Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第714夜

「あぎだ弁」とは何か



 ニュースの話が続く。
 栃木で、秋田弁をバカにされたと思った男性が、学校の教師を殴りつけた、という事件があったんだそうである。スポーツ報知で読んだ。「秋田弁バカにするな!学校乗り込んで教頭殴る…栃木の中学校で」という見出しなので、探してみて欲しい。
 経緯をもう少し詳しく書くと、その男性の子供を含む複数の生徒がスポーツ大会で悪ふざけをして怒られた。男性は、自分の子供だけが怒られたことに怒って、酔った状態で学校に抗議の電話をした。
 教師が、男性の言っていることがわからず「秋田弁ですか」「話がよく分からないんですが」と言ったのを、秋田弁をバカにされたと思った男性は、翌日、学校に乗り込んで応対した教頭を殴った、というわわけである。

 大まかな反応は二通りである。
・酔って暴れた男性に同情の余地はない
・教師が思い上がっている
 このうち、前者には大いに賛成する。一回だけならまだしも、電話したときも、翌日、学校に行ったときも酔ってたというから始末が悪い。「また秋田県人は酔っ払いばっかりってイメージを強化してしまった」という意見も目にした。
 俺は、基本的には平日には酒を飲まないし、週末に飲むとしても夜だけである。昼酒は格別、という話もあるようだが、よっぽどのことがない限りそれはしない。
 なぜかというと、できなくなってしまうことが多いからである。車や自転車の運転はその最たるものだし、ピアノの練習もだめ、落ち着いて冷静にものを考えることもできなくなる。人によっては、メールを書いてもいかん、ということすらある。
 他者への抗議、なんてのも上位に来ることであろう。

 もう―つ、教師の言い方に問題がある、という意見。
 これは保留。「秋田弁ですか」という質問に引っかかりを感じる人が少なくないようなのだが、これはちょっとイントネーションがどういうものだったかわからないことにはなんとも言えない。
 揶揄するような感じだったとしたら問題外だが、ニュートラルだったとしたら? 単に、言っていることがわからないので、「それは秋田弁ですか」と聞いたんだとしたら。
 勿論、そう聞かれるだけで気分を害する、ということもある。そういう意味では、いらない一言だったと言えないこともない。だが、そうなると、相手が酔ってたことの比重はぐんと上がってこないか。素面だったら、怒りゃしなかったかもしれない。

 地元紙のコラムで内館牧子氏がこれについて「父親も教師も困りもの」というタイトルで書いていて、どっちも悪い、と結論付けている。酔っ払いは当然悪いし、教師のほうには、他者の文化を尊重する姿勢がない、ということだった。
 で、イタリアを引き合いに出している。イタリアでは方言を隠さない、それは誇りである、というようなことを聞いたそうだ。
 だが、イタリアは日本ほど強い「中央集権」ではない。古代、多くの都市国家が栄え、「イタリア」として統一されたのは 19 世紀、各都市が強烈な個性を持っている。に、ダンテの『神曲』は (当時の標準語であるラテン語ではなく) トスカーナ方言で書かれた、ということを書いた。そういう土地柄である。
 昔、「国」に分かれてはいてもその上にさらに「朝廷」や「幕府」があった日本と同列に比べるのは難しいはずである。
 つまり、ひょっとしたらイタリアの各方言は、尊重されているというよりは、別物だと思われている、距離がある、ということかもしれないのだ。正確なたとえかどうか不安ではあるが、秋田弁と山形弁ではなく、津軽弁と南部弁のような関係なのかもしれない。
 Wikipedia を見ると、なかなか複雑な話のようである (イタリアイタリア語)。

 春先、本屋に行ったらその『神曲 (しんきょく)』があったのだが、それがなんと音楽雑誌の棚。
「曲」だから単純に音楽関係だと考えたんであれば、一般の人ならともかく、本屋にしては恥ずかしい間違いだな、と思ったんだが、あとになって『神曲たち (かみきょくたち)』という歌があることを知った。
 だとすればもうちょっと間違いの原因がわかりやすくなるが、表紙を見たら全然違うってことには気づくはずだよなあ。
 小説自体は、「はぁさいですか」って感じのものだった。中学生のときに県立図書館で厚くて大きなのを見つけて何度かトライしたものの常に「地獄篇」で挫折していた。大人になったらわかるのかと思ったら、全然そんなことなかった。きっと当時の当地のことをわかってないと難しいんだと思う。

 尊重って点で言ったら、乗り込んだ男もそうだろう。「各地で違う」ということがわかっていれば、秋田以外の場所で秋田弁を使ったら通じないってこともわかるはず。「秋田弁ですか」がニュートラルな言い方であれば、という条件つきで、怒るのは間違い。
 これだって、酔ってなかったらわかったかもしれない。

 内館氏は特に気にしていないようなのだが、俺はこれを書いたスポーツ報知の締めが引っかかる。
 警察の担当者が、秋田弁はわからない、と言ったと書いたあとで、「(その言葉が) ちなみに独特のアクセントをたっぷりと含む栃木のお国言葉だった」としている。
 俺には揶揄に見えるんだが。
 新聞がこういう状態。他者の文化を認める、なんてとてもじゃないけど望むべくもないんじゃない?
 尤も、こないだの「みんなで日本 GO!」でやってたけど、長嶋茂雄の引退のときの台詞「永久に不滅です」を、最初に間違って「永遠に不滅」ってやらかしたのは報知らしいから、ああそんなもんだろうね、って思わなきゃいけないのかな。
 大体、「秋田弁」を「あぎだ弁」って書いてる時点でアウト。




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