古代日本 文字の来た道

  目 次

1. まえおき
2. はじめに
3. 目 次
4. 著者紹介
5. あとがき
6 . この本を読んで


平川 南編
株式会社大修館書店

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1.まえおき
 先月(2005年10月)に載せた「古代日本の文字世界」の要旨を、V Age Clubの「新書を読む会」で報告したところ、リーダーの森本さんからこの本を紹介れました。早速購入して読んだところ、「古代日本の文字世界」の続編のような本で、さらに詳しく説明され、日本に書き言葉としての漢字の導入の経緯がより深く理解できると思いました。そこで、この本をご紹介して、読者にもご参考になればと思っています。

2. はじめに      平川 南
 国立歴史民俗博物館(以下歴博)は、1981年に「大学共同利用機関」として創設され、今年で創設24年を迎える。「大学共同利用機関」とは耳なれない言葉かもしれないが、それまでの大学の枠を超え、大学でできないような学術研究をするという目的で設立されたもので、現在16の機関がある。例えば国立天文台や南極の調査を行っている国立極地研究所、そして我々と同じ人文社会系の研究機関としては、大阪の国立民族学博物館、京都の国際日本文化研究センター、東京の国文学研究資料館等が同じような形態の研究機関である。
 歴博はこのような国立の共同利用機関であるが、「博物館」という名前を冠しており、国立の唯一の「歴史研究博物館」として出発した。歴史資料に限らず、考古資料、民俗資料、その他、これからの新しい歴史学を打ち立てていくために必要なあらゆる領域に幅を広げて資料を収集し、その資料に基づいて行った調査・研究、あるいは国内外の研究者と共同研究を行った最前線の成果を、従来のような研究報告論文だけでなく、展示を通して研究者はもちろん広く一般の方々に見ていただくのである。

 その歴博が、創設20周年にあたり、これまで古代日本の文字文化について行ってきた研究の成果を広く一般に公開するため「古代日本 文字のある風景」という展示を実施した(2002年3月19日〜6月9日・歴博にて、以後各地巡回)。歴博が共同研究を推進する際に一番心がけているのは、現代の日本社会の中で何が課題となっているのかという現代的な視点から問題設定をし、それを歴史学の方から積極的にアプローチしていくということである。「古代日本 文字のある風景」というテーマも、実は、現代における文字文化そのものが大きな曲がり角にさしかかっており、同時に、21世紀の課題の一つに挙げられているという認識から設定された。
 かつて中国で漢字というものが生まれ、文字を持たなかった日本列島でそれを受け入れた。そして、日本だけでなく、周辺の東アジア全体に漢字文化圏が広がった。現在では、隣国の韓国では民族文字のハングルを専ら用いており、中国でも簡体文字を多用している。日本においても常用漢字という形で漢字の使用を1945字に限定したり、あるいはコンピューターの時代になって漢字コードを6500字と限定したり、さらには最近では漢字の検定試験もあって、自分たちの用いる文字の検定を受ける時代となった。我々の文字文化そのものが大きな曲がり角に来ている今、これからの21世紀に我々がどのような文字文化を持ち得るのかを真剣に考えていく必要がある。そのためには文字というものをもう一度とらえ直す、すなわち日本列島に文字が最初に入ってきたころからの歴史をきちんと究明していく必要があると考え、展示を企画したのである。また、展示を通して文字文化への理解を深めていただくと同時に、展示の中では十分に解明できない点をより追究するために、展示の期間内に同テーマのフォーラムを行った。本書は、そのフォーラムの内容を、さらなる増補を行い収録したものである。
 文字を持たなかった日本−当時は倭−は、どのようにして中国から文字を受け入れたのか。古代日本においては、中国大陸と日本列島の間にある朝鮮半島を経由してあらゆるものが大陸から日本にもたらされた。文字の問題も、古代朝鮮の文字文化を抜きにしては考えらない。フォーラムでは、その多大な影響の実像を徹底して明らかにしていこうと試みた。日本列島の人々は、やがては日本語の文章までも表記できるようになり、八世紀には『古事記』や『日本書紀』、『万葉集』、そして正倉院文書世界というように、大きな成果をもたらしていく。しかし一方で、古代の村々には十分に文字を理解できない人たちが大勢おり、そうした人々と文字が向き合ったとき、日本独特の文字文化が生まれたのであろう。企画展では、古代の中国や朝鮮とも、あるいは日本の中世以降とも違う、非常に特異な文字文化が描き出せるのではないかという見通しのもとに展示を行った。さらに、フォーラムでは、展示で表現できない、中国における漢字の発生・展開や、日本語と朝鮮語の国語学的なアプローチ、古代の朝鮮の文字文化の実態、それから古代の日本の文字文化の実態に迫ってみた。また、文字というものがどういう意味を持っているのか、文字を持つことにはどういう意味があるのかという最も本質的な点について、文化人類字の研究者にも加わっていただき、幅広い学問分野からこの大きな問題にアプローチしている。
 当日8時間にわたったフォーラムであるが、本書をお読み下さる方々と共に、文字をめぐる諸問題について考えていきたいと思う。
 

