Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第71夜

学校の方言




 進入学シーズンである。夏休みや冬休みと違って宿題もないし、ちょっと不思議な時期
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とは言える。


 例えば「桜の咲く頃に入学」なんて表現。これは勿論、北国では通用しない。秋田では
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桜は4月中旬〜下旬がシーズンである。内陸だとGWにドンピシャで、角館(かくのだて(注))
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の桧木内川(ひのきないがわ)の河川敷などが有名である。
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 東京なんかで「ホワイトクリスマス」が珍重されるのと同じようなものか。最近は暖冬
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続きで、大晦日になっても雪がないってことがあるが、基本的に雪国では、クリスマスの
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頃にはもう雪なんぞ見飽きている。嫌気がさしている、とも言える。カップルがどう思う
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かは知らない。


 学校は、一種の閉鎖社会である。他の団体(つまり他の学校)との交流が少ない。
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 全くない、という事もあるまいが、同じ学校の生徒とは毎日のように顔を突き合わして
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生活を共にしているわけで、当然、そっちの方が親しい、ということになる。
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 各種ルールも揃えられているから、独自の言い回しが成立する。


 例えば、授業の単位をなんと呼ぶか。
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 「1時間目」「2時限」「3校時」「4限」「5コマ目」…。
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 「時間」と「コマ」については「目」がつかないと落ち着かないのは、既にある単語で、
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別の意味も持っているからか。


 あるいは、各学年をどう呼ぶか。
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 「1年生」か「2回生」か…。
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 大学だと、「学年」と「入学してからの年数」を使い分けたりする事もあるようだが。


 小学生の頃の話だが、「ぎょうかんたいそう」というのがあった。俺は4年生の時にそ
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こに転入して驚いたのだが、よくあるラジオ体操ではなく、その学校独自の体操なので
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ある。
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 それをいつやるかというと、朝でも帰りでもなく、2時間目と3時間目の間である。そ
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ういえば、そこの休み時間は 20 分とちょいと長めなのであった。
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 で、これが、授業の間にやる「業間体操」なのだ、と気づいたのは卒業した後の事で
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ある。
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 あと、音楽の授業をやる部屋は二つあって、ひとつは「えいしゃしつ」と呼ばれていた。
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その部屋は基本的には音楽の授業にしか使われていなかったのだが、それが本来は
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映写室」であることは、実際に映画の上映が行われるまで知らなかった。
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 「こうしゃしゅうそう」というのもあったな。これは、校舎をぐるっと囲んだマラソンコース
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を走る事を言う。「校舎周走」と書く。
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 もう一つ挙げれば、ハンカチちり紙をちゃんと持っているか、爪は伸びていないか、な
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んてのを調べることを「せいよう検査」と呼んでいたが、どういう字をあてるのか、いまだ
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にわからないでいる。「整容」は、ちょっと意味が違うような気がするのだが。


 学校に入るとき、下駄箱の前で靴を履きかえるのだが、その靴をなんというか。
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 「内履き/外履き」「上履き/下履き」…。
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 「中履き」なんてのも聞いた事がある。
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 俺の場合、「内ズック/外ズック」である。
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 知っている人も多いと思うが、「ズック」は本来は生地の名前で、「ズック靴」が正しい呼
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び名だ。我々の時代には既に「ズック」は履き物を指す単語であった。今はもう死語なの
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ではあるまいか。
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 今の子供たちがなんと呼んでいるか興味深いところではあるが、子供たちが自発的に
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使い出すわけはなく、親が言っているのをそのまま真似ている可能性もある。だとすると、
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意外に「内ズック/外ズック」は残っているかもしれない。もっと後になると流石に消える
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だろう。


 ぐっと下がって大学時代。
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 外国語学部にいたのだが、各国語の学科の呼び名は当然の如く省略形である。
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 「イタリア語学科」が「イタ科」、「ポルトガル・ブラジル語学科」が「ポル科」あたりは
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すぐわかると思うが、「インドシナ語学科」の「シナ科」は高等技術と言えるだろう。
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「インドネシア・マレーシア語学科」があって「ネシア科」と住み分けている。「中国
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語学科」は「中国科」と「チャイ科」で揺れていたようだ。


 今回の話は、ちょっと「方言」の枠からは外れている。しかし、"dialect" には含まれ
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るかもしれない。「方言」は地域的な差のみを指すが、"dialect" は世代差や階層差も
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含むのである。
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 俺の記憶が正しければ、「1年生/1回生」については東西差があったような気もする
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のだけれども。他に、文房具の呼び方、遊びやその道具の名称などなど、学校・子供関
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連で、方言学で話題になる事はたくさんある。


 こうした「校時」などの呼び方は誰が決めているのだろう。もし、学校が決めているの
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ではなく、市町村や都道府県の教育委員会が方針なりガイドラインなりを出していたと
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すると、結果的に「方言」になる可能性もある。



注:田沢湖の南西方向にある町。横手盆地と南部、阿仁を結ぶ交通の要衝である。町の
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 中央部に「火除け」と呼ばれる広場を配置、武家と町人の町を分けて整然と区画してあ
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 る。「小京都」と呼ばれる由縁である。秋田蘭画の小田野直武、日本画家の平福穂庵・
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 百穂を産んだ(「角館」『世界大百科事典』1992年、平凡社)。


その後:群馬の人から、「私の所でも『業間体操』ということばがあった」というメールをいた
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 だいた。他の地域・他の学校で使われていたとは意外である。(990328)



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第72夜「手話と方言」

shuno@sam.hi-ho.ne.jp