本の紹介 現代イスラムの潮流



宮田 律著

集英社新書

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  目 次

1.  本との出会い
2.  まえがき
3. 本の目次
4. 著者紹介
5. 新聞書評

1. 本との出会い
 V Ageクラブの「新書を読む会」で、この本を採り上げました。今年(2001)の9月11日には米国で同時多発テロが起こり、一挙にベストセラーの首位に躍り出た本です。

2.まえがき
 日本では、どうも「イスラムはつきあいにくい」というイメージが強い。新世紀の始まりの2001年、インドネシアでは、イスラムが不浄視する豚肉の成分を使ったということで、[味の素]がボイコットされた。また、アフガニスタンのイスラム勢力タリバーンは、シルクロードの貴重な文化遺産であるバーミヤンの大仏を爆破した。さらに、サウジアラビアでは、日本の人気アニメ、ポケットモンスターのカードが禁止されている。ポケモン・カードは、イスラムでは禁じられているギャンブル性が認められることと、カードのデザインの中に、イスラム世界の「敵」とも見なされるイスラエルの国章であるダビデの星に類似したものが描かれていることなどがその理由だという。
 これらの事件は、日本人とイスラムの距離を示すことになったが、同時にイスラムに対する理解が欠如していると、ムスリム(イスラム教徒)との円滑な関係が築けないことを痛感させることにもなった。[味の素]の事件は、日本人のイスラムに対する無理解や不注意から起こされたものだ。この〔味の素事件〕のように、日本人にとって、イスラムはまさに〔ブラックボックス〕のような存在だ。日本は、イスラム地域と地理的に接していないし、また日本で暮らすムスリムの数も欧米に比べるとそれほど多くない。圧倒的に多くの日本人が「イスラムって何?」という思いをもっていることだろう。
 さらに、アフガニスタンのタリバーンのように、日本人とも関わりが深い仏像を爆破するような組織が、活動の正当性を[イスラム]に求めると、日本人の[イスラム]に対する印象そのものもこうした極端な行為や解釈に影響されがちで、イスラムは危険だとか物騒だというイメージがつきまとうことになる。
 しかしタリバーンのような教条的な思想や行動は、ムスリムの間でも多くの支持を得られていない。自由を求める人間の基本的な要求は、宗教の相違があっても、世界のどこでも変わりなく、タリバーンのように、女性の社会的進出を制限したり、男性にあごひげを伸ばさせるなど人々にイスラム的な画一化を強制する方策は、アフガニスタン人にも評判がよくない。女性に[ヒジャーブ(身を覆う布)]を強制するイランでも、自由の拡大を訴える改革勢力に対する支持が集まるようになった。

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 タリバーンによるイスラムの解釈は、ムスリムの間では主流ではない。現に、仏像破壊を支持する声明は、イスラム世界からほとんど聞かれなかったし、私の周辺で暮らす中央アジアのムスリムは、タリバーンの考えは極端で、バーミヤンの大仏破壊の行為は、とてもイスラムの考えからは容認できないと語っていた。イスラムの教祖であるムハンマド(マホメット)も偶像を破壊したが、それはあくまで同胞たちにイスラムの原点である唯一神(アッラー)への信仰に戻ってほしかったからだ。タリバーンの行為は、アフガニスタンのローカルな部族社会の伝統的な理解や慣行に従ったものといえよう。
 21世紀になって、イスラムは、アメリカでも二番目に信徒数が多い宗教になりつつあり、アフリカでもその勢いを拡大させている。さらに、イスラムに政治や社会の改革の論理を求める[イスラム政治運動(イスラム原理主義)]は、政治の腐敗、貧富の格差の是正などを求めるムスリムの間で求心力を高めるようになった。イスラムが人々の間で根強い支持を得るのは、それが7世紀にアラビア半島で成立してから、正義と平等を訴え続けてきたからだ。これら二つの概念は、イスラムの宗教的理念の中心に位置する。
 アラブ人がササン朝ペルシアを征服した時、ゾロアスター教徒のイラン人たちがイスラムに改宗していったのは、アラブ人たちの強制によるものではなく、彼らがペルシアの階級社会よりも[平等社会の実現]を唱えるイスラムに魅力を感じたからだ。イスラムは、欧米の一部で唱えられるような荒唐無稽、あるいは暴力的な宗教では決してない。もしそうだとしたら、世界12億の人々の信仰は得られない。
 ムスリムが[つきあいにくい隣人]という印象をもたれるのは、豚を不浄視したり、また婦人がヒジャーブを着用するなどイスラムの宗教的慣行と、欧米や日本の文化とのギャップがあるからだ。ドイツではトルコ人がドイツ人になりきろうとしても、ムスリムだという偏見や差別によって、イスラムのアイデンティティーに戻ってしまう。それが、両者の誤解をいっそう増幅させることになる。それは、アメリカでも同じだが、世界的な富の偏在を背景に貧しいイスラム諸国から欧米や日本など先進諸国にムスリムの流出は続き、日本もイスラムやムスリムと接触する機会を増やしていくだろう。
 ムスリムとのより円滑な交流を図り、イスラム世界との無用な摩擦を避けるためにも、私たち日本人は、イスラムに対する知識や理解を深めなくてはならない。その意味で、本書は日本人にとって[ブラックボックス]ともいえるイスラムの世界を平易に解説することを目指したものだ。イスラムの宗教慣行、民族、パレスチナ問題、イスラム政治運動、イスラム過激派の主張や活動など現代イスラム世界のカギとなる問題を、筆者の現地での体験などを交えて説明してみた。
 本書の作成にあたっては、集英社の辻村博夫氏から貴重なアドバイスや温かい励ましのお言葉を頂いた。厚く御礼を申し上げたい。また、本書の内容は、平成12年度国際交流基金フェローシップ事業「ユーラシア中西部におけるイスラム過激派の台頭構造と日本外交」によるフィールド調査にも基づいている。
 イスラムとはどんな宗教か、現代におけるイスラムの意義とは何か、また私たち日本人はイスラムといかにつきあっていくべきか、本書がこれらの問いに対する解答を少しでも提供できればと願っている。
  2001年4月                         宮田 律

