Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第602夜

使えねぇ電話



 電話を買い換えた。
 別に壊れたわけではなく、ナンバーディスプレイを導入しようと思ったのだ。
 東京にいた頃、営業電話に閉口して、留守番電話機能で相手が誰かを確認してから出るようになったのだが、秋田に帰ってそういうのが激減してからも*1長らくそれを続けてきた。俺に用があるんなら何か録音するだろ、という不遜な態度である。事実、親には評判が悪い。
 その FAX 兼用機は呼び出し音がやたらと大きく、夜に鳴られると飛び上がってしまうくらいなので、音を出さないようにしてある。したがって、何も吹き込んでくれない電話には、俺の耳が電話機内のリレー*2の音を検知しない限り気づかない、という状態なのだが、最近、意外に頻繁に電話が来ている、ということに気づいた。その大半は、「ただいま留守にしております」というアナウンスが流れると黙って切れるのでおそらく営業電話だろうが、ひょっとしたらそうじゃないのもあるのではないか、と思い始めた。アパートの大家が留守電を嫌っているのもわかっている。ここは、別の手段を講じる必要があるだろう、と考えた。
 ナンバーディスプレイはデジタル回線じゃないと使えない、という記憶もあったが、調べたら、そういうこともない、ということがわかったので、文庫本より一回り大きいくらいの通話専用機を買った。
 本体が小さいのはいいが、受話器が小さいのはちと困る。俺の携帯電話より小さい。これでは頬と肩の間に挟むことができない。

 電話と言語といえば、「もしもし」が「申す申す」の変化したものである事は有名だろう。いや、別に電話にしか使われない表現じゃないけど。
 北日本の一部では、「はい、○○です」と電話に出るとき、「〜でした」と言う、というのもある。これも、電話に限った話ではない。

「北日本」ってのも不思議な単語だよな。新潟や北陸を指したりして、必ずしも「日本の北の方」じゃないもんな。雪国ではあるけど。多分、「北陸」ってのは京都から見て北、って意味だと思う。
 現在の「東北」は、当時は「奥地」だ。*3

「電話 AND 方言」でググると、「実家に電話をかけると方言が出る」のほかに、「電話での方言は聞き取りにくい」という話題が多い。確かに、方言に限らず、慣れていない言語や相手の発話は、電話では聞き取りにくいことがある。
 ことに困っているようなのは、企業のクレーム窓口の人。
 コールセンターの誘致なんてのは時々話題になるが、そういうところは全国からの苦情を一手に引き受けている。ただでさえ聞き取りにくい音質で、全国の方言を相手にしなければならないのに、なにせクレーム窓口だから、電話をかけるほうは興奮している。聞き取りにくいであろう、ということは想像に難くない。ご同情申し上げる。
 色々と読んでみたら、「その出身地の同僚に回す」とか「地元の代理店に振る」とか、色々と知恵を働かせている。全国の方言を全て理解するなんて不可能だから、そっち方面に進むしかないだろうな。

 そういう人たちに対するアンケートを見つけた。
 中に「方言での電話がかかってきました。方言で返すのはマナー違反だと思いますか?」という問いがあった。YES/NO が見事に半々である。
「誤解を招く恐れ」というのは当然だとしても、「ビジネスでは標準語がマナー」というのと「お客様の適応しやすい言葉で応対することも必要」というのは両極。でも、どちらもわかる。
 確かに、ビジネスの場面というのは基本的に標準語であろう。同一県内だけを相手にしていたとしても(今やちょっと考えづらいが)、おそらくそう。一県の中にも地域差があるというのは勿論だし、そもそも「仕事中」というのは、日常会話よりも文体が一段階、高い。方言丸出しというのが憚られる状況だ。そんなところにベタな方言を持ち込むなよおい、というのは一理ある。
 一方で、全く知らない相手ならともかく、付き合いの長い相手の場合、多少、くだけた表現になったっていいじゃない、ということはある。あるいは、クレーム処理の場合、方言を使って相手との距離を縮めたり、イメージを借りて誠実さをにじませる、というのも有効な対処方法であろう。
「ビジネスライク」という言葉はあるが、その辺、定規で図るようなわけにはいかない。
 例えば、電話番。取ったら相手の名前を確認するのが常識、それをしないで単に担当者につなぐのはバツ、と言われるが、偉い人の中には、名前を聞くと「俺を知らんのか」とばかりに怒り出す人がいる。つまり、これは「名前を聞いてはならない」ケース。ビジネスだって 言語と同じようにアナログな面はあるわけだ。
 ということを考えれば、「電話で方言――」という問そのものが大雑把過ぎるのであり、答えが半々になるのは当然の結果なのだ。

 さて、新しく買った電話機には電話帳機能がある。ナンバーディスプレイとは言いながら、番号よりも名前が表示されるほうが便利だ。そう思って、しばらくいじったのだが、エラーばっかりで一向に登録できない。
 マニュアルを読んだら、電話帳登録は子機じゃないとできないことがわかった。なんじゃそりゃ、と思いつつも、できないのならどうしようもないので、使うつもりのなかった子機に電池パックを入れて登録。ところが今度は、親機に電話帳データを転送できない。
 もう一遍、マニュアルを読み直したら、そもそも親機では電話帳機能そのものが使えない、ということがわかった。
 まさに、「使えねえ」機械である。久しぶりに買い物でヘマこいた。




*1
 渋谷のマンションを買いませんか、という電話が来たことがある。そのときは「ここは秋田だ!」と思ったが、今にして思えば、あれは投資目的の勧誘だったんだろうな。 (
)

*2
 電子部品の一つ。コイルのそばに金属片を置き、そのコイルに電気を流すことで電磁石にして金属片を動かし、それをスイッチとして使う。微弱な電気で大電流を制御できる。動いたときに、金属片がコイルにぶつかる小さな音がする。(
)

*3
 「むつ」と言えば意味は隠れるが、字は「陸奥」である。 (
)





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