Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第644夜

言わないかもしれない方言



 今年になってから本や雑誌から借りてばっかりだが、それは俺自身のネタ切れであると同時に、方言が取り上げられることって結構多いな、ということでもある。
 今回は、『言語』4 月号の特集「対話の方言学」。
 どういう特集かというと、普通、方言ってことで地域差の話を始めると、ある地域ではこう言う、別の地域ではこう言う、ということに注目しがちで、この地域ではそういうときには特になにも言わない、というようなことは見落とされることが多い。そういうのに限って、「○○弁ではなんと言うんですか」なんて聞かれてちゃんと答えられなかったりする。そこにフォーカスをあわせた特集である。

 最初の、「再検討・日本語行動の地域性 (西尾純二)」では、家族に醤油差しをとってもらったときのことを調べている。
 家族だけにその程度のことでは一々お礼など言わない、ということもあるだろうが、義父・義母となるとちょっと違う。関西では、そこで礼を言わない、という回答は皆無に近い。
 じゃ、東北では礼を言わないってことなのか、というとそれは単純が過ぎるわけで、東北では、そもそも義父・義母にそんなこと頼まない、という回答が多いのである。この辺りが、今回の特集のポイントであろう。
 また、都会と田舎で違う、ということも方言で持ち出される尺度だが、それはどうやって線を引くのだ、という問題がある。この文章では、自治体の広域化に伴って人口の多寡は必ずしも都会かどうかの基準にはならないとしている一方、地下鉄の有無を提案している。これは有効だろう。

 沖裕子氏の「発想と表現の地域差」という文章があるが、人の荷物を持ってやろう、というときになんと言うか、ということを「方言文法全国地図」で調べている。それによれば、「持たしてもらう」というような形式は近畿に固まっている。テレビや映画などのイメージからもそういう感じがする。
 つまり、「お持ちしましょう」と「持たせてもらいまっさ」とでは、表面的な形だけでなくそもそもの構造が違っている、ということには、なかなか意識が及ばない。
持たしてもらいまっさ」を分解してみれば、それがかなり複雑な構造であることがわかる。そこにも地域差がある、ということで、例えばこの形式が主流の近畿圏出身者がほかの地域に行き、標準語に直訳して「持たせてもらいます」と言ったとすると、「そこまでへりくだらなくても」というような反応をされる可能性がある。これが「気づかない方言」であることにも触れられている。

「注意喚起時における言語行動の地域差と場面差 (岸江信介)」では、工事中の道路に入り込んでしまった人にどう言って注意するか、ということを質問している。
 面白いのは、相手が「おじいさん」の場合は丁寧体、「後輩」に対しては方言で、という傾向が見られることである。これが、一般的な方言使用頻度の逆になっていることに注目したい。
 これは、標準語が敬語の一形態である、ということの現れである。つまり「おじいさん」というのは、知らない人であると同時に敬意を表すべき相手なのだが、それに対してくだけた表現である方言を使うのははばかられる、ということなのだ。
 相手と同じ表現を使うのが親密度を示す手段だということも考えれば、方言使用頻度の高い老人層に対して標準語を使う、というのは正しい方法なのかもしれない。
 一方、そのことが老人達をして、最近の若い者は方言を使わない、と感じさせる原因になっていたりはしないだろうか。

「方言談話における会話方法の地域性 (久木田恵)」は、話の進み方について。
 関西では、一つの話を参加者で作り上げていく感じらしい。いわゆる「ボケ」と「ツッコミ」の関係である。
 関東では、自己主張と同意・確認で構成される。
 北東北の、「依りすがり」というのがはっきり理解できなかったのだが、「〜だもん」というような形で相手に理解してもらおうとする、というようなことだろうか。

「対話における無助詞化の地域性 (阿部貴人)」では、例えば「ご飯を食べよう」の「を」を落として「ご飯食べよう」というかどうか、ということを調べている。
 既に、名詞と動詞が隣接している場合や、砕けた場面では落ちやすいことがわかっているそうだが、これにも地域性があるらしい。
 正直なところ、数字ばかりで具体例がないのでピンとこない。こういうことがあると、俺も歳をとったなぁ、と思う。

「談話の音声的変種の地域性 (齋藤孝滋)」は、話す速度を調べている。
 くだけた場面では、言語形成期の居住地が東京から離れているほど遅くなるが、あらたまった場面ではそういう差が見られない、というのが面白い。後者はある程度の歳になってから教育を受けるものだからであろう。
 ただ、田舎の会話が遅いのはなんでか、本当に田舎は遅いのか、ということには触れられていない。

 こういうのは「方言辞典」には載らない。
 面白かった。特に醤油差しの話が。




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