人生における成功者の定義と条件
 

目 次

1. まえおき
2. はじめに
3. (本の)目次     
5. おわりに
6. 読後感
7. ベストセラーの裏側
 


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1.まえおき
 村上龍さんの「13歳のハローワーク」を読んだ後、その姉妹編という触れ込みだったので、早速この本を読みました。確かに「13歳のハローワーク」の続編のような本で、村上氏の考え方が判るとともに、各界の成功者の意見や成長の過程などもわかり、またJMMの読者のアンケートもあって、一読の価値があると思います。

2. はじめに
『13歳のハローワーク』という職業紹介絵本を作る過程で、またその出版後にいろいろなインタビューに答える中で、いろいろなことを考えた。「仕事」がその人の人生を支えるのだという単純な事実の再確認から、何をしたいのかわからない人にはアドバイスのしようがない、というような発見までさまざまなことだ。そして、日本社会で流通する言葉と概念の文脈が古いままだということもよくわかった。
 特に金融・経済の領域で顕著だが、日本社会の価値観・システム・考え方は90年代からはっきりと変化し始めた。商売をする人たちは、とにかく利益を出さなければいけないので、古いシステムや考え方をもっとも効率的で合理的なものにシフトする。そういう人たちの嗅覚と実行と成功によって、社会全体のシステムや考え方も少しずつ変わっていく。
 だがその変化に、言葉や概念がついていけない。これまで何度もエッセイなどで書いてきたが、わたしたちはいまだにリスクやインセンティブやコアコンピタンスというような英語を日本語に翻訳することができない。リスクは、単に「危険なこと」ではなく、人を惹き付ける何かに潜むものというニュアンスが含まれている。地雷原を歩くのはリスクが大きい、という言い方は変だ。たとえば地雷原の中に大昔の宝物が埋まっていて、それを掘り出そうとするような場合に、地雷原は初めてリスク要因として成立する。

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 社会のシステムや考え方が変化すると、人びとの価値観や判断基準や生き方の選択も変化していく。終身雇用が当たり前、という考え方が過去のものになろうとしているが、それは雇用システムだけの問題ではなく、生き方の根幹に関わることなので、当然人びとの考え方や価値観も変化を迫られることになる。だが、そういった変化に言葉や概念はうまく対応できていない。リスクという言葉を日本語に翻訳できないのは、会社への忠誠心や献身と引き替えに会社に庇護してもらうのが当たり前という社会では、人を惹き付ける何かに潜む危険・不安要因という概念が存在しなかったからだ。
 死語になっているわけではないが、その概念が空洞化している言葉もある。その典型は「普通」だ。普通の女子高生、と聞いて、どんな女の子を思い浮かべるだろうか。また普通のサラリーマンと言われて、どんな青年やおじさんを思い浮かべるだろうか。たとえば、「普通の女子高生」というのはバージンだろうか。また「普通のサラリーマン」の年収はいくらくらいだろうか。その二つの問いに対してはきっといろいろな意見があるだろう。いろいろな意見があるということは、社会的通念となるような基準がもはや存在しないということだ。
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  「普通」と同様に、「成功者」という概念にも空洞化が見られる。それは「成功」という言葉に、近代化途上の価値観が刷り込まれているからだ。近代化と、その最終段階だった高度成長時において、成功というのはおもに経済的な成功を意味した。成功者というのは、法の範囲内で平均以上に金を儲けた人と出世した人を指す言葉だった。ただし、今その概念が変わってしまっているわけではない。平均以上に金を稼いだ人、会社の社長や役所の局長になれた人は、今でも成功者だと見られるだろう。金を稼ぐとか、出世するというのは、現代でも成功の範疇に入る。問題は二つある。一つは、金を儲けたり、出世するために何が必要かということだ。そしてもう一つは、現代における人生の成功者というのは、平均以上に金を稼いだり出世する人だけを指すのか、ということである。
 かっては、平均以上の金を稼いだり、会社や役所で出世しようと思ったら、いい学校に行くことが必須だった。中卒で巨万の財を成した人もいるが、成功者としては主流ではない。明治の開国から高度成長まで、成功するためにはいい学校へ行くことが必須の条件だったのだ。いい学校へ行って、いい会社や権威のある役所に入る、それが成功者のモデルで、女性はそういう人のお嫁さんになるのが幸福への道、という時代が本当に長く続いた。
 日本全体が貧しくてモノがなく、したがって巨大な需要があった高度成長が終わると、当然高度成長用の経済モデルは衰退し、新しいスタイルが模索される。資本主義社会の企業が利益を追求する義務を負う限り、その是非はともかく終身雇用が幻想となっていくのも必然的なことだ。いい学校に行っていい会社に入れば一生安心という常識が成立するためには、終身雇用制が前提となるが、そのあたりのことについては前述の『13歳のハローワーク』の「はじめに」というエッセイに詳しく書いたのでここでは繰り返さない。

