Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第135夜

「元禄繚乱」に見る方言




 去年、堀井令以知氏の「徳川慶喜」の御所言葉指導におけるエピソードをちらっと取
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り上げた。全国各地を舞台とする大河ドラマ、朝のテレビ小説には言葉の指導がかか
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せない。
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 方言指導とはいえ、完全にネイティブの話す方言に合わせると、全国の視聴者から
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わからん」と抗議が来るし、かと言って、あんまりわかりやすくすると、地元から「間違っ
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ている
」という指摘が来るし、かなり舵取りの難しい作業であろうことは想像に難くない。
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役者の役者の言語能力にも限界はあるだろうし。


 「元禄繚乱」の舞台となる土地を確認しておこう。
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 なにはともあれ赤穂。これは今の兵庫県で、岡山に接するあたりである。
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 松の廊下は江戸城、本所松坂町の吉良邸、義士達が葬られた泉岳寺も江戸だ。元禄
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の風俗を描写する為に、内蔵之介や紀伊国屋文左衛門などが吉原で遊ぶ場面もある。
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 吉良家の領地愛知県にある。長男が米沢上杉家に養子に入っている。
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 まぁ江戸はおいとくことにしよう。勿論、江戸の町民の言葉も飛び交っているが、「忠臣
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蔵」においては部外者、もしくは観客である。わざわざ取り上げるほどの話題もないし。
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 大河ドラマとは関係ないが、吉原で思い出した。今、我々が敬語として使っている「で
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す」は、もとは遊女の言葉
であったという (*)
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 吉良の息子が米沢藩主とはいえ、出てくるのは江戸屋敷だけだから、今のところ米沢
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弁は使われていない。多分、最後までないと思うが。
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 上野之介が実は名君であったという事も割と知られてきているようで、今回も領民に感
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謝されている様子が描かれていた。ただ、農民は中立的な「テレビ方言」を話していたよ
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うに思う。
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 これももう出てこないような気がする。赤穂藩も取り潰され、放送期間も半分を過ぎた
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ことだし、そろそろ枝道を追ってる余裕も無くなってくるだろう。


 方言の取り上げ方、あるいは使い方として象徴的なシーンがあった。
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 お家断絶が決まり、城明け渡しの日程も告げられた。藩内の急進派・原惣右衛門が内蔵
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助に、篭城開戦か、内匠頭の後を追っての切腹かを迫る。以下に再現してみる。
惣右衛門 (以下、惣)「なにとぞ、なにとぞ御翻意くだされ」
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内蔵助 (以下、内)「そうえ (惣右衛門のこと)。分かってくれぬか」
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惣「(諦め) もはや、よんどころなし。拙者は生きて腰抜けの恥をさらすは耐えられま
  せぬ。ただいまこれにて切腹つかまつる (立ち上がる)
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内「何をするんだ。やめろ」
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惣「ここでは畳が汚れまする。庭において切腹いたす (庭へ出ようとする)
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内「この馬鹿。何をする。そうえ!」
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惣「お離しめされ」
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内「やめとけ。こっちこんかい
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内蔵助、惣右衛門を部屋に引きずり込む
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惣「ご家老!」
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内「やめろ言うとんじゃ!
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内蔵助、惣右衛門の手を握る
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内「そうえ。おんしゃ、勿体ないぞ。死んでもええんか。吉良が死ぬ前に死んでもええ
  んか

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はっとする惣右衛門
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内「わしゃ、吉良を討つ。だが、その前にお家再興や。お家再興が叶うっちゅうことは、
  幕府のあほたれが片落ち認めたっちゅうことや。もし、それかなわずば、わしゃ吉
  良を討つ。それ以外に我らの存念を幕府に申し立てる筋道は無いからじゃ。

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惣「ご家老…」
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内「そうえ、よいか。そのためには、恥を忍んで、城を明け渡そう。な、城を明け渡すし
  かない。のう。籠城いたさん。切腹いたさん。死んでたまるか。のう。」
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 まず前半は、惣右衛門がかなり興奮しているとはいえお互いに説得しようとしている。こ
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こは共通語である。
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 それがかなわぬと知るや、惣右衛門はその場で切腹しようとする。それを必死で止めよ
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うとする内蔵之介。ここからが方言である。そして、吉良を討つつもりのあることを告白する。
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かなりわかりやすくなっているが、おそらく赤穂弁ということになるのであろう。
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 ちょっと落ち着いたあたりで共通語に戻る。
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 つまり、核心に触れる部分が方言なんである。つまり、型にはまらず気持ちをダイレク
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トに表しうる言葉、相手のハートに迫りうる言葉として方言が採用されている。特に、深
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呼吸してから共通語に戻る辺りが、いかにもという雰囲気を醸し出している。ある意味で、
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現代日本における方言のポジションを現しているといえるだろう。


 前から疑問なのだが、田舎の武士達はどういう言葉を話していたのだろう。今の我々と
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同じように、改まった場では共通語、くだけた場では地元の方言だったのだろうか。
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 しかし、今ほど行き来は楽ではないから、京や江戸の言葉に関する情報がそうそう入っ
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てくるとは思えない。かと言って、江戸に行ったり来たりしなくてはならない者がいるのは
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事実で、なんらかの形で全国共通語をマスターする必要はあったと考えられる。
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 いや、勿論、探せば資料はあると思うのだが。俺が不精なだけである。


 ところで「鉄道員」の広末涼子はどういう言葉づかいなのだろうか。



*:『標準語の成立事情』1987、PHP、真田信治、ISBN4-569-21961-6
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 『敬語はこわくない』1999、講談社新書、井上史雄、ISBN4-06-149450-3


参考:「元禄繚乱」 6/13 放送・第 23 話「赤穂開城」 NHK、脚本:中島丈博、演出:大原誠



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第136夜「温故知新」

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