7 ミステリオーソ
セロニアス・モンク



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  目 次

1 タイトル、曲名、演奏者
 CDのタイトルと収録された曲をご紹介します。
2 CDの紹介
 ライナーノートに載っている、セロニアス・モンクを始とする演奏者と、曲についての紹介です。
3 CDの聴き方
 「ジャズ完全入門 !」に載っている内容で、このCDの聴き方が判ります。

1 タイトルと曲名
MlSTERIOSO
THELONIOUS MONK QUARTET
ミステリオーソ/セロニアス・モンク
1.ナッティ
 NUTTY・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5:21
2.ブルース・ファイヴ・スポット
 BLUES FIVE SPOT‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8:10
3.レッツ・クール・ワン
 LET'S COOL ONE・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9:10
4.イン・ウォークト・バド
 IN WALKED BUD・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11:15
5.ジャスト・ア・ジゴロ
 JUST A GIGOLO (Brammer-Coesar-Casuscci)・・・・2:07
6.ミステリオーソ
 MISTERIOSO・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10:44
7.ラウンド・ミッドナイト*
 ROUND MIDNIGHT (Monk-WilliamsI-Hanighen)*・・・・・6:15
8.エヴィデンス*
  EVIDENCE* ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10:12
表示がなければセロニアス・モンクの編曲である。

*  CDボーナス・トラック
*  Addltional tracks not on original LP
■セロニアス・モンク(p)
■ジ∃二ー・グリフィン(ts) 1〜4、6〜8
■アーメッド・アブダル・マリク(b) 1〜4、6〜8
■口イ・へインズ(ds) 1〜4、6〜8
1〜6、8 1958年8月7日
7     1958年7月9日
NYCフアイヴ・スポットにてライヴ録音

Riverside

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2 CDの紹介
第II期マスターズ・オブ・ジャズ〜ザ・ヒストリー・シリーズ
 実に偉大なミュージシャンというのは、同じ楽器を操る同業者だけでなく、あらゆるミュージシャンに広範な影響を及ぼす−こんなセリフがあったかどうか知らないが、モンクのことを考えていたら、ふとこんなフレーズが浮かんできてしまった。もちろんモンクは同業のピアニストにも影響を与えはしたが、それ以外の楽器奏者に与えた影響に比べればピアニストヘの影響云々は、実にささやかなものに過ぎない。モンクは同時代または後世のミュージシャンに多大な影響を及ぼした。しかもその対象はジャズの世界だけにとどまらず、きわめて広い分野に行きわたっている。モンクの死後、ハル・ウイルナーの肝煎りで作られた特別企画盤に『セロニアス・モンクに棒ぐ』(A&M)という傑作があるが、そこにはスティーヴ・レイシー、チャーリー・ラウズ、ランディ・ウエストン、ギル・エヴァンス、カーラ・プレイ、ジョニー・グリフィンといった当然予想されるジャズメンだけでなく、ドクター・ジョン、トッド・ラングレン、ジョー・ジャクソン、ピーター・フランプトン、ドナルド・フェイゲンといったロック畑のミュージシャンも名を連ねており、その多彩な顔ぶれに今さらながらモンクの大きさを実感させられる。同時代のジャズ・ジャイアンツであるマイルスにしても、40年代にはチャーリー・パーカーに連れられてしばしばモンクを聴きに行ったということだし、コルトレーンがモンクから啓示を与えられた話もジャズ・ファンなら先刻承知のことと思う。また新伝承派のエース、ウイントン・マルサリスがモンクの曲をアルバム・タイトルにした『シンク・オブ・ワン』という作品を出しているといった具合で、その影響力はとどまるところを知らない。
 というわけでモンクの影響力が絶大な事実であることは分かってもらえたと思うが、この場合の影響力というのは、たとえばコルトレーンの影響力という場合とはいささか内容が異なっている。コルトレーンはその後に登場した同業のテナー・サックス奏者に決定的な影響を及ぼし、ジャズ・テナーの世界をコルトレーン色一色に塗り変えてしまった。それに対してモンクはどうかというと、ランディ・ウエストンなどのピアニストへの直接の影響もあるにはあるが、コルトレーンに比べればほとんど模倣者はいないも同然である。後世のピアニストヘの影響力という点では、バド・パウエルやビル・工ヴァンスのほうが断然影響力を行使しているのである。これはいったい、どういうことか。それを説明するには有名なマイルスとモンクのケンカ・セッション、54年12月24日のクリスマス・セッションを引き合いに出すのが手っとりばやい。プレステイッジ盤『バグス・グルーヴ』に収録されているタイトル曲の録音中に、マイルスとモンクは音楽的に仲違いした。これは有名なエピソードなのでこれ以上は言及しないが、ともかくマイルスは、この時モンクのピアノが気に入らなかったので、途中でモンクのピアノを制止してしまった。そんなにモンクのピアノが嫌いならはじめから共演なんかしなければいいのにという気もするが、前述したようにマイルスはミュージシャンとしてのモンクには最大級の敬意をはらっていたのである。つまりモンクは誰とでも共演できるヴァーサタイルなピアニストではなかったものの、それゆえにその強烈な個性が同時代及び後世のミュージシャンに深いインパクトを与え続けているのである。モンクス・ミュージックというコトバは、まさにそのあたりの本質を突いたネーミングである.ピアニストとしての影響力という点ではパウエルやエヴアンスに遠く及ばないモンクがこの二人以上の広範な影響力を持っているという事実は、モンクス・ミュージックの偉大さ、普遍性を如実に物語るものにほかならない。

