Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜



第837夜

方言コスプレ (前)



 さて、前にちょっと触れた『「方言コスプレ」の時代 ニセ関西弁から龍馬語まで (田中ゆかり、岩波書店)』を紹介するタイミングがやっと来た。
 ネタに困ってるんなら単行本には飛びつきそうなものだが、これ 278p と割と厚くてそもそも読むのに時間がかかり、更に、そこに書いてることで俺が関心を持ったトピックを拾い、(主にネットで) 調べて、となると結構な時間がかかる。ずれこんだのは、その時間がとれないから。
 というわけで、去年の 9 月に発売された本について今頃の話。

 よほど話題になったらしく、ネットニュースでも取り上げられ、著者のインタビューも紹介されていた。
 面白いのはそれに対する反応で、「コスプレってそんなものじゃない」「コスプレをバカにするな」というのが多い。そこでひっかかってしまうらしく、内容についてのコメントが少ない。
 ネットには、方言に興味を持つ人よりも、コスプレに興味を持っている人のほうがはるかに多い、ということらしい。

 ちなみに、「コスプレ」をする人は「レイヤー」と呼ばれる。「パソコン」に似た、いかにも日本的な省略形だが、こういう省略方法も珍しいような気がする。
 画像ソフトは、たとえば輪郭と塗った部分、エフェクト部分などを別に扱うために「層」という概念を持っている。これも「レイヤー (layer)」で、アニメの世界を主として微妙に領域が重なっている。使用場面が違うので混同の心配はないとは思うが。
「ちなみ」を重ねると、「レアチーズケーキ」の「レア」は、「稀」「生」ではなく、この「層」である。

 話を戻す。
「方言コスプレ」とはどういうことかというと、我々はその時々で、状況や気分によって言葉遣いを変える。その変える言葉遣いの一パターンとして方言があり、さらに、漠然と「方言」ではなく、地域を変える。
 たとえば、気の置けない友人達と笑いながら話をしていて、誰かの冗談に反応する場合、大阪弁に切り替えて「なんでやねん」と言う。
 職場で、これはなんとしてもやりきらねばならない仕事だ、と思ったときに、「俺はこれを絶対に成功させるでごわす」と語尾を鹿児島弁に切り替える。
 ちょっと不愉快なことがあったときに、「なめたらいかんぜよ」と土佐弁に切り替える。
 まるで衣装を着替えるように方言を切り替え、しかも、その選択には意味がある、かつ、その「キャラ」になろうとする。これを「方言コスプレ」と呼んでいる。

 観点はいくつも提示されている。
 まず「方言のオモチャ化」ということが言われている。
 このコスプレ的用法は真面目な場面では適用されない。さっき、仕事の例を挙げたが、ああいう言い方を重役が参加している会議で使うことはできない。言えるとすれば、その重役くらいで、しかも業績不振のための首切り、なんていう深刻なテーマだったら無理であろう。
 この本の調査でも、こうした使い方は友人相手の場合がメインという結果が出ている。親兄弟相手でも使いづらいものらしい。「なんでやねん」あたりはしょっちゅう使うのだが、俺の家庭が特殊なのか?

 次に、イメージの問題。方言を語る場合には避けて通れない、と言ってもいい。ある方言が、その方言を話さない人によってどのように思われているか、ということ。笑いが絡むときなら大阪弁、決然とした発言をするときに土佐弁、トラブルのときは広島弁、という選択の根拠になる。
 ここで注意しなければならないのは、このような場合に取り上げられない方言がある、ということ。つまり、強いイメージを喚起する方言はそう多くない、ということである。この本では、友定賢治の調査を引いて、弘前・京都・広島・高知・鹿児島・那覇を挙げている。
 もちろん、自分の近所の方言なら区別ができてイメージも湧く。東北の人間であれば、青森と秋田の言葉遣いの違いはおおよそ見当がつくだろうが、宮崎と熊本の言葉の違いを把握していない。それを全国に広げると、さっきの地域になる。
 じゃぁ狭い範囲でなら上記以外の「コスプレ」が行われるかというと、それはなさそうである。
 たとえば、山形の人は商売に敏いと言われていて、山形人が通った後には草も生えない、などという失礼な言葉もある。
 一方、秋田県民は楽天的でのんき、穏やかだ、などと言われる。
 では、金に経む話題のときに周囲の県の人が山形弁で「コスプレ」をするか、穏やかであることを表現するために秋田弁で「コスプレ」をするか、というと、これはどれだけ頑張って言っても一般的ではない。おそらく金の話なら大阪、穏やかな場合は京都という感じになるであろう。*1
 つまり、その「イメージ」は端的でわかりやすくなければならない。また、それを示すための個々の表現が、話し手にも聞き手にも了解されていなければならないのである。
 この点でも、着る方と見る方で共通理解が必要であるコスプレと似ている。*2

 つづく。




*1
 話し手と聞き手とで共通の知人がいて、その人の真似をする、ということはあるかもしれない。 (
)

*2
 普通の服と違い、それが何であるかを知っている人が―人もいない場所で着る、ということはよほど特殊な状況で無い限り行われない。
「シルエットは軍服だが、色が白と青またはピンク」という服を着る行為は、それを見て「機動戦士ガンダム」の連邦軍の制服だということがわかる人がいることによって完結する。
 いくらディープなレイヤーでも、それで通勤したり買い物したりと日常生活を送る人は少数派である。 (
)





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