本の紹介 明治維新と西洋文明
−岩倉使節団は何を見たか−

  目 次

1. はじめに
2. 本の目次
3. あとがき
4. 著者紹介
5. 読後感


田 中 彰著
岩波新書

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1. はじめに
 明治維新は、19世紀後半、東アジアの日本が、近代国家へと変貌した一大変革=「革命」だった。
 それは、幕末期の「黒船」来航前後から徳川幕府が倒壊していく過程と、明治以降の近代国家建設への道という二つのプロセスに分けられる。
 これを別の表現でいえば、「外なる」開国が、「内なる」開国へと転じていく過程といえる。この「内なる」開国、つまり欧米の近代文明・文化を、いかに日本が主体的に受けとめ、また、受け容れようとしたか、あるいはしなかったのかを念頭におきつつ、明治4年(1871)に国家使命を帯びて横浜港を発ち、二年近くかけてアメリカ、ヨーロッパを視察した一大使節団、つまり岩倉使節団とその公的な報告書『特命全権大使米欧回覧実記(とくめいぜんけんたいし べいおうかいらんじっき)』を通して主題にアプローチしていこうというのが本書の課題である。
 もとより、「明治維新と西洋文明」という本書の大きな課題に迫るには、明治啓蒙主義時代ないしそれをとりまく歴史の全面的な分析を必要とするし、そこには多様な接近の方法がある。しかし、本書では、これまでの私の岩倉使節団ないし『米欧回覧実記』の研究を踏まえつつ、追っていくことにしたい。
 私が『回覧実記』の原本五冊を鞄のなかにおしこんで、米国ハーバード大学東アジア研究センターに赴き、以後一年有余の滞在期間中に、米欧各国での岩倉使節団のコースをなるべく追跡調査しようと試みたのは、1974-75年のことである。帰国後の『回覧実記』の岩波文庫版化の校訂・校注、そして解説には、これは大いに役立った。また、1980-81年のインドネシア大学への赴任も、『回覧実記』の東南アジアの記述の検討に有効であった。
 『米欧回覧実記』の文庫版化以後、米欧各地にこれを持参することは容易になった。そして、各国別の研究もしだいに進められ深まり、かつ広がっていった。
 1997年、NHKテレビ1月1日〜3日(3回)放映の「日本の座標軸−「岩倉使節団」にみる現代の選択」で、キャスター山室英男氏は、この『米欧回覧実記』こそは1945年の日本の敗戦直後、この国の再出発に当たって読まれるべきであった、と強調した。
 また、石堂清倫氏は、2001年刊のその著『20世紀の意味』(平凡社)のなかで、『米欧回覧実記』にみられる選択肢から発する歴史的伏流としての小国への道を系譜づけ、戦後の日本国憲法と結びつけて論じた拙著『小国主義』(岩波新書)を評して、「1999年ではなくて、1930年に出てほしかった」と述べているが、それは拙著というよりも、『米欧回覧実記』にみられる日本の近代国家の選択肢、つまり大国と小国への発想をめぐつて、それを歴史的にどう位置づけるか、その小国の選択肢の問題に氏が着目した評価とみなければならない。
 こうした意味でも、岩倉使節団とその報告書『米欧回覧実記』の検討は、重要といえよう。
 それは一見迂遠にみえる。しかし、現下の国際関係を含めた複雑な状況のなかで、日本が21世紀に立ち向かっていくに当たり、『米欧回覧実記』からは多くの示唆を与えられるはずである。
 日本は、みずからも主体的に加わった戦争の世紀としての20世紀を厳しく自省し、踏み超えて進まなければならない。そのためにはいかなる理念と政治哲学をもって、世界に向かってこれを主張するかが、いま問われているのだ。
 本書のささやかな考察が、多少なりとも現在に投げかけるものがあるとすれば、望外の幸せである。

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2. 本の目次

 はじめに

  凡 例
  岩倉使節団経路図

一 明治維新と『米欧回覧実記』………………………………… 1
 1 岩倉使節団の派遣−西洋文明との接点  2
 2 『米欧回覧実記』の西洋理解の方法  8
 3 岩倉使節団『回覧実記』研究の現段階  13