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 さて本作だが、これは58年8月にニューヨークのジャズ・クラブ、ファイヴ・スポットでライヴ録音されたものである。 同じ時の演奏を収めた『セロニアス・イン・アクション』とともにモンク・ファンにはおなじみの作品だ。40年代前半にミントンズ・プレイハウスに出人りしていたモンクはブルーノート、プレスティッジを経て55年からリバーサイドに録音を始めた。62年にCBSに移籍するまでのリバーサイド時代はモンクス・ミュージックが完全に開花した絶頂期である。不遇な状況に置かれていたモンクにようやくスポットライトがあたったのも、このリパーサイド時代である。特に本作の前年、57年のファイヴ・スポット出演がその引き金となった。57年夏にモンクがファイヴ・スポットに出演した時のクアルテットにはジョン・コルトレーンが含まれていた。この時の歴史的セッションによって、モンクはその実力にふさわしい名声を得るようになったのである。しかし残念なことに、コルトレーンを含むモンク・クアルテットのファイヴ・スポット・ライヴは録音されなかった。 リパーサイドはライヴ録音を企画したが、当時コルトレーンはプレスティッジと契約していたため実現しなかったのである。その時プレスティッジ側の出した条件は、ファイヴ・スポットでのライヴ録音を認めるかわりにコルトレーンのプレスティッジ録音にモンクを使わせてほしいというものだったが、モンク本人が首をたてに振らなかったそうだ。その時モンクの頭を去来したのはマイルスとのケンカ・セッションだったのだろうか。ともかく、モンクという人はサイドメン向きではなかったため、この条件を飲めなかったようだ。モンクらしさを物語るエピソードである。
 本作はその歴史的な57年のファイヴ・スポット・セッション翌年に同じ場所で録音されたライヴ盤である。メンバーは一新され、ジョニー・グリフィン、アーメッド・アブダル・マリク、ロイ・ヘインズが参加している。前年のライヴ録音が残されていないだけに本作を手がかりとして57年のファイヴ・スポット・セッションを想像してみるのも一興だ。また、そういう聴き方ではなく白紙状態で接しても本作はきわめてスリリングでありエキサイティングな内容である。なぜならこの当時のモンクは絶好調だったからであり、ジョニー・グリフィンがモンクの世界に同化しで快演を繰り広げているからである。
  6曲中「ジャスト・ア・ジゴロ」だけが他人の曲で、この曲だけはソロ・ピアノで演じている。 「ブルース・フアイヴ・スポット」は、このクラブにちなんで作曲したナンバー。同じメンバーによる前月(58年7月)ファイヴ・スポット・ライヴ盤にも収録されている当時の最新のレパートリーだ。そのほかの4曲はモンクの以前からのレパートリーだが、たとえ同じ曲でも、そのつどモンクは新しい演奏に作り替えてしまう。この4曲はブルーノートやプレスティッジで録音ずみだが、それらとはまるで違う58年ならではの熱くエモーショナルな、そして何度プレイしても常に新鮮さを失わない瞬間の閃きに彩られている。「モンクはエリントン以来もっとも重要なジャズのコンポーザーだ」と言ったのはマーティン・ウイリアムズだが、ここに聴けるモンクのオリジナルもきわめて個性的で、一聴してモンク作品とハツキリ分かる特徴を持っている。とりわけタイトル曲の「ミステリオーソ」は面白い曲だ。まるで子供が練習曲をおさらいしているかのような他愛のないメロディーながら、その中にモンクのエッセンスが凝縮されていて、不思議な心持ちにさせられる。こんなテーマから緊張感みなぎる完全燃焼のジャズを引き出していくモンクという人は、やはりワン・アンド・オンリーの存在に違いない。なおジャケットの絵は"The Seer"( 予言者、先見者)と題するキリコの絵で、モンクの音楽に実によくフィットしている。       [Dec. 20 1987/市川正二]    ●本解説はCD初発売時のものを使用しております。

