ラテンで生きよう



 貧乏は正しいを実践している人たちがいる。『痛快ビンボー主義!』を読むと、ビンボーは楽しいことがよくわかる。

 書いているのは、経済学の専門家森永卓郎である。平成大不況の中でサラリーマンの間に、3つの無「無感動、無気力、無表情」がまん延していると指摘する。能力主義の名のもとに年俸制が導入され、所得の格差が拡大しはじめている。そんな中で「所得が少なくとも好きな仕事をしていく」という選択をする人も増えている。そんな感受性豊かで文化の香りのするビンボー人を紹介しているのが、この本である。

 ダイビングスクールを経営する喜多川栄治さんは、
お金、将来性、やりがい、この3つがそろっている仕事って存在しないんじゃないですかね。何から捨てるかっていうと、やりがいから捨てるんですよね。それで、将来性も捨てて、最後にお金にしがみついているという人が多いですよね。
 ブライアン・デ・パルマ監督の映画「ファントム・オブ・パラダイス」(1974)を見て映画イラストレーターになってしまった三留まゆみさんは、
他人よりたくさん映画を観られる立場にいるわけだから、一人でも多くの人におもしろい映画を紹介していければと思っているんです。だから、「あの映画批評はよかったよ」と言われるよりも「三留さんの紹介してくれたあの映画観てきましたよ」と言われた方が何十倍もうれしいんです。
 「おもしろい仕事はつまらない仕事よりも報酬が少ない」という法則がある。そればかりでなく「おもしろい仕事の機会はつまらない仕事の機会よりもずっと少ない」という法則がおいうちをかける。フリーカメラマンの宮本剛さんは、
仕事がポッカリ空いてしまったときには、「今日は仕事がなかった、明日もないかもしれない」って思い込んじゃダメなんです。不安になるよりも「今日はレンズ磨いたからいいや」ってごまかせないと生きていけないんですよ。
 と心がまえについて語っている。さらに
友人のサラリーマンが、仕事がおもしろくないよとよく愚痴を言うんです。彼には「人生一度だけでいいから、勝負をしてみないか」って言ってるんです。一度だけの人生なんですから。
 作詞も手がけるマルチタレントの西村達郎さんは、
嫌なことを我慢して、自分を傷つけながらお金を稼ぐという行為は、ある意味で援助交際と同じなんですよね。
 劇団の俳優桐山ゆみさんは、
私は、自分にとって意味のある仕事しかやらないことにしているんですよ。かなり神経質なんで、嫌な仕事を2〜3日もすると顔がブスになっちゃうんです。だから、仮にもらえるお金が多くても、ストレスのたまる仕事はしないんです。
 そして、アメリカの語学学校と俳優学校で1年半学んだ経験について語る。
アメリカで得た一番大きなものは、楽天的なことろからくる、ものすごいポジティブさでしたね。アメリカ人って、どんな時でもくよくよしないんです。だから、アメリカでポジティブ・シンキングが身について日本に帰ってくると、生きていくのがとっても楽なんですよ。女優を続けてこのまま貧乏な暮らしでも、「好きなことができるんだったらいいや」と思えるようになったんです。
 最後の章で、森永氏はビンボー人たちの特徴をまとめている。
感受性が豊かである。
あふれる気力
有言実行
 そしてビンボー人になるための条件は、
好きなことと好きな仲間を見つける
配偶者と子どもと家を持たない
ラテンで生きる
 何も無理に独身をとおすこともない。山本容子やかとうかずこのご亭主はどちらも貧乏だったし、地味な仕事でもいいじゃないか。おかみさんがラーメン屋で働き、だんなさんがスーパーの店員で、2人合わせて年収300万円でもいいのだ。せっかく一番好きなことを仕事にしたのに、それで長時間労働になってしまってはつまらないと思うのだが。

 感激、感動、感謝の大切さや自分に正直に生きることの素晴らしさを説く森永氏は、21世紀の日本はイタリアを手本にしようと締めくくっている。
(グッチやフェラーリを例にして)芸術を創り出す感性というのは、どのようにして作られるのだろうか。それこそがイタリアのライフスタイルそのものから生み出されているとしか、私には思えないのである。イタリアの国民の持ち家率は低い。出生率もまた低い。住宅ローンや子育てなんかにわずらわされず、飲んで、歌って踊って、恋をして、1日1日の生活を明るく楽しんでいく。そうして人生を楽しんでいるからこそ、世界の人々を感動させることのできるインスピレーションがわいてくるのではないだろうか。
 ビンボー人は、ソフトな職業の人が多かった。もっとかたい仕事をしている女性たちも紹介しておこう。『独立自営の女たち』では、税理士、弁護士、不動産会社の経営者、レストランの経営者などそうそうたるメンバーが登場してくる。

 装丁家の渡辺美智子さんは、小さな出版社をインタビューして回り『日本の小出版』という本を書いた。
あの本を書いていた頃は給料が10万円の時代でした。サラリーマンの気楽さはもはや遠い昔、フリーの厳しさに直面して疲れ果てていました。でも、小さな出版社をまわっていろいろなお話をきいているうちに、”自分もこれでいいんだ”とストンと落ちたものがありました。気持ちが楽になりました。”このまま突っ走って行けばいい、貧乏でいいんだ”と思いましたよ。
 やっぱり最後は、貧乏だったか。
  • 痛快ビンボー主義! 「中流」が消えた後の生き方 森永卓郎 日本経済新聞社 1999 NDC159 \1200+tax

  • 独立自営の女たち くにともこ編著 編書房 星雲社発売 1999 NDC366.3 \1300+tax
     職業選択になやむ女性に最適
(2000-10-13)
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