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 現代では、平均以上に金を稼ぎ、出世する確実な方法がない。つまりいい学校に行って、いい会社や権威のある役所に入っても、成功者になれるかどうかわからない。それが、今の子どもたちに勉強へのモチベーションを失わせている原因のほとんどすべてだ。『13歳のハローワーク』では、おもに「職能」や「技術」を取り上げた。つまり、自分が興味を持てる分野で専門的な知識や技術を身に着けたほうが有利だ、ということを示した。「興味がある分野で」という条件をつけたのは、人間は興味がない分野で努力を続けるのがむずかしいというシンプルな理由による。嫌いなことをイヤイヤながらやるよりも、好きなこと、興味があることをワクワクしながらやるほうが集中できるし、効率が上がる。
 そして重要なのは、好きな仕事、興味のある仕事というのは、それをやっているだけで充実感があるということだ。自分が好きな仕事と出会うのは簡単ではないが、嫌いな仕事や向いていない仕事は、続けるのが苦痛なのですぐにわかる。続けるのが苦痛でも、終身雇用が機能していたころのようにその職が安定しているのだったら合理的かも知れない。だが、いつリストラされるかわからないというような状況で、苦痛な仕事を続けることには合理性はないだろう。
 わたしは『13歳のハローワーク』の中で、仕事・職業を次のように定義した。生きていく上で必要な「生活費」と「充実感」を得るものということだ。成功者の新しい定義と条件のヒントはこのあたりにある。
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 成功という言葉には「成就」というニュアンスが含まれている。大リーグ・マリナーズの長谷川投手があるエッセイに次のような意味のことを書いていた。
 「自分(長谷川投手のこと)とイチローは、そのシーズン中、ある目標を決めてそれが達成できたら『成功』だという風に決めた」 「目標の達成」を成功だと自己評価するというのは確かにわかりやすい。成功というのは目標を達成することだというのは説得力がある。だがそのためには、自分で目標を設定しなければならない。当たり前のことだが、自分で自分の目標を設定できなければ達成もあり得ないからだ。
 しかし「自分で自分の目標」を達成するということを、会社や役所内、あるいはプロジェクトチーム内ではどう考えればいいのだろうか。ある会社の営業部で売り上げの目標が提示されたとする。一社員が、自分の目標というのものを設定できるのだろうか。あるいはサッカーの五輪日本代表の目標が最低でも銅メダルだったとする。各選手は自分の目標というものを設定できるのだろうか。
 それは営業もサッカーでも、まず自分ができること、やらなければならないことは何か、を考えることから始まるだろう。やるべきことが決まると、自分の目標も浮かび上がってくる。営業だったら1日に最低二十カ所の得意先を回ることかも知れないし、サッカーのFWだったら前半十分で枠に行くシュートを一本必ず打つ、みたいなことかも知れない。これからの優良企業は、部や課やプロジェクトの目標に対し、自分なりの目標を設定する能力のある人材を求めるだろう。それはプロジェクトを理解する能力があるということだからだ。
 自分で自分の目標を設定するためには、自分の仕事・職業に対し主体的に向き合っていなければならない。そしてその仕事・職業に主体的に向き合うためには、やはり興味があって、自分が好きなもの、自分に向いたもののほうが有利なのだ。