■ボーナス・トラックについて
 このアルバムの初発売時に含まれた作品は、モンクのもう一つのファイヴ・スポットにおけるライヴLP『セロニアス・イン・アクション』に収められた全曲は、わずか一晩−1958年8月7日の夜に録音されたものである。だがリパーサイドには、以前に同じクラブで収録されたテープがあった。同年7月9日の録音がそれである。モンクと私はその演奏には十分な満足感が待られず、放置してしまったのだが、それからずいぶん後のこと、私はそう決めつけたのは片寄った不的確な見識だったという結論に達した。その中の何曲かは十分聴くに値するものだったのだ。若干の曲はすでに『セロニアス・イン・アクション』のCDヴァージョンにボーナス・トラックとして収録され、他の2曲は今回ここに収められている〔「ラウンド・ミッドナイト」はアルバム『Blues Five Spot』(Milestone M-9124)に収録されたことがあり(*編註)、この曲と「エヴィデンス」は、共にロニアス・モンク/コンプリート・リパーサイド・レコーディングズ』の中に人っている〕。 −オリン・キープ・ニュース        [訳 坂口紀三和]
*編註 : 日本では既発売LP「ブルース・ファイヴ・スポット/セロニアス・モンク』 (VIJ-4049)に収録。
              (出典 ライナー・ノート)

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3 CDの聴き方
 ピアニストのリーダー・アルバムでも、トランペットやサックスが加わっている演奏は、どうしてもホーン楽器奏者のサウンド、個性のほうが強く聴こえてしまうのは致し方ないことだ。だから一般論として、初心者がピアニストのアルバムを聴くときは、ピアノ・トリオ編成のほうが、お目当てのミュージシャンの持ち味がわかりやすくていい。だが、そうした気遣いが無用なピアニストがいる。セロニアス・モンクがその代表で、彼の場合、ホーンがいようがオーケストラがいようが、ほんのちょっとモンクのピアノの音が出てくるだけで、もうその場はモンクの世界となってしまうのだ。
 このアルバムは、モンクがテナー・サックスのジョニー・グリフィンをサイドマンに従えた、クラブ「ファイヴ・スポット」でのライブ演奏である。モンクの音楽が強烈な個性を発揮している理由はいくつかあるが、まずその作曲に注目してみたい。彼の書いた曲想はどれも、それまでのポピュラー・ミュージックの類型にはないものだ。旋律が異様にねじ曲がり折れ曲がり、たどたどしく跳びはねる。だから慣れないうちはどうにも落ち着きが悪いのだが、くさやの干物ではないけれど、一度その味に慣れてしまうと病みつきになつてしまう。もっとも納豆と同じで、くさやもイヤな人は絶対にダメだから無理強いはしないが、そういう人は世の中の旨いものを一つ逃していると思う。
 それはさておき、モンクの個性はもちろん彼の曲だけにあるのではない。モンク自身の弾くピアノの音がまた妙なのだ。リズム、音の運び、すべてが他のジャズマンとは違っている。だから人によっては、「モンクス・ミュージック」という特別のジャンルさえ考えつくありさまだが、そういう言い分もわからないではないと思えるほど、彼の音楽はユニークだ。もちろん、ただ変わっているだけならどうしようもないのだけれど、くさやのたとえがここでも蒸し返され、ヘンだオカシイと思いつつ、ついアルバムに手が出てしまうのだから困ってしまう。
 そうなったらもう勝負はついたも同然で、あなたは完全なモンク中毒になっており、いつしかモンクの異様なメロディを無意識で口ずさんでいたり、階段を上るとき知らぬ間にモンクのリズムで靴音を立てているのだ。
 なぜそうなってしまうのだろう。理由はいろいろ考えられるが、とりあえず言えるのは、彼が気紛れでああしたメロディやリズムを思いついたのではなさそうだということだ。思いつきや出まかせの音楽は一時のおもしろさはあっても、くり返し聴くうちに飽きてしまったり、わざと奇をてらったあざとさが鼻につくものだ。ところが、モンクの音楽はその異様さはいつまでもそのままなのだが、知らぬ間に彼の世界に引き込まれてしまうマジックがある。
 彼は考え抜いた末にあの奇妙な音楽を感じ取ったのだろう。しかしその感覚はモンクだけの特別仕立てのものなのだ。だから何度聴いても楽屋裏を見透かされることがない。この作品はすべて彼自身の曲を演奏しているので、十分にその不思議な気分が堪能できる。
 冒頭の「ナッティ」では、子供の弾くピアノのようなたどたどしいメロディが出てくるが、次第にそれが力強く聴こえてくるようにならないか。しかしそれは強引な力まかせでなく、むしろ控えめにテナー・サックスの背後でバックをつけているだけなのだが、ラーメンの胡椒あるいは寿司のわさびのように演奏の味わいを引き立て、もうそれのない音楽は聴けなくなってしまう。そしていよいよモンクのソロが出てくるが、何やら酔っぱらいが千鳥足で町中を徘徊するような風情なのだが、どこまでもその足取りは軽やかだ。
   (出典 ジャズ完全入門 !)

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[Last Updated 2/28/2002]