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3. 目 次

       はじめに 3                       平川 南

第1部 基調講演−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 1 人は何のために文字を書いたか −中国での文字の発生− 14     阿辻哲次
    「漢字」とは ………………………………………………………15
       「漢字」とは何ぞや?/漢字の祖先、甲骨文字
    だれのために文字を書いたか ………………………………… 18
       甲骨の占い/甲骨の読者は神/見えないところに記された
       青銅器の金文/神の文字から人の文字へ/
       政治行政の道具として−−不特定多数に向けた文字
    [コラム] 漢字の好き嫌い ………………………………………28

 2 古代朝鮮の文字文化 −見えてきた文字の架け橋− 32         李 成市
    中国からの渡来人と漢字 ……………………………………… 33
       朝鮮半島での漢字の始まり/初期の文字文化を担ったのは中国系の人々
   高句麗の金石文 ………………………………………………… 36
       高句麗人の文字文化−三つの碑文/
       文字文化のパイプ役となった高句麗
   新羅の金石文 …………………………………………………… 45
       新羅における初期の文字資料/新羅での試行錯誤−誓記体/
       木簡から見えてきた新羅と日本の共通性
   〔コラム] 文体と形態から読む石碑 −六世紀の新羅碑をめぐつて−
    ……………………………………………………………………54
   [資 料] 朝鮮半島の石碑 ……………………………………… 58

 3 古代の「言葉」から探る文字の道−日朝の文法・発音・文字−  66    犬詞 隆
   孤立語と膠着語 …………………………………………………67
   朝鮮なまりの漢文 ………………………………………………69
       語順/送り仮名「之」/補助動詞「賜」
   発音から見た日本語と朝鮮語 …………………………………74
       開音節と閉音節 − 日本語は母音で終わる/古代日本の新しい母音
       「エ」/二種類あった日本の「イ」/「天壽国蔓茶羅繍帳銘」の謎
   [コラム〕七世紀の万葉仮名 −平仮名・片仮名の源流− ……83

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 4 古代日本の文字文化−空白の六世紀を考える− 86
   初期の文字資料 …………………………………………………87   東野治之
       文字か記号か/史書に見る日本の文字使用状況/『日本書紀』の暦法/
       初期の文字資料の評価
   六世紀を考える−仏教の果たした役割 …………………………92
       「木を刻み縄を結ぶ」/文字文化の移入は百済経由?/
       仏教の受容と経典/空白の六世紀/七世紀の資料から文字の浸透度を
       読み取る/仏教、そして百済の再評価
   [コラム]飛鳥寺の文字瓦をめぐって
       −7世紀前半の仏教と文字文化−…………………………103

 5 声と文字と歴史と−「文字を必要としなかった社会」からの視点  106  川田順造
   「文字」とは何か? …………………………………………………107
       「文字」と「言葉」は別のもの/声に戻すための「楽譜」
   声の特質・文字の特質………………………………………………109
       声の特質/文字の特質 − 遠隔伝達性、反復参照性、個別参照性、
       そして 「立ち止まり」
   二次元指向と文字 …………………………………………………113
       文字は「二次元指向」の媒体/歴史意識と時制/視覚の発達
   太鼓で語られる言葉…………………………………………………116
       モシ王国の太鼓言葉/最初のカルチャー・ショック

   モシの建国神話と『古事記』 ………………………………………120
       王国の系譜/範列的に語られる神の物語/
       連鎖的に語られる人の王の物語/文字の導入と歴史意識の変化
   [コラム]よむ、かく、となえる ………………………………………128

