小説を三作ご紹介。
いずれも、地方を舞台にしながら、方言がさほど効いていない、というもの。まぁ、必ずしもケチをつけているわけではない。
まずは秋田から行こう。
『湯沢物語』
安倍彩矢
秋田文化出版
いわゆる「ラノベ」、ライトノベルである。「秋田発 (初)?」だそうである。
主人公は魔法使い。と言っても、何かに変身したり呪いをかけたりするわけではない。普通にオンラインショップの社員をやっている。だが時折、精霊の世界に行ったりする。メイドになったりもする。
というあたりで、苦手な人もいるであろう。実は俺もそう。
そもそもラノベが苦手。これまで何冊か読んだが、どれもこれも体質に合わず。この小説は一人称形式だからまだしも、三人称形式なのに、台詞と地の文の文体が同じ、というのにはどうしてもついていけない。その上、メイドとか言われても。いや、テレビの「メイド刑事」は見たが。
題名の通り、舞台は
湯沢市と隣の羽後町だが、秋田弁を話す人物は一人も登場しない。「〜と秋田弁で言った」というような箇所はある。作者の趣味かもしれないが、魔法使いやラノベと秋田弁は合わないのかもしれない。でも、「魔法遣いに大切なこと」は遠野が舞台だったり、主人公が北海道出身だったりしたらしい。まぁ、あれが「ラノベ」と地続きかどうかは問題かもしれないが。
『湯沢物語』の方は現在も連載中だそうである。
なお、
羽後町は例の萌えイラスト米等で話題である。
『
ニホンブンレツ』
山田悠介
文芸社
日本が東西に分裂して争っている、という世界観。広島出身の主人公は横浜で教師をしているが、故郷の両親と恋人のことが心配である。そんなとき、西日本の基地を攻略するため召集されて、という導入部。
これも、主人公の故郷の言葉である広島弁はどこにも出てこない。辛うじて、大阪弁の人物が数人いるだけである。ただし、広島弁を話している人がいないことについては、ストーリー上、その理由がないこともない。
不思議なことに、西日本の人たちは、東京弁がベースにあるはずの (我々が知っている) 標準語を話している。敵国の言語だと思うんだが。
話はスルっと終わってしまう。物足りない。まさにライトなノベル。
『
プリンセス・トヨトミ』
万城目学
文藝春秋
面白い。
帯の紹介は、「五月末日木曜日、大阪全停止」とある。
大阪が、「プリンセス・トヨトミ」のために、全機能を停止するのである。それがどういうことかは読んで欲しい。
そのきっかけを作る会計監査院の副局長が「松平」という姓であったり、大阪側の登場人物が真田や蜂須賀、竹中、黒田などお遊びも効いている。
東京から来た会計検査院の人たちは別だが、登場人物たちは、それが当然であるかのように大阪弁を話す。そのせいか、生き生きとしている。作者が大阪出身であることも大きいだろう。
「方言千夜一夜」としては残念ながら、特別、目新しい表現は見つけられなかったが、読後感としては満足である。夜中の一時まで読みふける価値は十分にあった。取り急ぎ、テレビドラマにもなった『
鹿男あをによし』を手配してみた。
方言から目を離せば、会計の検査を受ける方が「ですから」と説明を始め、検査する側が「しかし」と否定する、というやりとりは面白かった。
最後のひっくり返し方も巧い。
今の大坂城を作ったのは徳川だ、というのにはびっくりしたが。
方言が登場する小説はいくらでもあると思うが、それの使われ方は千差万別。
今回、地域が主題になっているのに方言が登場しない、有機的に使われていない例もある、ということが確認できたわけだ。小説である以上、言葉にはかなりの注意を払っているはずだが、それが方言に及ばないケース。
それが作品の雰囲気を損なっていないのだとすれば、方言ってさして重要なものではない、ということになるのかもしれない。
あるいは、それこそが言葉の持つ力だ、ということになるのか。