靴下にまける皮膚の話、もう少し。
汗疹
(あせも) じゃないようだ、ということは書いたが、汗疹の俚諺形を調べた人がいる。
岡山大学には研究成果の
リポジトリがあり、多量の論文が PDF の形で公開されている。太っ腹である。そのうちの一つが、「
あせもの語源と方言分布」。
折角公開してくれているのだから、詳細は現物を読んでいただくとして、多くの語を集め、多くの説を検討している。似た音を持つ「馬酔木」と比較しているのも面白い。
ネットではほかに、「汗物」「汗いぼ」などの説が見つかる。
ところで俺の MS-IME、「あせび」で変換しても「馬酔木」が出てこない。「あしび」だと出てくる。
だが、大辞林や大辞泉によれば「あしび」は伊藤左千夫の短歌雑誌もしくは水原秋桜子の俳句雑誌の名前であって、植物の名前は「あせび」が本来の形らしい。
つまり、「あしび」で「馬酔木」が出てくるのは構わないが、「あせび」で出てこないのはおかしい。
まぁ、IME の辞書の登録基準なんてそれほどかっちりしたものではないんだろうけどな。「これないの?!」って思うことはしょっちゅうだし。
では、かぶれたのか。
「かぶれる」のうち、皮膚疾患と精神汚染の意味のどちらが先かと言うと、前者。
大辞林は、「漆・薬品などの刺激で、皮膚に炎症や発疹が生じる」の例として俳句を挙げている。しかし、「気触れる」という表記は、精神汚染が原義ではないかと疑わせるものがある。
「
かせる」という形が、群馬、栃木、千葉など関東で見られる。
実は『秋田のことば (秋田県教育委員会編、
無明舎出版)』にもあって、「悴す」という古語がある、と書かれている。手元の古語辞典では、「悴す」はなかったが「悴せる」はあった。「ひからびる」という意味らしい。ここから「悴せ」という接頭辞ができて、「悴せ侍」など、貧弱、貧乏という意味に使われるのだそうな。漢和辞典によればこれはやせ衰えるという意味の字。
貧乏はともかく、かぶれた部分は生気を失って見える、というのが『秋田のことば』の解釈。
前に『秋田のことば』は網羅性に欠ける、と書いたが、この「
悴しぇる」が標準語形訳索引でどう載ってるかというと「
植物にかぶれる」である。どうやら、語釈をそのまま索引に持ってってるらしい。道理で標準語形から探しても見つからない語が多いわけだ。
今回は「皮膚」の方向で広げてたらたまたま見つけた。「
悴しぇる」なんかは「かぶれる」で引ける様になってないとだめだろう。編集した県教委がマヌケなのか、索引にかけられる金がなかったのか。
そうかと思うと、「
今夜はなまらナイト」の「
んだ辞典」に寄れば、山形の置賜では「
かびる」だとか。最上の「
かぶける」は耳にしたことがあるような気がする。
「
かぷける」という形もあったような気がする、と思って『秋田のことば』にあたったら、これは「黴る」という意味だった。おいおい。なお、これは宮城でも言う。
冒頭で書いたように「負ける」という言い方もあるようだが、「
うるしまけ」の変形はあちこちにある。大分の「
はじまけ」は「櫨
(はぜ)」の木にかぶれること。
感覚的にはよくわかるが、これを「勝ち負け」の「負け」で表現しようと思った人のセンスには尊敬の念を覚える。
金沢では「
かめる」と言うそうな。「まける」の音交替 (ローマ字表記の‘k’と‘m’を入れ替えるとこうなる) というよりは「かぶれる」の変形だろうな。
面白いのは京都府綾部市の物部というところで使われている「
かぶれる」で、「
物部町の方言」によれば、「混ぜご飯や煮物の味が良く付いている」という意味だそうである。
ほかの地域の例は見当たらなかった。「まみれる」を「
まぶれる」という地域はある。「まぶれる」と「かぶれる」が似てるかっつーと大いに疑問だが。
そういや数年前、水いぼにかかったことがある。
子供がかかる病気らしく、医者では「お子さんにうつされましたね」と言われたが、俺には子供も孫もいないのでそれはない。結局、感染ルートはわからないままである。
一昨年くらいには脇の下が炎症を起こして同じ医者の勧めで毛を剃ったこともある。剃ったときはいいが伸び始めにはチクチクと刺さって割と痛かった。
俺、実は皮膚が弱いのかもしれない。