Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜



第838夜

方言コスプレ (後)



「方言コスプレ」の時代 ニセ関西弁から龍馬語まで (田中ゆかり、岩波書店)』に借りた文章、後編。

「ジモ方言」というのも面白い。
 方言を三層に分けてみると、第一層が自分のもともとの方言で、第三層は自分のではない「コスプレ」に使われる方言、真ん中が「ジモ方言」。
 これは、自分の方言とつながってはいるものの、自分が前から使っていたのでない方言。たとえば、老人層しか使わない、あるいは今はもう使われていないものなどがある。
 これを、地元とのつながりを強調するためにわざと使うのである。地元を離れた人には心当たりがあるのではないか。そういう意味では、これも「コスプレ」なのである。
 なんとなく、方言愛好家と言われる人たちも、この「ジモ方言」を使っていそうな気がする。

 先週、土佐弁の例を挙げたが、この本では「坂本龍馬はいつから土佐弁キャラになったのか」という一章を設けて、坂本龍馬に結構な紙幅を割いている。
 題材は NHK の大河ドラマなのだが、大河ドラマの中で最も多く描かれているのは幕末だそうで、つまり、幕末の人物が時期によってどのように描かれるのかということが比較できる。龍馬は 8 回登場しているそうだ。
 それによれば、坂本龍馬が土佐弁を話し始めたのは 1968 年の「竜馬がゆく」かららしい。その前年の「三姉妹」では標準語だったそうだ。
 勿論、演出意図もあろうし、60 年代はまだテレビでの方言にさほど注意が払われていないということもあったろうが、そこからだ、というのは注目ポイントとなる。
 面白いのは、その原作である司馬遼太郎の『竜馬がゆく』では、最初は東京弁っぽかったのに、話が進むに連れて土佐弁色が濃くなっているらしい。
 普通は逆である。龍馬は脱藩して京都から鹿児島からあちこち飛び回るのだから、むしろ、幼い頃から持っていた言語的特徴は弱くなるはずである。つまりこれは司馬遼太郎の味付けということになる。
 昨年、龍馬の手紙について新しい解釈が示されたが、手紙には土佐弁は使われていないにも拘らず、それを紹介する新聞の見出しは「お龍のこと先に伝えたいぜよ」と土佐弁になっていたというから、龍馬=土佐弁というイメージは相当に強固なものであることが分かる。
 もう一つ面白いのは、同じ幕末の志士で、西郷隆盛は「〜でごわす」という鹿児島弁で話すことが多いが、仲間である大久保利通は標準語のことが多い、ということである。これもイメージの産物であろう。本では、西郷隆盛が明治政府を離れて野に下ったこととの関係を指摘している。坂本龍馬は土佐藩を脱藩し、明治政府にも入らなかったから当然「野」である。

 ファンとしては、「スケバン刑事 II 少女鉄仮面伝説」への言及があるのもうれしい。

 話は変わるが、坂本龍馬が評価されるようになったのは司馬遼太郎以降だ、という話を読んだことがあって、そう覚えていたのだが、この本に寄れば、そんなことはない、ということがわかる。
 龍馬を「幕末ヒーロー」にした最初の作品は、明治 16 年 (!) の『汗血千里駒』という小説だそうた。ただし、連載されていたのは高知の新聞なので、同時に「地元のヒーロー」であったとも考えられ、若干差し引く必要はある。
 やっぱソースは複数必要で、一つの意見を真に受けちゃいけないね、という話。

 一つ気になったのは、NHK での「方言」という語の扱いである。
 大河ドラマの方言指導役が、「京ことば指導」という形で呼ばれ「方言」という語を使っていないのには気づいていたが、それは 90 年代後半かららしい。これも、随分前だな、と思ったが、80 年代ですでに「○○言葉指導」という形もあったらしいから、実は相当、前からである。
 NHK の「文研月報」という雑誌で方言が取り上げられることは少なくないそうだが、これでも 90 年代からは「お国ことば」という形になっているそうだ。
「方言」は差別語なのか?

 さて、従来、「方言コスプレ」は都会で行われるものだと考えられてきたが、「ジモ方言」の存在が示すとおり、「都会在住ではあるが出身は都会でない人」が「自分のものでない方言」を使うという現象があることがわかった。
 つまり、このことは全国に広がる可能性があるのだが、一方で、やや変形された方言を嫌う地域もある。大阪を代表とする関西である。
 同時に、関西の方言全てが強いイメージを歓喜するわけではない、ということは先週も紹介した通りなので、この現象が将来どうなっていくのかについてはまだなんとも言えないところである。

 読み返してみて、この文章は本当に俺が興味を持ったところだけをピックアップしている、と思った。できれば実物を読んで欲しい。




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