Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第85夜

言語の恣意性−知恵熱シリーズ−




 「言語の恣意性」とは何か。
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 つまり、物でも動作でもいいのだが、それと呼び方との間に必然的な関連はない、と
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いうことである。
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 例えば、物を書いたりするのに使う台を、日本語では「」と言い、英語では "desk"、
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フランス語では "table"、ドイツ語では "Pult" という。4つの異なった単語が同じモノを
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指しうる、ということは、このモノを指す場合に、「つ−く−え」という3つの音がこの順番
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で並ばなければならない理由はないということだ。たまたまそうなっていて、それがルー
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ルとして定着しているに過ぎないわけだ。
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 音と意味との恣意的連合などとも言ったりする。


 この例は地域が大きく違うから、まぁいいとして、一国内でこれがおこると面倒なこと
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になる。
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 TVで取り上げていたのだが、山口県宇部市で「コッペパン」と言うと何を指すか。まぁ、
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今やコッペパン自体が死語になりかかってるような気もするのだが。
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 いわゆる「メロンパン」を指すのだそうである。つまり、パン屋で「コッペパンくださーい
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と言うと、あのまん丸で線の入ったパンが出てくるわけだ。街角でインタビューを受けて
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いた人の反応から察するに、方言だとは気付いてないようである。
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 宇部では、いわゆる「メロンパン」の生産が、戦後間もなく始まった。しかし、当時、「
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ロンパン
」はもちろん、「メロン」自体が、一般的な食べ物ではなかったため、既に使わ
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れていた「コッペパン」という語を借りたんだそうである。
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 じゃ、「コッペパン」という単語を使ったときに混乱が起きなかったのか、その辺も知
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りたいところだが、筋は通っている。
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 それでは、宇部で「メロンパン」と言うと何を指すか。
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 ラグビーボール状で、スポンジケーキ風の生地、背中に筋の入ったパン、と言ったら
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わかるだろうか。あれを指すらしい。そう言えば、瓜に似ていなくもない(注)
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 まぁ、コンビニやスーパーで売っている、全国規模の企業が作ったメロンパンには「メ
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ロンパン」と刷られているようだが。
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 これが方言であるということに気付かない、ということは、この表現に関する限り、な
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んの問題もなく完結しているわけである。このあたりが、「恣意性」なのだ。


 最初に4言語の例を上げたけれども、この「恣意性」の壁にぶち当たるのが、外国語学
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習の時である。自分の母語をベースに修得してきたルールがほとんど適用できない。単
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語が覚えられない、という悩みはここに原因がある。とりあえず覚える、ということができ
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ない人は、最初に躓きがちだ。
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 そこを乗り越えて、ベースになる単語が増えてくると、そっちの関連性から単語を覚え
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られるようになる。
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 "centimeter" という単語を知らない人はいないだろう。"cm" の方がわかりやすいか。
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これで、"cent-" が「百」を示す語であることがわかると、「1$ って何セントだっけなー」
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と悩む必要がなくなるし、摂氏の記号を忘れてもすぐに思い出せるようになる。"pedal"
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との絡みで "ped" が「足」を示すことがわかっていると、"centipede" って何?って立
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ち止まらずに済む。自分なりにルールを獲得した瞬間だ。
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 しかし、ここで注意するべきは、やっぱり "cent" が「百」である必然性はない、という
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ことである。
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 「恣意的連合」は言語の本質なので、ここが揺らぐことはない。


 出張の時で土地勘がなく、しかも朝の出勤時でバタバタしていたので、「メロンパン
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の話を取り上げていたのが、どこの放送局のなんという番組だかわからない。
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 ご存じの方はご一報いただければ幸いである。



参考資料
『日本語百科大事典(第4版、大修館書店、1990)』
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『角川新版古語辞典(角川書店、1989)』
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『大辞林(初版、三省堂、1988)』

注:絵には自信がないが。
宇部における「コッペパン」
いわゆる「メロンパン」
宇部における「メロンパン」
 ソーセージがのってたりする奴ではない




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