山形新幹線「つばさ」に乗ったのは、開業してちょっとのころである。一往復だったか、片道だったかは覚えていないが、東京から秋田へ、という乗り方をしたのは間違いなく、乗換えが間に合うかどうかちょっとドキドキしたのと、新庄駅が、新幹線用ホームと在来専用ホームとでまったく雰囲気が違うなぁ、と思ったのは覚えている。と書き始めて思ったのだが、在来線から新幹線への乗換えでもドキドキしたような気がするので、往復だったかもしれない。
あと覚えているのは、やけに揺れた、ということ。「こまち」よりも揺れたような気がするのだが、それはひょっとしたら俺がトイレに立ったときにそういう地盤だっただけの話かもしれない。
「つばさ」が開業したのは 1992 年。ちょうど「ゴジラ vs. モスラ」が公開される年で、メタリックな配色とあいまって、俺の仲間内では「メカモスラ (の幼虫)」と呼ばれていた。
今回紹介する『
買わねぐていいんだ。』の著者・茂木久美子氏が「つばさ」の販売員、「つばさレディ」になったのはその頃のようである。
彼女が「カリスマ販売員」と呼ばれるようになったエピソードとして、ある年のゴールデンウィーク、一日で 50 万円売り上げたというエピソードが紹介されている。本では、コンビニの一日の売り上げに匹敵する、というようなことが書かれているが、列車内のワゴンにあるものの値段は概ね 3 桁、おみやげ品だと 2 千円くらいになることもあるかな、という程度であることを考えると、それがものすごい金額であることはわかる。
タイトルもそうだし、帯にも「なぜ売れる!?」と書かれていて、どうやらビジネス書の赴きもある。彼女自身のいろいろな工夫も紹介されていて、客とのコミュニケーション云々の情的な話ばかりではない。ここでは方言の話にフォーカスするので、そっち方面に興味がある場合は実際に読んでみて欲しい。
署名の「
買わねぐていいんだ」は、山形弁である。茂木氏は天童 (山形県中部) 出身だそうだ。「
ぐ」と濁点がついているが、秋田弁では「
買わねくて」となる。「
く」は無声音である。ローマ字表記してみると“kawankhthe”てな感じ。ちょっと息が漏れる感じがある。今回のタイトルのように、「
く」が促音便となることもある。
本文中で最初に出てくるのは「
ばがばっつ」。
「
ばっつ」は「末子 (まっし)」で、秋田では「
ばっち」となる。「
ばが」はそのままなので、これは「出来の悪い末っ子」という意味。複合語とはいえ、こういう単語があるというのはなかなか興味深い。馬鹿かどうかはともかく、甘やかされてわがままし放題の末っ子は少なくないと思うので、よくこんな風に呼ばれていたのかもしれない。
茂木氏は売上額だけではなく、山形弁で接客することでも有名である。それについてのセクションもある。
最初は標準語で接客していたらしい。それでも山形弁の特徴はどうしても出てしまう。客のほうは、特段、馬鹿にするつもりもなしに、「どこの出身?」とか聞くのだが、それも嫌だった。
この辺、学生の頃「方言コンプレックス」で卒論を書いたのでよくわかる。聞かれるほうにとっては、聞く側に悪意があるかどうかは関係なく、聞かれること自体が嫌なのである。
これは事前に、方言に対するマイナスのイメージを持っていることが前提となる。彼女の場合: