いため)
2)入眠後何らかの用があって起こされた時の言動を忘れてしまう場合(再入眠するまでの時間が短いほど生じやすい)
3)翌朝、目が覚めた後数時間の記憶がない場合(普段から高用量を服用したり、アルコールと併用した場合や入眠時間が普段よりも遅い場合)

 重要なことは、用量依存性を示すことで、どのBZ系薬剤でも高用量になるほど健忘作用が強くなることは明らかです。承認された用量以上の高用量や、アルコールと併用した場合など、不適正に使用されたケースでは、単に健忘だけでなく、もうろう状態、徘徊、精神病様症状を呈する可能性が考えられます。臨床用量の範囲内で適正使用されていれば、BZ健忘が生じる可能性は極めて低いものと考えられています。

睡眠随伴症状 ベンゾジアゼピン系(BZ系)薬剤の服用上の注意

 催眠鎮静剤、抗不安剤を服用中の患者に対しては次のようなことを指導する必要があります。

1)服用後には速やかに寝床について、大事な仕事どはしないこと。
2)アルコールと同時に服用しないこと。
3)途中で起こされて重要な仕事をする場合には服用しないこと。やむを得ず仕事をしたり、意思決定をした場合にはメモを記録するとともに、15分ほど起きていて、しっかり覚えてから再就寝すること。
4)自己判断で勝手に薬剤の用法・用量を変更しないこと。

  高齢者では薬剤の感受性の亢進やクリアランスの低下による薬物動態の変化が生じることを十分に考慮したうえで特に注意する。

 一過性前向性健忘、もうろう状態、睡眠随伴症状(夢遊症状等)があらわれた場合には、主治医に連絡する等の処置をとるよう、患者・家族に対して説明を行うこと。


 <催眠鎮静剤・抗不安の作用点による分類>
 

GABA-A−BZ受容体−CLイオンチャンネル複合体

・バルビツール酸誘導体〜フェノバルビタール
 (BAR結合部位に作用) ラボナ
・非バルビツール酸誘導体〜エスクレ坐薬・腸注
 (抑制的CL-チャンネルに作用)
・ベンゾジアゼピン誘導体
 (BZ受容体に作用) 〜エリスパン、ソラナックス、メイラックス
   デパス、グランダキシン、グラマリール
  ハルシオン、リスミー、ベンザリン
・非ベンゾジアゼピン誘導体 〜アモバン、レンドルミン、マイスリー

    {参考文献}日薬医薬品情報 Vol.12 NO.2(2009.2)  関連記事 
前向性健忘抗不安剤の依存性 / 抗不安剤、睡眠導入剤一覧
 

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