進化しすぎた脳
中高生と語る[大脳生理学]の最前線

  目 次

1. まえおき
2. はじめに
3. (本の)目次
4. おわりに
5. 著者紹介
6 . 読後感



池谷裕二著
発行 株式会社 朝日出版社

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1.まえおき
 NHKの週間ブックレビューで採り上げられ、さらに新聞の書評で評判を知りました。図書館で借りてさっと目を通し、直ぐに本屋で買い求めました。最近の脳の研究を中高生相手に易しく説明し、さらに学生の質問に答えながら話を進めています。単に大脳生理学による脳の構造や機能の説明だけでなく、「意識と無意識」など心理的、哲学的な内容にまで踏み込んでいます。

2. はじめに
 脳の研究をさらに究(きわ)めようと意を決してアメリカに渡ったのは2002年12月。私を迎えてくれたニューヨークの街はクリスマスイルミネーションで美しく飾り立てていました。1年余り前に起こった同時多発テロの衝撃もようやく和(やわ)らぎ、道行く人々に活気が戻り始めた、そんな時期でした。
「ニューヨークの高校生を相手に脳の講義をしてみてはどうですか」という打診を朝日出版社の赤井茂樹さんから受けたのは、ちょうどその頃だったと思います。高校生にわかりやすく脳について解説する−−−「高校生」という対象年齢がとても絶妙な選択だとその時直感しました。好奇心が旺盛で、さまざまな問題意識が芽生える時期。これからの人生の進路を真剣に考え始める時期。そんな多感期の高校生と、私の専門である〈脳〉について対談することは、彼らにとっても、また私自身にとっても刺激になるだろう、そう思い、「アメリカでの研究が軌道にのったらぜひやってみたい」と前向きに返事をしました。あれから1年半が経ち、いまようやくそれが実現したというわけです。
 講義では単なる教科書的な脳の解説にとどまらず、最新の知見をふんだんに取り入れ、できるかぎり新鮮な情報を伝えるように心がけました。どんな情報でもそうですが、最新情報というものは、まだ真偽が確定していない内容を含んでいるものです。こうした危険性を知りつつも、ここでは自分の個性を活(い)かし、私にしかできない独創的な講義をすることに専念しました。
 本書の一部では、私の専門分野である大脳生理学のフィールドから大幅に踏み出して、心理学や哲学の世界にまで到達しています。「心とは何か、心がどこから生まれるか」といった人類普遍の難題のみならず、「心がそもそも存在する意味は何なのか」といった疑問までに踏み込んでみました。また、薬学部に所属している私の責務として、アルツハイマー病の話題を中心に「薬」の啓蒙にも時間を割きました。
 とりわけ「意識」の解釈や定義については、脳科学者の間でさえも共通のコンセンサスはなく、形式的に語るのが難しい対象となっています。しかし、ここでも敢(あ)えて私は誤解を恐れずに、自分なりの意見を述べました。
 そもそも脳科学がまだ脳を十分に理解できていないのは仕方のないことだと私は思っています。脳はそんなに単純なものではありません。しかし、ここには次元の異なる問題もあるようです。〈池谷裕二〉という人間が果たして脳科学という学問をきちとんと理解しているか−−という疑問です。「高校生レベルの知識層に説明して伝えることができなければ、その人は科学を理解しているとは言えない」とは物理学者ファインマンの言葉です。この意味で、今回の一連の脳科学講義は私にとって試金石でした。脳科学者の端(はし)くれである私が本当に脳科学を理解しているかどうか、その判断は読者に委(ゆだ)ねたいと思います。

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3. 本の目次

はじめに−−−7

第一章
人間は脳の力を使いこなせていない−−−−11
1-1 講義をはじめる前に
1-2 みんなの脳に対するイメージを知りたい
1-3 心と脳の関係を人間はどう考えてきたんだろう
1-4 ネズミをラジコンにしてしまった?
1-5 脳にはできてコンピュータにはできないこと
1-6 脳は表面積を増やすためにシワをつくつた
1-7 イルカは本当に頭がいい?
1-8 哺乳類の大脳皮質は6層構造
1-9 脳は場所によって役割が違う
1-10 目で見たものを見えたと感じるためには?
1-11 WHATの回路、HOWの回路
1-12 「いつでも同じ場所に腕を移動させる神経細胞」
1-13 ラジコン・ネズミの〈報酬系〉
1-14 それでも「自分」なのだろうか?
1-15 念力の科学
   −−−ニューラル・プロステティクス
1-16 目に見える形になった意志
1-17 視覚と聴覚のつなぎ替え?
1-18 脳の地図はダイナミックに進化する
1-19 進化しすぎた脳
1-20 運動神経と引き換えに、知能を発達させた
1-21 心はどこにあるのだろうか

