Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜



第938夜

おーい、クモよ


 宮崎で間借りしている会社は省エネが徹底していて、南国だって言うのに、夏だからって無条件に空調を入れることはしない。何度だかは知らないが、一定の温度になったら初めてスイッチを入れるようになっている。
 当然、暑いので、空調が入っていない間は開けられる限りの窓を開けている。窓には網戸がはまっているが、勝手口のドアなんかも開けておくし、空調とは無関係に、屋外にある喫煙所に行くため人の出入り、つまり、そこのドアの開閉も激しい。
 その結果、室内を虫のたぐいが闊歩することになる。
 え、虫の話?! と思った人はいるかもしれないが、写真は載せないのでご安心を。
 ハエハエカカカは言うに及ばず、カメムシなんて日常茶飯事。トカゲが足の上を走って行ったときにはさすがにびっくりした。
 いや、一番驚いたのは、広げた足の直径 8cm 位の蜘蛛。色も渋めで、『エイリアン』のフェイスハガーにしか見えない。
 総体に宮崎の蜘蛛は元気である。「こんなところにも?」ってところに巣を張っている。こないだなんか、バスの手すりに糸が垂れてて、全長 5mm くらいの蜘蛛が下から上っていくのを温かく見守ってしまった。
 というわけで、蜘蛛。

 西日本に「コブ」という形が見つかる。どうやら、別の語ではなく「クモ」の変形らしい。「ク」と「コ」はどちらもカ行だし、マ行とバ行はよく相互変化を起こすので(「さびしい」と「さみしい」)納得できる。
 九州には、夜の蜘蛛を殺してはいけない、という言い伝えがあるそうだ。「夜のコブ」すなわち「喜ぶ」で縁起がいいかららしい。
 この辺、「朝の蜘蛛は殺すな」なのか夜なのかは諸説ある。というか言い伝えだし、科学的な根拠もないから、バリエーションがあって当然。
 俺は単に、蜘蛛は神様の使いだから殺してはいかん、という風に覚えていた。それを知ったのは二十歳を大分過ぎてからで、その当時の会社で女性社員がクモを見つけて騒いでいたので殺したときである。教えてくれたのは、騒いだ当人だったので、ちょっと気を悪くした。
 それ以来、蜘蛛 (に限らず虫の類) は、過失*1と反射的な動作*2を除けば手にかけたことはない。頑張って家の外に出している。

 千葉の一部では、「ふんち」という形がある。詳しくは「ネコハエトリ」という種類の蜘蛛らしく、これを使って蜘蛛同士を戦わせるイベントがあるそうだ。
 ググったら、富津ふんち愛好会 (この先には写真があるので注意) のホームページやら mixi コミュニティやら Facebook ページやらが見つかる。気合が入っている。オフィシャルには呼び方を載せた地図があるのだが、出典が書かれていない。国研の言語地図あたりのコピーにも見える。

 蜘蛛の巣については、「えば」という表現が見つかるのだが、「餌場」だろうか。
 ただ、「ねば」という形もあるのでそうとも言えない。一方で、糸が「ねばる」からその連想で生まれた別形かもしれない、という気もする。「えば」にしろ「ねば」にしろノイズを拾いやすい語なのでウェブでの検索では限界がある。
くものい」は「蜘蛛の囲」で季語にもなっている。「くものえ」という変形もあるそうだ。
 ちなみに、「蜘蛛」とともに夏の季語。
 栃木・福島・宮城あたりには「蜘蛛のえず」という表現がある。「絵図?」とかロマンチックな想像をしてしまうが、きっと違うんだろうなぁ。

『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』を調べてみた。
 蜘蛛自体は「」だが、蜘蛛の巣で「いがき」という形が載っている。「」は「糸」で、蜘蛛が巣を張ることを「掻く」と言ったから、と説明がある。『語源探求 秋田方言辞典 (中山健、秋田協同書籍)』は「掛く」の字を当てている。
 上の「蜘蛛の囲」との関係はどうなんだろうね。どっちかが当て字だったりしない?

 北海道では、カマドウマのことを「バッタグモ」と呼ぶところがある由。
「ベンジョコオロギ」って単語は俺も知ってたが、カマドウマのことだとは知らなかった。

 正直言うと、フェイスハガーもどきはあまりに見事なので写真撮って誰かに見せたいのだが、嫌がられるのは必定なので我慢している。まぁ、セキュリティ面から職場での写真撮影は問題あるんだけど。それにしてもデカい。
 あと、蜘蛛って飛ぶんだよな。いや、糸を帆のようにして長距離移動する、ってあれじゃなくて、ジャンプ。5cm くらいは平気で飛んで机を渡り歩くんだが、飛ぶ前の「ため」がなくて突然、飛ぶので割とびっくりする。



*1
 キッチンなんかで水をジャーっと流したら虫がいてあっという間に流されてしまった、というようなケース。
 あと、車の中で、内側にいるのでウィンドウを開けて出してやろうと思ったら、ドアの方に進み始めて中に吸い込まれてしまった、なんてこともある。(
)

*2
 これは蚊の場合。あれはよっぽどのことがない限り手が先に出てピシャっとやってしまう。寝ようとしてるとき、暑さで寝付けなくて苛々しているときなんかとくに。(
)





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