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 人生の成功者というのは、その人の人生における目標を達成した人、という言い方ができるかも知れない。では人生における目標とは何かというと、それは、とりあえず生活に困らない程度の生活費を稼ぐことができて、かつ充実感のある仕事を持っていることだと思う。わたしは一児の父親だが、子どもにはそういう風に生きてもらいたい。ただしわたしの子どもは精神的に自立していなければやっていけない家庭に育ったので、当たり前のことを言う必要はない、余計なお世話だと言うだろう。
 しかし、生活費と充実感だけでは何か足りない気がする。人間は一人だけで生きていくわけではないからだ。今までの常識だと、温かで幸福な家族・家庭、ということになるのかも知れない。だが、家族に限定するのはリスクがあるし、家族を絶対視するのも無理がある。現代の核家族は近代化・高度成長の産業形態の要請により、農漁村から都市部への労働力移動によって必然的に構成されていったもので、今後家族のあり方が変化することが予想されるからだ。
 どういう風に変化するのかは誰にもわからない。だが、家庭・家族を作らなければ幸福はないというような考え方は希薄になっていくべきだろう。必要なのは、お互いに信頼できて、相談できて、しかもその中で癒される小さな共同体、のようなものではないだろうか。それは結婚という形を取らず共に生きる男女かも知れないし、たとえばNPOなどで共に活動した仲間かも知れないし、昔からの友人同士かも知れない。
 人生の成功者というのは、「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼できる小さな共同体を持っている人」という仮説を立ててみたい。旧来の成功モデルが機能しなくなっている今、あえて成功者の新しい定義と条件を示すことは無意味ではないと思うからだ。
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3. 本の目次

  はじめに 『人生における成功者の定義と条件』……………………………………4

建築家安藤忠雄………………………………………………………15
  仕事がないということは、あらゆる意味で危機的
  自分の生き方は自分で決めたはうが絶対にいい/子どもはその社会が作り出す
  「ほうっておく部分」をどう作るか/やりたいことを優先的にやっていく
  子どもの可能性を潰さないために/子どもは親や社会をよく見ている

  人生における成功者の定義と条件・アンケート [〜20代〕…72

科学者利根川進………………………………………………………81
  「記憶のメカニズム」を追究する/1+1=5にするビジョン
  「一つを選ぶ」ということ/答えが分かっている質問には意味がない
  格好いいことをやりたかった/嫌なことを「嫌だ」と言う
  親が充実した生き方を見せること/人間がハッピーだと感じるとき

  人生における成功者の定義と条件・アンケート〔30代〕…124

社長・CEOカルロス・ゴーン………………………………………131
   なぜ″13歳″なのか/問題を定義できれば50%は解決済み/目標設定の重要性
   変化は脅威ではない/モチベーンョンを持って働ける職業
   格差のある多様性の時代/変化があるときに不安に思うのは当然

   人生における成功者の定義と条件・アンケート〔40代〕…170

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大使・教授猪口邦子…………………………………………………177
   コミュニケーションと「言葉」/「社会的な希望はもうない」
   小型武器の非合法拡散根絶へ/アジェンダ・セッティングの重要性
   核廃絶決議案・賛成百六十四カ国/NGO的マインド
   職業を最大限、効果的に遂行する責任/温かいコミュニティの必要性
   絶望の中の希望

   人生における成功者の定義と条件・アンケート〔50代〕…224

プロ・スポーツ選手中田英寿………………………………………231
   これまでの成功者のイメージを壊したい/サッカー・ユーロ2004をめぐって
   「ああなるにはどうすればいいんだろう」/なぜ活躍できたかを調べたはうがいい
   具体的にイメージを描ける人は強い

   人生における成功者の定義と条件・アンケート…262

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対談者紹介

安藤忠雄(あんどう・ただお)
ANDO TADAO
建築家。 1941年、大阪生まれ。
独学で建築を学び、 69年に安藤忠雄建築研究所を設立。
「住吉の長屋」 (76年)で79年度日本建築学会貰受賞後、アルヴァ・アアルト賞、フランス建築アカデミー・ゴールドメダル賞、プリツカー賞、日本芸術院賞、イギリス王立英国建築家協会ロイヤルゴールドメダル賞、フランス文学芸術勲章、アメリカ建築家協会ゴールドメダル賞など受賞多数。
エール、コロンビア、ハーバード大学などの客員教授を歴任し、97年より東京大学教授。現在は東京大学名誉教授。
2003年文化功労者に。
ニューヨーク近代美術館、パリ・ポンピドウーセンター他各国で個展を開催。
代表作に「兵庫県立こどもの館」 「光の教会」 「大阪府立近つ飛鳥博物館」「ユネスコ本部瞑想空間」 「大山崎山荘美術館」 「淡路夢舞台」「フォートワース現代美術館」 「ピューリッツァー美術館」などがある。
阪神・淡路震災復興支援10年委員会の実行委員長として被災地の復興に尽力する。
また、瀬戸内海の破壊された自然を回復させるため中坊公平氏と共に「瀬戸内オリーブ基金」を2000年に設立。