二 西洋文明との出合い………………………………………… 19
 1 淑女と娼婦−西洋社会と儒教世界  20
 2 ホテル・ビル・水道−都市の基盤整備  28
 3 道路・鉄道・運河−交通機関と空間の広がり 38

三 政治と教育…………………………………………………… 47
 1 議会と政治−国家と人民 48
 2 ティエールとビスマルク−ヨーロッパの国際政治 60
 3 学校と授業−教育の実態  74

四 資本主義のシステム………………………………………… 85
 1 工場と労働者−産業の構造  86
 2 商業と貿易−資本主義のしくみ  96
 3 通信と新聞−ジャーナリズムの役割 103

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五 社会への視点………………………………………………… 111
 1 白人・黒人・インディアン・黄色人種−人種観の諸相 112
 2 水と森林保護−自然と規制 119
 3 病院と施設−環境認識と弱者の保護 129

六 科学と文化…………………………………………………… 137
 1 動物園・博物館・博覧会−知の体系化 138
 2 公園とアーカイヴズ−公共の空間 146
 3 聖書と国家−宗教の役割 157

七 『米欧回覧実記』と『文明論之概略』………………………… 165
    − 蒲安臣使節団ならびに中江兆民とも関連して
 1 蒲安臣使節団と岩倉使節団 166
 2 『米欧回覧実記』と『文明論之概略』−久米邦武と福沢諭吉 171
 3 「進歩」と「知」の創造 188

