本の紹介 雪はよごれていた

昭和史の謎 二・二六事件最後の秘録


澤地久枝 著


日本放送出版協会

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  目 次

1. あ と が き
2. 本の目次

1.
あ と が き

 歴史はむずかしい。歴史はよくわからない。めんどくさい - きらいだ。
 そういう人にも読んでいただきたいという願いをこめて、この一冊を書きました。テーマは「昭和」という時代に、実際におきた事件の「消された部分」です。
 二・二六事件について、たくさんの著書があるなかで、この本の特徴は、特設軍法会議(一審即決、非公開、弁護人なし)の主席検察官匂坂春平の未発表資料にもとづいていることです。誰も知らなかったこと、想像もできなかったことが、闇にぬりこめられて存在したこと。答のなかった二・二六事件の謎にはじめて光があたり、思いがけないところへみちびいてゆかれる、そういう資料でした。敗戦までの「昭和史」を考える上で、この資料は第一級のものであると思います。
 匂坂資料に素直にしたがい、言葉の意味をじっくり考えながら、どこに謎があり、どのようにそれがとけるか、最重要の問題にしぼって書くことにしました。たくさん書くべきこと、書きたいことはありましたが、なるべく限定しました。すでに世間に知られていることは、あえてはぶきましたし、簡略にしました。
 高校生を対象に書く予定でしたが、精一杯努力した結果がお手許へ届くこの本です。どうやさしく表現してみたところで、半世紀も前の、軍人たちの世界のことです。漢文調の文体と漢字の表現はなかなか変えられません。
 思いきって、資料からの引用を新漢字、新かなづかい、そして原文は片かなであるものも平がなにしました。いずれ資料篇が出れば、専門的な方たちの御不満は解決されると考えたからです。絶壁から目をつぶってとびおりるほどの蛮勇をやったつもりでいますが、それでもまだ読みにくいなどとおっしゃらずに、読んでください。
 この仕事の特色は、データのシステム化を土台にしたことです。匂坂資料のうち、二・二六事件に直接関係のあるものだけを、コンピュータを使って把握しました。たとえば、「人名表」という項目には二百三のデータがあります。叛乱被告人(「犯罪事実」をふくむ)から、事件当時の歩兵第一連隊、歩兵第三連隊の職員表などをふくみます。
 資料をくりかえし読み、ひとつずつを「定義書」によって種分けしました。「定義書」の定義は、わたしがつくった物さしです。資料ひとつずつを転記シートに記入し、どの分類に入るかをきめ、それを専門家にシステム化してもらって入力しました。その結果、どんな資料があるか、探し出すことが簡単になりましたし、見落しの心配もなくなりました。
 本文にも書きましたが、多くが手書きされ、読みとりの困難な歴史資料を、時代の先端扱術ヘつないで、立ちあがらせる工夫をしたわけです。これが、「匂坂資料地図」を歩くわたしの磁石(コンパス)で 資料は六百三十点。一資料が複数の分類コードにわけられるものがあるために、コンピュータが分類した資料数は一千八十六あります。匂坂資料以外にもあり、公刊され、あるいは国立国会図書館に所蔵されている資料(既発表)は、このうちわずか六十八点でした。一割以下です。
 

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書きおわって資料の整理をしてみて気がついたことがあります。ベスト・ファイブをみてください。分類したなかで、資料数の多いものの一位から五位までです。
 一、「調書」      百四 (既発表十九)
 二、「香椎浩平」   六十一(二)
 三、「予審請求」   五十九(二)
 四、「陸軍大臣告示」 五十三(二)
 五、「真崎甚三郎」  四十八(九)
匂坂資料の生命は、匂坂検察官が克明に書きとった調書でした。その焦点が、「香椎浩平」「陸軍大臣告示」「真崎甚三郎」であったこと、コンピュータによるデータと、きわめて素朴な、人間的なわたしの仕事とが、おなじ地点へ行きついたのです。「予審請求」は、請求された人の名前だけでなく「犯罪事実」をふくみます。ここから「公訴提起」 へゆく仕事を、匂坂検察官が中心になってやったのです。
 軍人たちがどんなドラマを演じ、雪の間へ消し去ったか。雪に象徴される二・二六事件の暗闇を読みとっていただければと願っています。
 この仕事は匂坂哲郎氏をはじめ、多くの方たちにささえていただきました。軍隊経験のない人間、しかも歴史を専門としないしろうとが大きなテーマにとりくんで、まといをもちあげられずにいる火消しの姿を思ったり、カブト虫をかつごうとしている小さな蟻になったような気持にもしばしばおそわれました。手にあまる仕事ではありましたが、匂坂資料を新しいまといにまとめあげることはできたと思っています。その語りかけを読みものにまとめ、ようやく長いトンネルを出るところです。
 暖冬の二月。『妻たちの二・二六事件』が出てちょうど十六年。いれかわりに急死した母の十七回忌は四月にきます。この一冊が多くの人々に受けとめられ、歴史への関心が深まること、それが生きてきたわたしの切実な祈りです。


  一九八八年二月                          澤地久技

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2.本の目次

  目  次

一、 封印されてきた闇‥‥‥‥‥‥  5
二、 急  報‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 25
三、 宮中からの「告示」‥‥‥‥‥‥47
四、 山下奉文と村上啓作‥‥‥‥‥77
五、 長い一日‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 101
六、 奉勅命令の行方‥‥‥‥‥‥ 125
七、 軍 法‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥  151
八、 最後の声‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 173
九、 処刑前後‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 205
十、 敗れ去るもの‥‥‥‥‥‥‥  231
あとがき‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 246

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[Last updated 5/31/2001]