Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第647夜

忙中有漢



 現在の職場には、派遣契約で行っているのだが、月当たりの金額は基本的には固定である。ただし、労働時間には上のラインと下のラインがあって、下のラインを切るとペナルティが課され (つまり減額され)、上のラインを超えると割増となる。尤も、ペナルティや割増をくらうのは俺ではなく俺が籍を置いている会社なので、どうでもいいと言えば、どうでもいい。
 実際には上のラインを超えることは滅多にないのだが、今月はあっさりそれをクリアしてしまった。多部未華子目当てに見始めた「つばさ」も途切れ途切れとなり、脱落しそうな勢い。
 まぁ、「忙しい」って口にするのは恥ずかしいことだとは思うんだけども。

「忙しい」を『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』で探してみたのだが、「忙しそうに動き回る」という意味の「したくためぐ」「ちゃかちゃかめぐ」があるだけだった。これは語感でもわかると思うが、体が実際にバタバタと動いている「忙しさ」であって、退社・帰宅時間が遅い、という意味の「忙しい」とは意味が違う。

 とは書いてみたものの、そもそもこういう場合、「忙しい」というのはちょっと違うのかもしれない、という気がしてきた。
 会社員の退社時間が遅いのは確かにやることが多いからであって、昼間はおそらくバタバタしているのであろう。だが、それを目にしていない人、例えば同居人から見たら、それは「忙しい」と言うべきではないのかもしれない。
 今月の俺の場合、やることが多かったわけではなく、ソフトウェアで発生したトラブルの原因がわからず一進一退どころか一歩も進まない、という状態が続いたせいでこうなってしまったので、そういう意味でもやっぱり「忙しい」というのはちょっと違うと感じる。

「忙しい AND 方言」でググってもほとんど例が見つからなかった。日本人は忙しくないのか?
 辛うじて、方言辞典で引いた人の記事が見つかったが、それをここに書いても単なる孫引きになるだけなのでやめておく。ただ、「せからし」があったのは、へぇぇ、という感じだった。宮崎あたりでは、「うるさい」「邪魔だ」に相当する単語である。

 音が似てる単語を思い出したが、秋田弁の「しょわしね」は「落ち着きがない」という意味である。「せわしない」だ。強調するときは「しょわっしね」となる。

「『忙しい』は、心を亡くすと書く」とよく言われる。これ、説教好きのオッサンが考えたことかと思ったら、本当にそういう意味の会意文字だった。ちぇ。
「怱」という字もある。下は「心」だからいいが、上の「匆」がわからん。桟のついた窓らしいのだが、それがなぜ「忙しい」という意味を持ったのかわからない。手紙の末尾にくっつける「草々」は「匆匆」とも書くそうだ。
 それにしても、「心を亡くすと書く」って解釈はなんか方向が逆の様な気がしないこともない。
 確かに、「忙しい」ときは「心を亡く」してるかもしれないが、「心を亡くしている状態」と言われて「いそがしい」は出てこないと思う。

 んじゃ逆は、ってことで、「暇」をググってみたが、「暇なので自分の方言について」なんて文章が山ほどヒットする。さらに、ウェブの質問用掲示板の類で、「〜の方言について、暇なときに教えてください」も山ほど。で、捜索断念。
ひまづれ」って単語を聞いた記憶があるのだが、ちょっと説明できる自信がない。
 これが「とぜんだ」「とじぇね」になると「徒然」で、暇だというより、退屈だということ。

 英語だと“busy”なのは言うまでもあるまいが、“business”がこれと同系の語であることもまた説明の必要はあるまい。尤も、「忙しいこと」という名詞は“busyness”と綴るのだが。
 フランス語では“occupe”となる。あれ、と思って英和辞典で“occupy”を調べてみたら、“be occupied”に「忙しい」という意味があった。俺の現状はこれに近い。時間が仕事に占められてしまっている。
 脱線すると、「職業」は英語で“occupation”である。どうも欧米の忙しさは仕事と密接なかかわりを持っているようだ。

 俺の忙しさはいわゆる「百年に一度の不景気」のせいである。
 不景気ゆえ人が減らされたのだが、仕事の量はさほど減っていない。その分は残った人がかぶるわけである。仕事があるだけいいじゃん、という声が聞えてきそうではあるが、ものには限度があろう、という気がする。

 では、忙しいのでこの辺で。




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