Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜



第884夜

秋田弁単語カード (中)



 こばやしたけし氏の「秋田弁! 単語カード」に借りた文章、二週目。今週はちょっとケチをつける発言が続いてしまっているが、あしからず。

おべだふり」は、文字通りに解釈すればこれに書いてある通り「覚えたふり」だが、こういう風に塊で取り上げた場合は、「しったかぶり」と解釈するのが正しいと思う。

かっちゃぐ」の例文は、「猫にかっちゃがいだ」。これで想像がつくと思うが、「ひっかく」という意味。この単語自体も面白いが、「かっちゃがれだ」の「」がイ音便化するというのもポイント。これは、標準語形の「ひっかく」も同様で、その語をそのまま使った場合、「ひっかがいだ」となる。
「に」と「」は色々と難しいと思っているのだが、この場合は「猫さ」とする方が自然ではないだろうか。

ける」が「差し上げる」なのは丁寧過ぎる。これは目上の人や、親しくない人には使えない語である。交通安全川柳の標準語訳が妙に丁寧なのを思い出した。
 イントネーションは「」である。「け」が上がると標準語の「蹴る」、あるいは「食える」が変化した「ける」になってしまう。

こええ (疲れた)」のローマ字表記が“Koee”となっているが、“Koye”の場合も少なくない。「こや」と言う人もいる。

こでぇらいねー」は、“Kodheraine”という表記 (末尾の‘e’の上にはマカロン (横棒) がついている)。
 気になるのは“dhe”である。「でぇ」を表現しようとしたのだと思われるが、この表記が正しいかどうかは疑問。
 先週も書いたとおり、ローマ字には複数の表記方法があって、どれを基準に持ってくるかは難しいところがあるが、ひとまず内閣告示の「ローマ字のつづり方」を見てみる。ここには“dhe”という形はない。
 このグッズはヘボン式を使っているらしいことがわかっているので、ヘボン式の一例として、道路標識を作っている KICTEC という会社の記事を見てみる。こちらにもない。
 なんでないかと言うと、「でぇ」という音が日本語にはないからである。ない音だから、ローマ字表記が決まっていないのも当然である。
 また、文字としても「え」に対する「ぇ」が使われるようになったのは、Wikipedia の「捨て仮名」によれば、昭和 30 年代だそうで、ごく最近のことである。
 よく考えてみると、どういう発音を想定して「こでぇらいねー」という表記にしたのかがわからない。人によっては「ディエ」に近い発音をする人もいるような気がするが、それだろうか。あるいは、伸ばす音ではあるが、「え」ほど強くない、ということか。その場合、「ぇ」もさっきと同じようにローマ字表記は定まっていないので、それを「正しく」表記する方法はないことになる。
 有気音であることを示すために‘h’を入れたわけではない、とは思う。

さっとこ (少し)」も気になる。
 この語自体はいいのだが、このグッズの表紙に「さっとこおべでけれ」とあり、これがどうにも落ち着かない。
 おそらく、お土産品であるという観点から、「一語でも二語でも、ほんの少しでいいから覚えてみて」という意味なのだと思うのだが、そこに「さっとこ」は合わないような気がする。
 辞書から「さっと」の例を拾うと、「ごはん、さっと盛ってけれ」「雪さっと降った」「さっとでっけな (少し大きいな)」「さっと おすそわげ」…。
 可算名詞には使えなかったりするんじゃないだろうか。

 次は「しねぇ」。
「肉が固いこと」とあるが、これは「しなやか」と同系の語で、固いのではなく、噛みきれないことを言う。『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』は「強い」、『語源探求 秋田方言辞典 (中山健、秋田協同書籍)』は「柔軟」という語を使っている。なお、後者は、NHK が、方言調査員の「固くて」と言ったのを紹介したのは間違いと指摘している。
 ただ、噛みきりづらい肉のことを「固い」と言わないこともないのかなぁ、という気はちょっとする。その場合も、本当に固い場合と、「しねぇ」状態とがあって別なんじゃないだろうか。
 また、「肉」と限定しているが、タコ、イカも「しねぇ」食べ物。グミなんかもそうである。

しょしい (恥ずかしい)」は、俺の感覚では伸びずに「しょし」である。

でがす」は実に秋田弁らしい表現の一つだと思う。「完成させる」「仕上げる」「終わらせる」という意味である。
 単語カードのイラストでは「宿題でがす」と書いてるのだが、めくって活字の例文では「宿題をでがすなー」となっている。例文は本当に濁点がつかないのね。

 中編はこのあたりで。




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