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3. 目 次

まえがき……………………………………………………………………………3

第一章…イスラムとは何か………………………………………………………13
     イスラムのイメージ/ムハンマド/五行と六信/ムスリムの生活習慣
     イスラムの民族/繊細な感性のイラン(ペルシア)/親日国家のトルコ

第二章…イスラムの宗派と、民族の融和と抗争
     救世主思想のシーア派/宗派のモザイク社会、レバノン
    「被抑圧者」としてのシーア派/イスラム世界の民族紛争とクルド人/
     イスラムと異教徒との闘争

第三章…成長する[イスラム原理主義]とは何か ………………………………77
     なぜ「イスラム原理主義」か/イスラム政治運動の発展過程
     成長するイスラム政治運動/教育や福祉を重視して成長

第四章…パレスチナ問題−イスラムと異教徒との最大の紛争………………109
     イスラムにとってのエルサレムの意義/
     ユダヤ人のナショナリズムとホロコースト/
     イスラエルの成立とパレスチナ難民の発生/
     第三次中東戦争とユダヤ人によるエルサレム支配/
     第四次中東戦争とレバノン戦争/
     パレスチナ人の「蜂起」とイスラム勢力の台頭/
     パレスチナのイスラムとイスラムのパレスチナ

第五章…現代の[ジハード]をスケッチする………………………………………139
     イスラムの平和思想とアフガニスタンのフランケンシユタインたち
     パキスタン−急進的なイスラムの震源地?/エジプトのイスラム過激派

第六章…イスラムとの共存・共生を考える………………………………………171
     イスラムとアメリカの間に生じる誤解と[衝突]/
     [衝突]の背景−ユダヤ・ファクター/
     イスラムに対する偏見をいかに乗り越えるか/
     イスラム世界の内なるジハード

○主要参考文献…………………………………………………………………201

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4. 著者紹介
宮田 律(みやた おさむ)
1955年、山梨県甲府市生まれ。慶応義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)大学院歴史学科修士課程修了。現在、静岡県立大学国際関係学部助教授。専攻は、イスラム地域研究、国際関係論。
イスラム過激派の活動とイデオロギーの解明をテーマに、イスラム各国・地域を取材。主な著書に『イスラム・パワー』『イスラムでニュースを読む』『中央アジア資源戦略』『イスラム世界と欧米の衝突』など。

5. 新聞書評
 「Change the World」(世界を変える)」は、マイクロソフトのビル・ゲイツの愛用句だったが、いまはちゃっかりブッシュ米大統領が借用している。お前は「米国の側かテロリズムの側か」と世界を二分する<戦争>ネットワークを立ち上げ、アフガン攻撃をいわば地球的規模の「天下分け目の関ケ原」に変えてしまった。おかげで「第二の敗戦」国ニッポンなどはすっかりおびえ上がり、やれ後方支援だバズーカ砲だとスッタモンダ。その周章狼狽(しゅうしょうろうばい)する姿はちょうど関ケ原のむかし徳川家康に脅されて、東軍の側に一刻も早く馳せ参じなけれは「孤立する」「生き残れない」と押っ取り刀で駆け出した、あの戦国大名たちの侘びしい「陣笠物語」そのままだ。一体どこが「新しい戦争」なんだい?というわけで、そのあわてふためくニッポンにつける薬として、この一冊。テロの前に出版され、時流に乗って売れ始めたが、中身は極めで理性的−「ビンラディンに武器を供与した」のもガス資源をアフガン経由でパキスタンに送ろうとした米国石油企業を手助するため、「タリバーンの創設に力を入れたのもアメリカだ」という。つまり憎むべきテロリストはアメリカ自身の欲望やご都合主義政策から生まれたのであり、ブッシュ大統領が関ケ原的「聖戦」を世界に号令する大義などないことを、本書は明快に暴露している。共産主義の崩壊後、経済グローバリズムの下で更に貧困化したイスラム圏の民衆を救う政治運動として過激な宗教潮流=イスラム原理主義が台頭してきたわけで、単にビンラデイン一派を倒しても何の解決にもならないことを筆者は力説している。
 日本は、敗れたりと言えど今も世界第二の経済大国だ。なお<経済>の領域に踏みとどまり、世界を貧困と大恐慌の恐怖から救う道を模索する方が、どれほど≪世界の大義≫にかなうかを冷静に考えさせる一冊だ。 吉田 司(ノンフィクション作家)
(集英社新書・660円=6刷6万2千部)
(出典 朝日新聞 2001.10.14 「どこが新しい戦争?」 ベストセラー解読)

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[Last updated 10/31/2001]