Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第657夜

変容する日本のことば (後)



言語』の特集「変容する日本のことば」から。

 西岡敏氏の「琉球語の危機と継承」で、最初に驚いたのは、沖縄県の人口が 150 万程度である、ということ。Wikipedia で確認したら 140 万だったが、秋田県はこないだ 110 万を切ったところである。
 一方、手元にある 1980 年の地図帳によれば沖縄の人口は 110 万人である。ものすごい勢いで増えてない?
 島ごとに言葉が違うのは想像に難くないわけだが、「多様性こそが消滅への道筋を準備した」というのには若干、胸の痛みを感じながらも頷かざるを得ない。
 言葉の多様性は、たとえば地域ごとの食生活の多様性とは意味が違うのである。方言愛好家の発言がどうしても内向きになってしまうのはしょうがないことなのかもしれない。
「ウチナーヤマトゥグチ (文章中の表現を借りれば、『沖縄語の干渉を受けた日本語』)」が今や若年層世代の共通語である。当然、老年層はそれを沖縄語でも日本語でもないものとして低く評価する。
 若年層も伝統的な沖縄語を使いたいと思っているのではあるが、敬語体系の複雑さが障害となる。老年層と失礼のない会話をするには「日本語」を使わざるを得ないという皮肉な構図があるのだそうな。
 秋田ではこの構図は必ずしも当てはまらない。なんせ体育会系よろしく「」を挟めば敬語になるのだから難しいことはないのだが、だからと言って若者達が伝統的な秋田弁をしゃべっているわけではない、というところにはまた別の問題があるのであろう。
 俺は多分、主たる秋田弁話者である老年層が、若年層から見て魅力的に映ってないからではないかと思う。それは逆もそうなんだろうけど、お互いにコミュニケーションをとる必要を感じないから話をしない、したがって、若年層が秋田弁に触れる機会が少なくなる、ますます話しづらくなる、そんなところじゃないんだろうか。

 井上文子氏の「関西における方言と共通語」。
 大阪弁が有力方言だというのは結局、大阪が有力な地域だ、ということである。結局、大阪弁自体の力ではない。それは、言葉に優劣はない、ということの別の表現だ。
 である以上、東京や大阪などのように大都市という裏づけのない他地域の方言、もっと細かく言えば、ある県の一部で使われる方言が衰退していくのは止むを得ないことなのかもしれない。
 大阪の人間はどこに行っても大阪弁で通す、というようなことはよく言われる。この文章ではそれを、大阪弁 (和歌山や奈良を含む近畿としているが) で生活が成り立つ、つまり、他地域のように丁寧表現として標準語を使う必要がない、ということに求めている。「方言と丁寧方言」と表現しているが、それは面白いと思った。
 大雑把には、敬語表現の豊富さは西高東低なんだそうである。だとすれば、それは、東北弁が標準語に押されてしまう理由のひとつなのかもしれない。

 八亀裕美氏の「日本語の多様性が教えてくれるもの」。
 方言の記述の最終目的は、珍しいものの蒐集ではない、という言葉は耳が痛い。だって、ほかと違うところを書くしかないんだもの、俺みたいなのは。それを含めて全体を記録して残す、そこから普遍性を探り出すというのが研究者の観点なんだろうね。
 この文章では、形容動詞の話が面白かった。
 日本語には形容動詞という品詞があるが、熊本の一部では形容詞と形容動詞の間に線が引きにくいらしい。明らかに形容動詞らしい活用をする語はごく一部だそうだ。
 前にも書いたような気がするが、形容動詞などという品詞を立てるのは間違いだ、という説もある。そういう点が方言から見えてくるわけ。
 東日本方言をベースとする標準語には完了と進行のアスペクトの区別がない*1ことも書かれているが、もし一本化されてしまったら、そういうところを研究する術も失われることになるわけ。

 全体として、方言の将来については悲観的である。なくなるって前提で書いてない? って気までする。
 しかしながらそれもまた事実。ここに書いている人たちの立場からすれば、方言愛好家達の活動は必ずしもプラスに作用していない、ってことかもしれない。
 でもいきなり画一化されることもない。最初の佐々木氏の言葉を借りれば、その多様性は位相を変えて存在していくことになるのだろう。
 それは、つぶれそうになった会社が資本関係をとっかえて「○○新社」としてよみがえるのと似たようなもんだろうか。あるいは、そこをやめた人たちが別の会社を作ったくらいに違うものなんだろうか。



*1
「今まさに降雨中」も「気づいたら路面がぬれている。今は上がっているが、さっきまで降雨中だったことがわかった」も「あ、雨が降ってる!」と言う。 (
)





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