Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第748夜

花々の過失



 あら、あれから一ヶ月以上過ぎてるんだ。
 あれというのは、友川カズキの映画『花々の過失』上映から。

 まず、友川カズキの説明から必要だろうか。
 秋田の八竜町 (現在の三種町) 出身。
 フォーク歌手、画家だが、映画のパンフではさらに「競輪ファン、酒豪」と続く。
 以前、「無名なまま二十周年」というアルバムを出したことがあるらしいのだが、最もメジャーな業績を選ぶとすると、ちあきなおみの「夜へ急ぐ人」の作者である、ということだろうか。
 あるいは、競輪関係でテレビ番組の司会をしたり本を出したりしているらしいので、その世界の人たちはよく知っているかもしれない。

 で、映画『花々の過失』は、お芝居をした映画ではなくて、ドキュメンタリー。友川カズキの日常やライブ、レコーディングの様子などを撮影したもの。
 監督は、プロモーションビデオの世界では有名らしい (だって洋楽、聴かないんだもん) アメリカ在住のフランス人・ヴィンセント・ムーンという人。
 友川カズキの歌を聞いた人なら想像がつくと思うし、パンフで引かれている「私は永遠に唾をはく」というフレーズでもわかるかもしれないが、全体を雑踏などの不協和音が覆っている。ザラザラとした映画である。

 このホームページにおける本題。
 友川カズキの歌や話を「秋田弁丸出し」と表現する文章をよく目にするが、本当にそうだろうか。
 確かに、大島渚から「戦場へのメリークリスマス」への出演を打診されていたが、秋田弁を直すつもりがない、ということがわかって立ち消えになった、という逸話もある。
 だが、友川カズキの発話をよく聞くと、多くの語は標準語であることがわかる。一方、アクセントやイントネーション、発音は完全に秋田弁である。
 ということであれば、映画出演は難しいだろう、ということはわかるが、巷間言われているような「秋田弁丸出し」というのが必ずしも正確な表現ではないことがわかる。
 秋田市で映画が公開されたのはシアター プレイタウンという劇場なのだが、同じ建物の中にイベントホールがあり、そこでライブも行われている。
 ライブの最中、友川カズキの MC に対して、東京弁ではなく秋田弁でしゃべれ、というような野次が飛んでいたことは大書しておきたい。つまり、少なくとも、我々ネイティブからすると、友川カズキの文体の高い場面での発話は、「秋田弁丸出し」ではないのである。ある程度、広範囲に通じるような変換がなされている。秋田でやったライブでそうなのだから、東京でやるライブや、インタビューにおける発話はもっと標準語よりになっているはずである (そういう気遣いをする人ではないかもしれないが)。

 自分にとって異質なものに対しては、その差異に対する認識が強くなる。
 今、今井むつみの『ことばと思考』を読んでいるところなのだが、その辺りの話が出てくる。
 自分が「同じ」と認識しているものの内部での差異に対しては人は鈍感になるが、「違う」と認識しているものの差異には敏感になるのだそうである。
 この本では、色の認識の例が多く紹介されているが、例えば、次のように少しずつ違う色を並べてみたとする。各マスは、色の差として等間隔に並べられている。*1
a b c d e f
 ここで、ある人は、「赤」と書かれた範囲を「赤」と、「橙」と書かれた範囲を「橙」と認識しているとする。
 その場合、境界で隣り合っている二つのマス (c と d) の違いははっきり認識できるが、同じ赤だが二マス離れている二つ (a と c) は、科学的には遠いにも拘らず、その差を認識できない、あるいは、さほど離れてないと認識する。
 それと同じで、語彙がそれほど違っていないため落ち着いて聞けばちゃんと理解できるのに、音の面で違和感を抱くと、「秋田弁丸出し」「何言ってるのかわからない」ということになってしまうのだろう。

 俺が友川カズキの歌を初めて聞いたのは小学生の頃。文字通り一枚目の「やっと一枚目」「肉声」から入った。
「え」っていう人もいるかもしれないが、八つ上の叔父がいる関係で、70 年代フォークはそれなりに耳に入っている。井上陽水の「氷の世界」がその少し前で、当時の俺は同じラインとして捉えていた。今だと、全然、違うことはわかるが。でも、どっちも聞く。
 よく、「友川カズキと出会って人生が変わった」って話を聞くが、俺の場合、そういう状態なので、変わったのかどうかは不明である。出会って以後のほうがはるかに長いんだもの。




*1
 色は連続的なものだが、それを客観的に表現する尺度として、「マンセル表色系」「オストワルト表色系」などがある。テレビやパソコンのディスプレイで見かける“RGB”というのもその一つである。
 なおこの図は、説明のためのもので、それに正しく則った配色にはなっていない。 (
)





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