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第2部 フォーラム−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                            [司会]平川 南
                  [パネリスト] 阿辻哲次/李 成市
                   犬飼 隆/東野治之/川田順造
 1 文字の誕生………………………………………………………………132
       文字の始まりは神との対話?/道具としての文字
 2 本格的な文字文化の始まり……………………………………………140
       二〜四世紀の日本列島内の文字/大陸連動で始まった本格的文字文化
 3 文字の浸透と宗教………………………………………………………149
       空白の六世紀と仏教/道教と文字
 4 文字の力…………………………………………………………………155
 5 文字を学ぶ………………………………………………………………159
       出土が相次ぐ『論語』木簡
 6 朝鮮半島と日本列島、文字資料を解く………………………………… 164
       「椋」字をめぐつて/石碑文化に見る文字の広がりの違い/
       日朝で共通、独自の用字「鎰」/城山山城遺跡出土木簡をめぐつて
  質疑応答………………………………………………………………… 178
       「朝鮮半島で木簡の出土が急に増えているのはなぜですか?」/
       「扶余族と韓族の違いは?」/「日本語の発音の少なさを実感します。
       発音の多い言語について教えてください」/「古代の発音をどのように
       推測するのか、詳しく教えてください」/「日本における母音"エ"
       の成立ついて、詳しく教えてください」/「片仮名が朝鮮語の読みで
       理解できる、という新聞記事を見かけましたが?」
 7 文字研究の広がりとこれから……………………………………………187
       中国の周辺国に視点を広げる/漢字の導入は恩恵? それとも?/
       漢字の造語能力/文字文化研究のこれから
 あとがき 197

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4 著者(パネリスト)紹介
阿辻 哲次(あつじ・てつじ)
 京都大学総合人間学部教授。日本・中国文化史専攻。著書に、『漢字学』(東海大学出版会、1985年)、『図説漢字の歴史』(大修館書店、1989年)、『教養の漢字学』(大修館書店、1993年)、『漢字の字源』(講談社現代新書、1994年)、『漢字のいい話』(大修館書店、2001年)。
李 成市(り・そんし)
 早稲田大学第一文学部教授。朝鮮史・東北アジア史専攻。著書に、『東アジアの王権と交易』(青木書店、1997年)、『古代東アジアの民族と国家』(岩波書店、1998年)、『東アジア文化圏の形成』(世界史リプレット7)(山川出版社、2000年)。
犬飼 隆(いぬかい・たかし)
 愛知県立大学文学部教授。国語学専攻。著書に、『上代文字言語の研究』(笠間書院、1992年)、『古代日本の文字世界』(共著)(大修館書店、2000年)、『文字・表記探究法』(朝倉書店、2002年)。
東野 治之(とうの・はるゆき)
 奈良大学文学部教授。日本古代史専攻。主な著書に、『正倉院文書と木簡の研究』(塙書房、1977年)、『日本古代木簡の研究』(塙書房、1983年)、『書の古代史』(岩波書店、1994年)『長屋王家木簡の研究』(塙書房、1996年)、『日本古代金石文の研究』(岩波書店、2004年)など。
川田 順造(かわだ・じゅんぞう)
 神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科教授。文化人類学専攻。主な著書に、『サバンナの音の世界』(カセットブック)(白水社、1998年[1988年])、『口頭伝承論』(平凡社ライブラリー、2001年[1992年])、『コトバ・言葉・ことば』(青土社、2004年)、『アフリカの(声)』(青土社、2004年)、『人類学的認識論のために』(岩波書店、2004年)など。
【司会】
平川 南(ひらかわ・みなみ)
 国立歴史民俗博物館歴史研究部数授。日本古代史専攻。主な著書に、『漆紙文書の研究』(吉川弘文館、1989年)、『よみがえる古代文書』(岩波新書、1994年)、『古代日本の文字世界』(編著)(大修館書店、2000年)、『墨書土器の研究』(吉川弘文館、2000年)、『古代地方木簡の研究』(吉川弘文館、2003年)など。

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5. あとがき
 この本の元となったフォーラムは、古代日本の文字文化の実態を明らかにすることを目的に、歴博企画展「古代日本 文字のある風景−金印から正倉院文書まで−」にあわせて、漢字学・国語学・古代朝鮮史・日本古代史および文化人類字という幅広い学問分野の研究者の参加を得て開催した。フォーラム当日は、予期した以上の広がりと、多大な示唆に富む見解が披露された。聴衆の方々からもたくさんの質問が寄せられ、朝の10時から夕方5時までの予定時間を超過するほどの内容となり、古代史、ことに、文字の歴史に対する関心の高さを改めて痛感する一日となった。
 本フォーラムで注目された点をおおまかにまとめると以下のようになろう。

一、文字の発生は、多くは宗教的なものと政治権力とに結びつくこと。さらに宗教との関係でいえば、メッセージはまず声の力で最初に信徒に伝えられ、その声が文字に固定されると、そこで文字によって権威づけられた「正統」の考え方が生まれる、という流れが広く認められること。
二、倭国における文字の本格的使用は五世紀以降とされるが、五世紀後半の雄略朝ごろから中国の暦日を導入し朝廷の記録が作成されたこと。さらに、仏教および道教などとの関連によって、文字使用が急速に広まった可能性が指摘された。
三、近年、朝鮮半島における金石文や木簡資料などの研究の進展にともない、日本の文字文化が古代朝鮮の影響を強く受けたことが明らかになってきたこと。さらに、朝鮮音についていえば、例えば「城」の音のみ取り上げてみても、その複雑な古代の発音の一端がうかがえるであろう。「城」は中国では漢音「セイ」・呉音「ジョウ」であるのに対して、古代朝鮮において「城」の音は高句麗では「ホル」、百済では「キ」、そして新羅では「ツァス」 → 「サシ」とそれぞれ異なっている。日本の漢字文化受容期を解くにあたっては、これら朝鮮音についての目配りも必要である。

 以上の点から、七世紀における我が国の文書行政の広範な展開の実態は、従来のような「唐の律令制の導入が日本の文字文化の浸透に繋がった」という通り一遍の解釈では収まりきれなくなっていることが明らかであり、今後の文字研究は、地域・時代を超えた共同研究が必須の段階に到ったと考えてよいだろう。
 また、最後に川田氏が文字を持つことの意義について述べられた見解は、本フォーラムの重要な指摘の一つである。すなわち、文字を皆が読み書きできなかった時代には、文字そのものが権力と呪力をもっていた点に改めて留意する必要がある。また、アフリカの文字のない言葉も含めて、世界の言語にまで視野を拡げてヤマトコトバにおける漢字の導入の意義を問う氏の視点は、文字文化に関する広い意味での歴史とのかかわりを考える上でも重要であろう。
 ところで、歴博は2004年4月、国立民族学博物館・国際日本文化研究センター・国文学研究資料館・総合地球環境学研究所と共に「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構」として新たにスタートした。この人間文化に関する総合的研究を目指す研究機構にとっても、文字文化の研究はきわめて重要なテーマであり、本フォーラムで課題とした点について、機構の幅広い学問分野を挙げて究明していきたい。
 本書は、諸事情によりフォーラム開催から刊行まで3年を経過してしまったが、パネラー5氏による文字文化に対する幅広い分析から、きわめて豊かな内容が展開され、興味が尽きないものとなっている。また本書は、2000年に刊行した拙編書『古代日本の文字世界』(大修館書店)の続編ともいうべき内容の書となっており、併せてお読みいただければ幸いである。
 なお、本書作成にあたっては、大修館書店の北村尚子氏に、先の『古代日本の文字世界』から引き続き大変なご尽力をいただいた。心から御礼を申し上げたい。
   平成17年3月                        平川 南

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本書は、平成14年4月に開催された下記フォーラムをもとに構成し、増補加筆したものです。
 第38回歴博フォーラム
 「古代日本 文字のある風景 −金印から正倉院文書まで−」
   日時…平成14年4月14日 (日)
   場所…東京銀座 ヤマハホール
   司会…平川 南
   パネリスト…阿辻哲次・李 成市・犬飼 隆・東野治之・川田順造
   主催…国立歴史民俗博物館・朝日新聞社

7. この本を読んで
 日本に漢字が入って来る前、どのようにして漢字ができ、どんないきさつで日本語化されていったかが一層理解できたと思っています。
「1 人は何のために文字を書いたか −中国での文字の発生     阿辻哲次」
 中国で漢字はどのようにしてできたか。甲骨文字(占いと、その記録)、金文(神の文字から人の文字へ)、「だれのために文字を書いたか」という問いかけは、とても新鮮に思いました。さらに2005年秋の奈良旅行で金文を奈良国立博物館で展示品で直接見られたのは収穫でした。
「2 古代朝鮮の文字文化 −見えてきた文字の架け橋         李 成市」
 「古代日本の文字世界」での説明が更に詳しく述べられています。漢字が朝鮮半島を経由して、日本に入ってきた様子がわかります。高句麗と新羅の金石文や木簡における新羅と日本の共通性も面白く読めました。
「3 古代の「言葉」から探る文字の道−日朝の文法・発音・文字    犬詞 隆」
 漢字が朝鮮半島経由でわが国に入ってきたことは、漢字の日本語化に役立ったことがわかります。
「4 古代日本の文字文化−空白の六世紀を考える− 初期の文字資料    東野治之」
 仏教の普及が漢字導入に拍車をかけたことが理解できます。2005年秋に飛鳥、奈良(平城京)と廻ったことが、理解に役立ちました。
「5 声と文字と歴史と−「文字を必要としなかった社会」からの視点    川田順造」
 文字と言語の関係や文字の特質を考え、文字とは何かを探り、さらに「モシ王国の太鼓言葉」という珍しい言葉が披露されます。

 後半はシンボジュウムの内容で、前半の基調講演を受けて、各講師が補足して行きます。質疑応答や今後の展望も勉強になりました。

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[Last updated 11/30/2005]