利根川 進(とねかわ・すすむ)
TONEGAWA SUSUMU
マサチューセッツ工科大学教授(学習と記憶研究センター所長)。
1939年、愛知県生まれ。
63年京都大学理学部化学科卒業。
京都大学ウイルス研究所を経て、カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学し68年博士課程修了、 Ph.D. (理学博士)を取得。
同年ソーク研究所のダルベッコ博士のもとでがんウイルスを研究する。
71年よりスイスのバーゼル免疫研究所の主任研究員となり、抗体遺伝子の解読に取り組む。
免疫グロプリン生産遺伝子内のD N Aの働きを発見し、哺乳動物の免疫現象をD N Aレベルで解析するなど、大きな業績を上げる。
81年マサチューセッツ工科大学生物学部およびがん研究所教授。
84年文化勲章受章。
87年「抗体の多様性の生成の遺伝学的原理の解明」で日本で初めてノーベル医学生理学賞を単独受賞する。
94年より現職。マウス実験で人間の学習能力に不可欠な脳内のタンパク質をつくりだす遺伝子を突き止め、脳の機能解明の手掛がりともなる研究論文を発表したほか、民間企業の後天性免疫不全症候群(AIDS)の医薬品研究への協力など幅広い分野で活躍。
米国学士院会員。京都大学名誉教授でもある。

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カルロス・ゴーン
CARLOS GHOSN

日産自動車(株)社長兼CEO(最高経営責任者)。
1954年、ブラジル生まれ。
フランスとブラジルの二重国籍。
74年、フランス国立理工科学校入学。
78年、国立高等鉱業学校卒業(工学修士)。
同年フランス・タイヤ会社ミシュラン入社。
85年、ブラジル・ミシュラン社長。
89年、北米ミシュラン社長。 90年同会長。
96年、フランス・ルノー入社、同年12月から上級副社長。
99年6月、日産自動車COO(最高執行責任者)に就任。
日産の経営再建3カ年計画「日産リバイバルプラン」を掲げ、商品力を強化して市場でのプレゼンスを高め、初年度黒字化、売上高営業利益率4.5%の達成、自動車事業関連有利子負債7000億円以下を目指した。
これを1年前倒しで達成、業績のV字回復を果たし、過去最高の黒字へと導く。
2000年6月、同社長。
01年6月よりCEO兼務、現職に至る。
現在フランス・ルノー社、アメリカ・アルコア社、アメリカ・IBM、ソニーの取締役を兼務。
2005年春よりフランス・ルノー社長兼CEOを兼務予定。

猪口邦子(いのぐち・くにこ)
lNOGUCHI KUNIKO
上智大学法学部教授(国際政治学)/前・軍縮会議日本政府代表部特命全権大使。
1975年上智大学外国語学部卒業、 81年から上智大学法学部助教授。
82年エール大学政治学博士号(Ph.D.)取得。
ハーバード大学国際間題研究所客員研究員などを経て90年上智大学法学部教授。
2002年から04年まで、軍縮会議日本政府代表部特命全権大使を務め、03年には軍縮会議(ジュネーブ)議長、国連第一回小型武器中間会合議長として国連の舞台で活躍。
同年、エイボン女性大賞を受賞。
その他現在の主な公職として国連軍縮委員会(ニューヨーク国連本部)委員、民主化・選挙支援研究所(ストックホルム)理事、日本国際政治学会理事など。
主な著書に『ポスト覇権システムと日本の選択』(筑摩書房1987年)、『戦争と平和』(東大出版会1989年、吉野作造賞)、『政治学のすすめ』(筑摩書房1996年)がある。

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中田英寿(なかた・ひでとし)
NAKATA HIDETOSHl
1977年山梨県生まれ。
95年韮崎高校卒業後、 Jリーグ「ベルマーレ平塚」に入団。
95〜98年で85試合16得点。 96年アトランタ・オリンピック日本代表に最年少で選出され、 97年5月対韓国戦で代表デビュー。
98年フランス・ワールドカップでは日本代表チームの中心選手の地位を確立し、そのプレイは海外からも高い評価を受けて、同年イタリア・セリ工AのA.C.ペルージャヘ移籍。
99〜00年シーズン途中で名門A.S.ローマヘ移籍、01年からはパルマA.C.でプレイする。
02年日韓ワールドカップでは、日本代表のキャプテンとして日本のベスト16進出の原動力となる。
03〜04年シーズン途中からはポローニヤF.C.に移籍、チームの中心となリセリエB降格の危機を救う。
そして04年シーズンからは名門ACFフィオレンティーナでプレイする。
06年ドイツ・ワールドカップでも、不動のエースとして日本サッカー界の大きな期待を背負う。