あとがき…………………………………………………………… 199

 主要参考文献

 付表1 岩倉使節団米欧回覧年表
    2 出発時の岩倉使節団

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3. あとがき

あとがき
 私の岩倉使節団(『米欧回覧実記』)に関する最初の著作は、『岩倉使節団−明治維新のなかの米欧』(講談社現代新書、講談社、1977年)だった。これはその前年に刊行された大久保利謙編『岩倉使節の研究』(宗高書房、1976年)につぐ刊行だが、岩倉使節団という称呼を用いた初めての手ごろな単行本であった。そのせいもあってか、以来長い生命力をもったのである。この書は岩波書店から「同時代ライブラリー」の一冊として、「岩倉使節団『米欧回覧実記』」(1994年)と改題して刊行された。ついで装を新たにした岩波現代文庫(書名同じ。2002年)となり、現在にいたっている。
 さきの本の執筆と同時に、岩倉使節団の報告書『米欧回覧実記』が、岩波文庫の5冊として名を連ねるようになったことは、「はじめに」でふれた。
 この『回覧実記』岩波文庫版は、当時の日本の国際化の潮流とあいまって注目された。『実記』の各国に関する、また、あらゆる分野にわたる一種のエンサイクロペディアかのような構成と、その格調高い叙述が、さまざまな関心をよび、一般にも普及する契機となり、いまに及んでいる。
 以後、私は岩倉使節団ないし『回覧実記』をめぐつて、折にふれて分析を進め、論稿を積み重ねてきた。それらをもとに一応まとめたものが、『岩倉使節団の歴史的研究』(岩波書店、2002年)であった。岩波文庫版の刊行以来、つねに激励し、おし進めて下さった岩波編集部の星野紘一郎氏に心からの謝意を表したい。
 さて、右の研究書のまとめがおわったら、新書にとりかかるという約束だったが、なかなか実行できなかった。ときに担当は星野氏から川上隆志氏へとかわり、川上氏は私の「米欧回覧実記抄」と遺する『北海道新聞』コラムの連載を読んで、具体的なプランをたてて下さった。そのプランをあたためつつも、その後随分と年月を重ねていった。そして、現在の担当、早坂ノゾミさんへとバトン・タッチされ、漸くにして本書の刊行となったのである。
 これまでの私の使節団ないし『回覧実記』の研究は、どちらかといえば政治史あるいは政治思想史に視点をおいたものであったから、本書のテーマへの接近は容易ではなかった。
 第一章でふれたように、『回覧実記』は、戦前から戦中・戦後までも、長いあいだ人々からは忘れ去られていた。しかし、私は『実記』は、日本近代国家への選択肢の原点ともいうべきものを内包し、検討に十分価する貴重・不可欠の書である、とみたのだ。
 その選択肢のひとつの大国への道(大国主義。アジアにおける「プロシアの道」)を、明治以降の政府は選んだ。これに対する小国への道(小国主義)に目を向けてみると、『実記』全百巻の構成の比重でいえば、プロシア(ドイツ)の部(十巻)に匹敵する比重をもっている。そして、そこでの『実記』の叙述には、一段と熱がこもった筆致がうかがえるように思えたのである。
 だが、この小国への選択肢は、『実記』を起点として自由民権運動(植木枝盛・中江兆民ら)の「小国主義」、さらに大正デモクラシー期の「小日本主義」(三浦銕[てつ]太郎・石橋湛山[たんざん]ら)へと連なる。この小国主義の歴史的伏流は、1945年の敗戦直後、民間の憲法研究会の憲法草案(憲法草案要綱)として地表に噴出し、結果的にそれは日本国憲法へと結実した。こうした歴史的事実を踏まえて、その歴史的伏流を拙著『小国主義』(岩波新書)はまとめたのである。
 この小国主義の選択肢を内包した『実記』を踏まえつつ、より広い観点から挑戦したのが、本書である。
 いま辛うじて執筆をおえたが、ふれるべくしてふれえなかったものが多く残されている。
 ふり返ってみると、ほぼ30年前、渡米の機会を与えられた。ハーバード大学名誉教授アルパート・M・クレイグご夫妻に、あらためてここで深甚なる謝意を表したい。また、岩倉使節団ないし『回覧実記』に関する最初の著書(講談社現代新書)に尽力して下さった当時の編集部天野敬子・鷲尾賢也両氏、さらに、本書の銅板画図版でお世話になった東京・久米美術館に、この場を借りて心から御礼を申しあげたい。
 なお、福沢諭吉センターの西沢直子さん、宗教問題に関しての山崎渾子聖心女子大学教授、本書掲出表の基礎データを提供していただいた長谷川栄子さんにも謝意を表する。
 『回覧実記』にとりくみはじめて、30年近くになる。あまりにも遅々たる歩みであり、成果もささやかではあるものの、本書が、批判を含めて多少なりとも読者の心にふれることを願つてやまない。
 最後に、本書刊行に関わって、御面倒をおかけした数々の関係者の方々への謝意をこめて、「あとがき」を閉じることにしたい。
2003年8月15日     田中 彰

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4. 著者紹介
田中 彰(たなか あきら)
1928年 山口県に生まれる
1953年 東京教育大学文学部卒業
専攻− 日本近代史
現在− 北海道大学名誉教授
著書−『岩倉使節団の歴史的研究』
     『小国主義−日本の近代を読みなおす』
     『岩倉使節団『米欧回覧実記』』
     『明治維新』(以上岩波書店)ほか
校注−『特命全権大使米欧回覧実記』(岩波文庫5冊)
     『日本近代思想大系1 開国』(岩波書店)ほか

5. 読後感
1. 明治維新後、岩倉具視、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文らその後の政治の中心となる人達が、先進国の諸制度を身を以て学び、わが国に適した政治、社会などの諸制度を導入したことは興味深いことです。
2. 中国の例と比較すると、わが国はトップ自らが海外に出掛け、しかも江戸時代に民度が上がって、外国の諸制度を受け入れる基礎ができていたことが幸いしたものと思われます。
3. 石橋湛山氏などの主張した「小国主義」が退けられ、その結果敗戦という外圧により受け入れざるを得なかったことは興味深いことです。
4. このような経緯を、この時点で学べたことは、これからの政治・文化など、わが国の諸相を考える時の基礎として、役立つものと思われます。
5. 著者の田中 彰さんは米欧回覧実記を再発掘し、岩波文庫化に当たって校訂・校注・解説された方で、その成果を新書という形にまとめられたことは意義のあることだと思います。
(2004.3 鈴木靖三)

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[Last updated 3/31/2004]