Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第44夜

ノスタルジーとナショナリズム



 先日、NHK 秋田放送局製作の「あきた解体新書」という番組で秋田弁を取り上げていた。
 教育テレビでは面白い番組をやることもあるが、テレビ等でこの種の話題を取り上げる場合、基本的にはノスタルジックで、方言の衰退を嘆き、なんとか守っていこう、という結論にまとまるのがほとんどである。今回のその例に漏れない内容ではあった。

 繰り返しになるが、言葉は変化するものである。だから、守ろうということ自体が間違っている。
 それに、数十年前と今の言葉が同じであるはずがない。昔の言葉が少しづつ失われていくのは事実だが、その穴が全て標準語で埋められているわけではない。むしろ、方言自体の持つ力による、標準語化とは違う方向への変化も数多く報告されている。

 よく聞くのは「疲れたときは『こえ』って言わないと、疲れがとれない」という類の物である。
 それはそうだろう。そういう環境で育ったのだから
 しかし、茨城の人は「こわい」と言わなければならないし、大阪の人は「えらい」が口をついて出るし、東京の人は「疲れた」と言わざるを得ないのである。
 そういうことを否定してはいないか。
 もう一つ多いのは「方言にはぬくもりが」ある、というものである。
 それはそうだろう。そういう環境で育ったのだから
 しかし、県外からの観光客に言わせれば「秋田弁は早口でおっかない」し、我々だってつい大阪弁と喧嘩を結びつけて考えたりはしていないか。
 方言ナショナリズムもいきすぎてはまずい。

 番組中では電話によるアンケートも行われた。YES/NO の問題を用意しておいて、「YES の人はこの番号へ、NO の人はこの番号へ」というあれである。
 一つは「普段、秋田弁を使いますか」というもので、結果は「使う」が 80.5%、「使わない」が19.5%.
 もう一つが「秋田弁が好きですか」で、「好き」が 81.7%、「嫌い」が 18.3% である。*1
 注目するべきなのは「秋田弁を使わない」あるいは「秋田弁が嫌い」と答えた人が 5 人に 1 人の割合でいた、ということである。
 この電話アンケートでは、どちらでもない、という選択肢はない。また、面接形式ではないし、答える義務はない。電話だから、参加すると問答無用で \10 かかる。
 それでもなお「使わない」「嫌い」と言う声を上げようと思った人が 5 人に 1 人、なのである。これは大変に高率だと言うべきではないだろうか。
 さらに、番組の志向や時間などから考えて、視聴者の中に秋田弁に好意的な人が占める割合が比較的、高いであろう、ということも念頭に置かなくてはならない。*2
 番組では「みなさん、やっぱり秋田弁が好きなんですね」と片付けていたが、それはちょっとばかり表層的と言える。
 8 割という数字が本当に多いのかどうか、という判断の根拠は持っていなかったようにも見える。普通、こういう質問では、4 割を切ることはめったになく、6〜7 割をマークすることが多いのである。

 街頭アンケートもあった。道ゆく人を捕まえて、「この言葉を知ってますか」と聞く奴である。
おもやみ」「おべだぶり」「とぜね」「このげ(まゆげ)」「うるだぐ(あわてる)」の 5 つが取り上げられていた。
 この俚言がまた、いかにも、である。
 画面では、若い人は全滅、年配の人が完璧、という形だったが、「おもやみ」はまだしも、他の 4 つは 30 代以下はほとんど使わないと思われる。そういう単語を意図的に選択したのだと考えるべきだろう。
 若者が秋田弁を使ってないと思う人は、一度、朝夕の通学列車に乗ってみるとよい。それが思い込みであることに気づくはずだ。
 それに、地域差を認めよというのなら、世代差も認めなくてはなるまい。

 文化は尊重するべきである。
とぜね」の元が「徒然」であるとか、大館近辺がやや言葉が荒っぽくて早口なのは鉱山町であったからではないかとか、そういう背景はきちんと記録に残しておくべきである。
 が、言葉は生き物だ。そして、我々が常時、使うものでもある。これを昔のままに残しておこう、というのは間違っている。昔のものを保存しておくには、やはりガラスケースにいれて飾っておくしかない。これはやむを得ない、避けられないことなのである。
 できれば、方言を扱う番組にはこういう視点を持ったきちんとした学者を参加させて欲しいと思う。ノスタルジーだけの方言番組はもういらない。


*1:
 20 年近く前の調査になるが、NHK の「県民意識調査」という世論調査に同じような項目があって、こっちでは「好き」と答えた人が 70.5% である。「嫌い」の割合は不明。
 この番組のようなアンケートの形態では、秋田弁が好き、という人は積極的に電話するだろうと考えられるので、単純に比べるわけにはいかない。(
)

*2:
 木曜の 20:00。この時間に NHK の TV を見ている人、というと年配の人が多いのではないか。若い人の中に秋田弁を使わない人が多いのは事実なので、このことは重要。(
)


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