5. おわりに
●本書の利根川進、カルロス・ゴーン、猪口邦子の各氏との対談は、2004年1月1日NHK総合で放送の「NHKスペシャル 日本再生 ひとりからの出発 〜村上龍とリーダ-たちの対話〜」で一部放送された対談を、全体を再構成して収載したものです。
●NHKスペシャル
日本再生 ひとりからの出発〜村上龍とリーダーたちの対話〜
(2004年1月1日 NHK総合)
〔制作〕
NHKスペシャル「日本再生」プロジェクト
根本佳則●スペシャル番組センター チーフ・プロデューサー
加藤謙介●報道局制作センター ディレクター
渡辺利明●番組制作局教育番組センター ディレクター
●本書収載のアンケー卜は、村上龍主宰のメールマガジンJMM (ジャパン・メール・メディア)誌上で、募集したものです。
JMM
Japan Mail Media
http://ryumurakami.jmm.co.jp

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人生における成功者の定義と条件
2004(平成16)年8月25日 第1刷発行
2004(平成16)年9月15日 第2刷発行
著 者 村上龍
C 2004 Ryu Murakami
発行者 松尾 武
発行所 日本放送出版協会

6. 読後感
 本の題を見て少しひっかかる所もありましたが、対談なので読みやすく、一気に読みました。
 確かに「13歳のハローワーク」の目標とするのはどういう人物かということが判るような気がします。
 私としては猪口邦子さんとの対談が一番勉強になりました。こういう分野でわが国も国際貢献できるのだとよく判りました。
 利根川進さんは立花隆さんの本で読んだ内容と、ほぼ同じでしたが、改めて感心しました。
 カルロス・ゴーンさんも、安藤忠雄さんも内容としては素晴らしいモノでした。
 みんなに共通していることは、子供の頃の親や祖父から聞いた生き様が、自分の人生に役立っているということでした。

7. ベストセラーの裏側 成功者像の多様性示す
 昨年刊行され、ミリオンセラーとなった『十三歳のハローワーク』(幻冬舎)で作家の村上龍氏は、「いかに職業を選ぶべきか」を問いかけた。今年の『人生における成功者の定義と条件』(NHK出版)では、「成功者とは何か」をテーマに各界の「成功者」たちと対談している。
 八月下旬の刊行から1週間で増刷が決まった。既に発行部数は3万2千部と、この種の対談集としては高い売れ行きを示している。
 対談相手は五人。建築家の安藤忠雄氏、マサチューセッツ工科大学教授の利根川進氏、日産自動車社長兼CEO(最高経営責任者)のカルロス・ゴーン氏、上智大学教授で前軍縮会議日本政府代表部特命大使の猪口邦子氏、サッカー選手の中田英寿氏だ。
 「建築設計を仕事に選び、今まで四十年間続けてきたのは、(中学二年の時に自宅の増築を身近に見た時の)〈感動〉が私の原点にあったから」(安藤氏)、「ある目標があって、そこへ向かって一生懸命努力しているときに、人間はハッピーに感じる」 (利根川氏)など、それぞれの経験や考え方が語られる。
 担当編集者の松島倫明氏は「今は″良い大学″に入り″良い会社″に勤めたからといって、必ずしも成功が約束されない時代。好きな仕事を選んで充実した人生を送っている五人の生き方が、読者の参考になっている面はあるようだ」と話す。
 村上氏は中田氏との対談で「これまでの成功者のイメージを壊したいという気持ちがある」と本書の狙いを語っている。自らが主宰するメールマガジンで募集した「成功者の定義と条件とは」というアンケート質問に対する多くの回答を載せたのも、成功者像が多様になっていることを示す狙いがある。
村上 龍氏
 人生の成功者というのは、「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼できる小さな共同体を持っている人」という仮説を立ててみたい。旧来の成功モデルが機能しなくなっている今、あえて成功者の新しい定義と条件を示すことは無意味ではないと思うからだ。
(出典 日経新聞 2004.10.21 夕刊)

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[Last updated 10/31/2004]