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第二章
人間は脳の解釈から逃れられない−−−−107
2-1 「心」とはなんだろう?
2-2 意識と無意識の境目にあるのは?
2-3 前頭葉はどうやって心を生んでいるのか
2-4 立体は片目でも感じられる
2-5 なぜ長さが違って見えるのだろう?
2-6 風景がギザギザに見えないわけ
2-7 世界は脳のなかでつくられる
2-8 脳の時間はコマ送り
2-9 「いま」は常に過去
2-10 目ができたから、世界ができた
2-11 視神経は半分だけ交叉している
2-12 目が見えなくても「見えている」
2-13 「見る」ことは無意識
2-14 表現を選択できること、それが意識
2-15 「クオリア」は表現を選択できない
2-16 言葉は意識の典型
2-17 表情のパターンは世界共通
2-18 人間は言葉の奴隷
2-19 「ウエルニッケ失語症」
2-20 「ミラー・ニューロン」の驚き
2-21 ミツバチの「8の字ダンス」
2-22 無意識に口にすること
2-23 自由意志と脳の指令
2-24 「悲しいから涙が出る」んじゃない
2-25 「恐怖」の感情がなくなったら
2-26 扁桃体は大脳皮質のコーチ
2-27 脳の構造は先天的か後天的か

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第三章
人間はあいまいな記憶しかもてない−−−−203
3-1 「あいまい」な記憶が役に立つ!?
3-2 なかなか覚えられない脳
3-3 言葉によって生み出された幽霊
3-4 記憶の「あいまいさ」はどこから生まれる?
3-5 神経細胞に電気が流れる!?
3-6 神経細胞は増殖してはいけない
3-7 暗記そのものは生命の目的にはなりえない
3-8 細胞は内側がマイナス、外側がプラス
3-9 神経の信号の実体は「ナトリウムイオンの波」
3-10 神経細胞と神経細胞のすき間
3-11 シナプスが神経伝達物質を次の細胞に放出する
3-12 シナプスこそが脳のあやふやさの原因だった
3-13 ナトリウムイオンはアクセル、塩素イオンはブレーキ
3-14 神経細胞は出口と入口を持っている
3-15 「脳がいかにあいまいであるか」のミクロな理由
3-16 分解したら「わかった」と言えるのだろうか
3-17 全体として秩序が起こること
   −−−自己組織化
3-18 しびれるくらい美しいメカニズム
   −−−「ヘブの法則」
3-19 ミクロがマクロを決定する
3-20 神経の活動はランダムではない

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第四章
人間は進化のプロセスを進化させる−−−−287
4-1 神経細胞の結びつきを決めるプログラム
4-2 ウサギのように跳ねるネズミ
4-3 情報のループを描く脳−−−反回性回路
4-4 脳の情報処理には上限がある
   −−100ステップ問題
4-5 神経に直接効(き)く薬
4-6 薬は「科学のツール」だった
4-7 アルツハイマー病は神経の病気
4-8 老人斑(はん)に猛毒β(ベータ)アミロイドを発見
4-9 βアミロイドはどこから生まれる?
4-10 プレセニリンがβアミロイドを生み出している
4-11 βアミロイドがシナプスに攻撃をしかけている?
4-12 神経伝達物質を回収して伝達の効率を悪くする
4-13 アルツハイマー病の治療法を見つけたい
4-14 毒をもって毒を制す
4-15 アセチルコリンを壊すハサミを抑制する
4-16 「裁きの豆」
4-17 人間は「体」ではなく「環境」を進化させている
4-18 改造人間
4-19 いままでの講義をまとめてみよう
4-20 ヒトの脳は〈柔軟性〉を生むために発達した
4-21 ドリアンや納豆を最初に食べた人間はすばらしい
4-22 人間の脳がそんな簡単にわかってたまるか

