Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第73夜

「〜ある」の問題




 面白い現象に気づいた。
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 きっかけは「開(あ)がる」である。「が」は鼻濁音ではない。鼻濁音だと「上がる
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になってしまう。
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 意味を一言で言うなら「開(あ)く」である。
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 が、これに対しては「開(あ)ぐ」という形がある。
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 これを単なる訛りとみるか、別形とみるかはちょっと難しいところではあるが、いず
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れ、形が異なっている以上は意味も違うのだ、と考えるのが自然である。
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 どう違うのか。


1a)「げんげ 寒びど 思ったっけ 玄関 開いでらね
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1b)「げんげ 寒びど 思ったっけ 玄関 開がってらね
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 (妙に寒いと思ったら、玄関が開いてるじゃないか)
 微妙なのである。まず、相互に交換可能であると考えていい。特に、「開がる」を使っ
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ている場所に「開ぐ」を使っても、全く問題ない。
1'a)「あそこの戸 開がねいんたな
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1'b)「あそこの戸 開がらねいんたな
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 (あそこの戸は開かないみたいだな)
 うーむ、難しい。別の例を探してみよう。
2a)「わがりました。いずれ、そごさ 行けば 看板が 立ってらんだすな
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2b)「わがりました。いずれ、そごさ 行けば 看板が 立だってらんだすな
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 (わかりました。いずれ、そこに行けば、看板が立ってるんですね)
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3a)「このパズルやー、1か所だけ わがらねくて、なんとしても続がねー
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3b)「このパズルやー、1か所だけ わがらねくて、なんとしても続がらねー
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 (このパズルなんだけど、1か所だけわからなくて、どうやっても続かないよー)
 面倒だから解説してしまおう。
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 a の方、「開ぐ立づ続ぐ」は「開く/立つ/続く」と同義である。言えば、普通の
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単語である。
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 これに対して、b の「開がる立だる続がる」は、行為者不在である。最初の例で
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言えば「誰かは知らないが、誰かが玄関を開けっぱなしにしている」という含みがある。
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 もちろん、現象としては 1a) も誰かが開けっぱなしにしたのには違いないのだが、そ
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のニュアンスははっきりとは出ていない。誰かがやった、ということには関心が払われ
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ていないのである(注)
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 2) の例はちょっと事情が違う。
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 誰かが看板を立てたのである。誰がやったのかはわからない。が、それはどうでもい
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いことであって、問題になるのは「看板が立っていること」である。
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 この場合、「立てた人が誰かなんてのは関係ない」という点で、「立てた人」について
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関心を持っている、と言える。
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 「行為者不在」という意味が分かってもらえただろうか。行為者が存在していないこと
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が関心の対象
に含まれるのである。「開く/立つ/続く」では、行為者の存在・不在は
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埒外である。
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 3) も解説がいるだろう。しり取りの様なパズルを想像してもらいたい。その連鎖の1
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か所だけが抜けているのである。その1点を埋めると、全体が続いていくわけだ。
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 これは、完成してしまえば、他者の手助け無しに流れていく。「続がる」はそういった
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意味である。


 色々と検討してて頭が痛くなってきたのでここで止めるけれども、一つだけ言えること
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がある。
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 この3組の表現は、「先行する名詞を固定、動詞の形を変えても、同じ意味を表現する
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ことができる」ということである。つまり
玄関を開ける
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玄関が開く
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看板を立てる
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看板が立つ
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しり取りを続ける
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しり取りが続く
 という具合である。
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 ここが重要なポイントであるような気がするのだが、どうだろう。



注) もちろん、この後に「誰が開げたなや(誰が開けたんだ)」と続けることはできる。
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  しかし、この時点ではまだ問題になっていない。



音声サンプル(.WAV)

げんげ 寒びど 思ったっけ 玄関 開がってらね(25KB)
あそこの戸 開がらねいんたな(21KB)
誰が開げたなや(16KB)




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第74夜「洒落と慣用句」

shuno@sam.hi-ho.ne.jp