Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第765夜

おしたし



 いつだったか忘れたが、家族で買い物に行った。別にたいそうなものではなく、その日の夜に食うものを買いに行っただけである。GW くらいだったかなぁ。
 で、スーパーで葉物野菜のコーナーに行ったら「明日葉 (あしたば)」が売られていた。秋田で目にしたのは初めてで、面白いのでかごに突っ込んだ。

 初めて食ったのは、渋谷の立ち食いソバ屋である。、『旨い! 立ち食いそば・うどん』という本を紹介したことがあるが、それに載っていた、渋谷駅の「二葉」という店。あしたば天が取り上げられていた。「明日葉」というものを聞いた事がなかったので、食べてみたのだが、独特の香りのある葉っぱで、そばだれに合う。三宅島から取り寄せていたらしい。
 その後、どういうわけかあしたば天はざるのみになってしまった。俺は夏でも熱いソバを食いたい方なので、その後、あしたば天とは疎遠である。「二葉」は、渋谷に行ったときには大抵、寄るが。

 で、その「明日葉」。
 束の入った袋に、調理法が書いてある。
   
おしたし」である。
 ヒとシの混同は江戸弁だと思っていた。
 が、上に三宅島って書いたとおりで、明日葉は伊豆諸島、伊豆半島のものである。房総半島にも自生はしているらしいが、どっちにしろ江戸のものではない。
 これに疑問を持った。

 袋を見る。
   
 出荷しているのは、「JA 東京島しょ」と「JA 全農東京」である。
 この二つの JA の関係は分からない。あるいは、前者が出荷して、後者が全国ルートに乗せているのかもしれない。
 その場合、この袋を作ったのは誰か、が問題になる。後者であれば江戸も含まれるので、江戸弁としての「おしたし」が印刷されてしまう、ということもあるのかもしれない。
 が、その前に、伊豆諸島でヒとシの混同が起こらないのか、ということを確認しておく必要がある。
 ググってみた。よくわからない。
 Wikipedia によれば、神津島や三宅島のあたりの言葉は「北部伊豆諸島方言」と分類されるようなのだが、最も近いのは伊豆方言らしい。ただし、島なので、島ごとの特徴もはっきりしている。
 では伊豆方言は、というと、ヒとシの混同に関する記述は見られない。
 困った。

 ここはダイレクトに「おしたし」で行ってみるか。おそらく、「おしたし」と「おひたし」はどちらが正しいんですか、とちょっと辞書引きゃわかるようなことを聞いてる人が一杯いると思うんだが。
 まぁ、案の定なので、多数のページをスルーしつつ見ていくと、浜松で「おしたし」と言う、というページが見つかった。
 だが、ちょっとばかり遠い。同じ静岡だが、西と東である。
 もっと見ていくと、今度は京都の菓子屋のページが見つかる。京都?
 そういや、ヒとシの混同は大阪でも起こる。西に来すぎてしまったのではないか、と思いながら見ていると、長野、京都の日本海側、山陰、徳島とどんどん見つかる。途方にくれてしまった。

 その中に、ひっそりと別の記述を見つけた。これがなんと驚愕の内容 (安物のバラエティ番組みたいだな)。
おしたし」で「醤油」を指す地域があるのだ。「下地」らしいのだが、地域としては、香川、茨城、そして江戸。
 うぉっ、振り出しに戻ってしまたぜ。
「お下地」は辞書にも載っている言葉である。

 もっと真面目に調べればいいのだろうが、どうも「おひたし」を「おしたし」という地域はかなり多く (広いのかどうかは分からない)、「気づかない方言」になっている感じがする。Google で、地図を出してみたが、本州の中央部、南東北から近畿辺りまでに集まっているような気はする。結局、明日葉の袋に書いてある「おしたし」が伊豆神津島のものなのか、江戸のものなのかはわからない。
 が、こうなってみて、つまり、神津島で使われている可能性も否定できない、ということになると、JA 東京島しょのほうかなぁ、という気がしてくる。東京サイドでは使われなくなっているわけだし、袋のデザインを検討する段階でチェックに引っかかりそうな気がする。

 歯切れの悪い終わり方だが、「お下地」という言葉を知ることができたのは収穫だった。
 ちなみに、秋田弁では「ふたし」「ふたしっこ」となる。ヒがシではなくフになったわけだ。




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