付論 行列をつかった記憶のシミュレーション−−371

おわりに−−−−−− 372
謝辞−−−−−−−−374

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4 おわりに
 本書は2004年春に慶應義塾ニューヨーク学院高等部で行われた脳科学講義の記録です。全4回の講義は10日間に渡って行われました。
 講義に参加した生徒は先着の8名の中高生のみ。私の希望で少人数制をとりました。この機会を単なる講義に終わらせたくなかったのです。学校の授業のように一方通行ではなく、むしろ人数を限ることでより親密な対話式にしたいと依頼しました。生徒側からの予想外の反応が臨場感を高め、講義の枠を越えて話題を面白くかつダイナミックにすると確信していたからです。この意図は着実に本書に反映されていると思います。
 講義は、池谷裕二という今後も成長を求め続ける人間による脳科学観の、現時点での足跡です。ここには現在の私の姿勢が投影されています。そして、私自身が高校生の頃にこんな一連の講義を受けていたら、きっと人生が変わっていたのではないかと思うくらいの内容と密度だったと、自分では自負しています。そんな講義もいまや8人の中高生を離れ、本書というプリズムを通じて読者に向けられています。そして、ここでもやはり皆様からの叱咤激励の反応をいただけることが私にとっての何よりの励みになります。朝日出版社のホームページに本書の感想を送信できるサイトを設けさせていただきました(URL:http//www.asahipress.com/shinka/)。お送りいただきましたメッセージにはもちろんすべて目を通します。皆様のご意見は、将来に向けた私の新たなチャレンジヘの参考とさせていただきたいと思います。ぜひご投稿いただければ幸いです。
 最後になりましたが、講義の機会を与えてくださった朝日出版社の赤井茂樹様、講義実現に向けてご尽力下さいました慶應義塾ニューヨーク学院の先生方とジャパン・ソサエティーの皆様、キラキラと目を輝かせて講義を真剣に聴いてくれました15歳から18歳までの若き8人、そしてアドバイザーとして講義に参加してくれた妻に心から感謝したいと思います。本当にありがとうございました。
                      2004年3月 マンハッタンにて                池谷裕二

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5 著者紹介
池谷裕二(いけがや・ゆうじ)
1970年生まれ。薬学博士。コロンビア大学・生物学講座・博士研究員、東京大学大学院・薬学系研究科・助手(留学中)。98年、海馬の研究により、東京大学大学院薬学系研究科で薬学博士号を取得。著書に『海馬−−−脳は疲れない』(糸井重里氏との共著、朝日出版社)『記憶力を強くする−−−最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』(講談社ブルーバックス)などがある。

6. 読後感
 この本を読んで、印象の深かった点を列挙してみます。
 1-9 脳は場所によって役割が違う(P.43)
 脳は場所によって役割が違う。視覚・聴覚・触覚と分かれているだけではなくて、その中で更に役割が局所化している(図12 P.48 脳の部位と体性感覚野の地図)。
1-18 脳の地図はダイナミックに進化する(P.88)
 脳というのは、一回地図ができ上がったら、それでもう一切変わらないという堅い構造ではなくて、入ってくる情報に応じて臨機応変に、ダイナミックに変化する。
2-14 表現を選択できること、それが意識(P.163)
 「意識」の定義の一番目は「判断できること」 → 「表現を選択できること」
3-3 言葉によって生み出された幽霊(P.213)
 言葉にはコミュニケーションの手段と抽象思考するための道具という二つの機能がある。
3-18 しびれるくらい美しいメカニズム−−−「ヘブの法則」(P.273)
 ネットワークに情報を蓄えるために必要な法則を「ヘブの法則」という。二つの神経細胞をA、Bとすると「AとBの神経が同時に活動したら、その二つの神経の結合力が強くなる」 → AとBにスパイクが同時に起きたら、シナプスのつながりが強くなる。
4-17 人間は「体」ではなく「環境」を進化させている(P.342)
 従来は、環境が変化したら、環境に合わせて動物自体が変わってきたが、今の人間は遺伝子的な進化を止めて、逆に環境を支配して、それを自分に合わせて変えている。

 大脳生理学の最先端知識を、学生への講義という形で判りやすく本にまとめたことは、脳を理解する上で素晴らしいことだと思います。

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[Last updated 6/1/2005]