Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第617夜

東北弁綿棒 (前)



 こんなのを見つけた。
 ジャン、東北弁綿棒。
   
 方言研究の世界では「方言グッズ」は重要なマテリアル。
 が、普通は土産物屋、駅・道の駅・高速道路の売店なんかにあるものである。食品だと地元スーパーに置いてることもある。
 が、この「グッズ」、D.I.Y. ショップで売られていた。なんせ綿棒という生活用品だから当然であろうが。
 作っているのは大阪の山洋という会社。どうやら綿棒一筋の会社らしい。
 個人ユースとして耳掃除、化粧というのは当然だし、医療用というのもわかる。でも工業用って何、と思って見てみたら、ハードディスク製造技術を支えている、とか書いてある。「コットンが膨張しません」ってあるけど、それってつまり水分を吸っても膨らまない、ってこと? すげぇじゃん。販売店のサイトに行くと、綿棒の寸法図まである。びっくりというか感動というか。

 で、この「東北弁綿棒」。
 軸に東北方言とその標準語訳が書かれている。まぁ、モノがモノだけに字が小さい。ちょっと年配の人には辛いサイズであろう。俺のカメラには接写機能がないのでこんな感じになってしまうが、雰囲気はわかってもらえるだろうか。
   
 110 本入りで、方言は 28 種類だそうだ。
 早速、全部開けて数えてみた。27 種類だった。どこかが一つ足りない。あるいは数え間違ったか。上に年配どうこうと書いたが、最近、細かい作業が苦手になってきて、それを数えている間も何度も落としたりしてイライラするのしないのって。コロコロ転がっていきやがるしよ。
 というわけで、この綿棒をネタにする。

青森
な、どさいぐ? ゆさ。
あなたどこへ行くの? お風呂に行ってくる。
 これは外せないだろうなぁ。
」は「汝」で、古語辞典にも載っている。
 と書くと、田舎に昔の由緒ある言葉が残っている、ということになるが、「」の場合、変化のしようがなかった、という側面もあろう。落とすところないもの。
 訳では「あなた」となっているが、どっちかっつーと、「おまえ」とかに近い。古語辞典には、「目下のもの、親しいものにもちいる」とある。

りんごはまでに、かねばまねよ。
りんごはきれいに食べないといけませんよ。
 ちょっとニュアンスが不明だったのでググってみたのだが、「までに」を解説しているページは少ない。辛うじて「丁寧に」というのがいくつか。
 で、お隣のことでもあるし、秋田弁だとどうか、ということで手元の辞書で調べてみたが、やっぱり「丁寧に」とある。
『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』は「真手」説。これは「両手」という意味で、これも古語辞典に載っている。片手でやっつけるのではなく、両手でちゃんと、ということから丁寧になった。
『語源探求 秋田方言辞典 (中山健、秋田協同書籍)』は「まっとう」説。「真っ当」とも書くが、「全う」くらい登録しておけよ、Microsoft. なお、「真手」は「全手」とも書く。
まね」は「まいね」で「だめ」。これも津軽方言の横綱。

きなぬぶたさいってきたね
昨日ねぶたまつりに行ってきたよ
「ぬぶた」はタイポだろうなぁ。今時のネット ジャーゴンじゃあるまいし。*1

岩手
湯っこのあどは綿棒でスッキリ!
温泉の後は綿棒でスッキリ!
この綿棒いいって んがさへったべな!!
この綿棒良いってあなたに言ったでしょ!!
 ご愛嬌である。この、綿棒を使った表現は他にもいくつかある。
湯っこ」がはたして「温泉」とイコールなのかどうかは疑問。まぁ、これは、どっちを訳文と見るかによるのか。
んが」も東北の広い範囲で使われる二人称。これはどうやら「な」の変化らしい。あれ、変化してるじゃん。孫引きだが、『日本方言大辞典』では「うぬ」と見ている由。これも「な」かもしれないんだけどね。
 で、エクスクラメーション マークが二つもついてることでわかるように、これは割とケンカ腰の発言。「あなた」という訳ではあるが、「お前」「貴様」「てめぇ」みたいな感じ。親しくない人に向かって使ってよい言葉ではない。
へる」は「言う」なのだが、『語源探求 秋田方言辞典』によれば、同じ言葉らしい。「ユウ」が「ヒュル」に変化してハ行動詞となり、「へる」となった。
 秋田には「言う」を「しゅう」と表現するところもあるが、ハ行とサ行は近い音なので、これも「ヒュ」からの変化と考えることができる。へぇ、そうだったのか。

てづびんで、めーおじゃっこ飲めじゃ
南部鉄でおいしいお茶はいかがですか?
おじゃっこ」は「おぢゃっこ」じゃねぇかなぁ。
てづびん」も「南部鉄」になってしまってるし。
 まぁ、こういうタイポはよくあることだから目くじらを立てるには及ばないが。
「鉄瓶」はヤカンのことだと理解しているわけだが、これって「瓶」?

宮城
なんだい、仙台七夕祭りまぼいごだぁ〜
ロマンチック仙台七夕祭り
 うーん、「まぼい」がわからない。
 のでググってみたが、どうも「かっこいい」と説明しているページが多い。「まばゆい」の変化したもの、という解説も見かけた。いずれ、山車をぶつけ合う角館の祭りとかならともかく、仙台七夕とはフィットしない感じがする。
 ただ、「マブい」という言葉はある。どうやら同じ言葉らしいのだが、これはちょっと悪い感じの隠語っぽい雰囲気があって、美人を形容する言葉のはず。だとすると、「ロマンチック」からまるっきり離れているわけでもないことになるが。
 訳文からは「なんだい」が完全に落ちている。おそらく間投詞だと思う。

牛タン! いぎなしうめぇぐねぇ!
牛タンはすごくおいしい
うめぇぐねぇ!」は「うめぇぐねぇ?」だと思うがどうか。“!”だと否定しているように読めるぞ。
 この「いぎなし」「いきなり」は、宮城の方言。「突然」のような意味はなく、ストレートな強調。同形の語が標準語にあるため、「気づかない方言」の一つ。

日本三景 松島の景色はいやんばいだなや
日本三景 松島の景色はやすらぎます
 すげぇ意訳。「いやんばい」は「いい塩梅」。

 今週はここまで。




*1
 似た字、近い字、あるいは誤変換で出てきた字をそのまま使う、という表現形式がよく見られる。「中学生」をバカにした表現の「中坊」を「厨房」としたりするが、「ネコ」のことを「ヌコ」と書いたりする例もある。 (
)





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