Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第586夜

ホテルジューシー (前)



 ここ数年、坂木司に入れ込んでいる。
 知らない人のために解説すると、小説家である。年以外は一切秘密の覆面作家。
 ジャンルは…難しい。デビュー作の『青空の卵』は「ひきこもり探偵シリーズ」と呼ばれるシリーズの第一作だが、その名の通り、ひきこもりの青年と、彼の唯一の友人が、日常生活の謎を解き明かしていく、という「安楽椅子探偵」の話。
 なお、Wikipedia には「日常の謎」という項目が立てられており、ミステリーの一ジャンルとして成立していることがわかる。殺人事件だけがミステリーではなく、ある人がそのような言動をしたのはなぜか、ということを追求していく、というような分野もあるわけ。
 ついでに脱線すると、「安楽椅子探偵」というのは“armchair detective”の訳語で、自分は外に出て行かず人から聞いた話だけで (あるいは人に調査や確認をさせて) 事件を解決する探偵、その探偵の物語のことである。
 確か、ラジオの一コーナーで、最近のお勧め、と言うようなことで、「ひきこもり探偵」「覆面作家」というようなことを聞いて、試しに一冊、と思ったのが運のつき。基本的に悪人が登場しない世界観で、ときおり涙腺を緩ませるような話でありながら、人の気持ちをザクっとえぐっていく感じにバコっととりこまれてしまい、シリーズ続刊を二冊、そのシリーズ終了後、『切れない糸』などの新作をおいかけつつあっという間に 5 年が過ぎ、気がつけば全部持っている、という状態。

 この『ホテルジューシー』は、那覇の小さなホテルが舞台で、主人公は、そこへアルバイトするにやってきた女子大生、柿生浩美。
 そういえば氏の作品で舞台が東京じゃないというのは初めてかもしれない。
 そのせいかどうか、作品中は琉球方言が乱舞する。
 ただし、その大半が食い物関係。沖縄だから、ということもあろうが、話の中で食い物が重要な役どころを演じる、というのは氏の特徴の一つである。
 それを見て行こうと思う。
 なお、説明の必要上、ストーリーに触れることもあるので、これから『ホテルジューシー』を読もうと思っている人は、俺の文章は後回しにすることをお勧めする。

 なお、標準語と琉球方言の音韻は規則的に対応する。多少のブレを無視すれば、標準語から琉球方言へは機械的に変換可能である。詳細は Wikipedia にでも。
 
 まず登場するのは「サーターアンダギー」。沖縄風ドーナツである。「サーターアンダギー」は、「砂糖」+「油」+「揚げもの」らしい。「砂糖天ぷら」という呼び方もある由。
 どうせなので、お菓子から紹介していくことにする。「チンビン」は沖縄風クレープで、「煎餅」。小説中では、この中に色んなものを入れている。
 沖縄風お好み焼きは「ヒラヤーチー」、「平焼き」ではないかと思ったが、どうやら当たりらしい。
ちんすこう」は有名か。なんか見た感じは、サブレっぽいけど。「金楚 [米羔]*1」と書く。「き」が「ち」になるのは上に書いた通りなので納得するが、その「金楚 [米羔]」というのがどういう意味かは不明。
「ブリトー」も登場する。え、これって沖縄料理なの、と思ったが、調べてみたら違うらしい。もともとはメキシコのもの。その証拠に、「ブリトー AND 沖縄」で検索すると、どういうものなのかという説明がほとんど出てこない。ただ、沖縄で広く食べられているのは確からしい。
 俺はまだ食ったことがないが、セブン-イレブンの CM は強烈に印象に残っている。最初は、知り合いが真似をしているのを聞いて、こいつは一体なにをやっているのだ、と思ったのだが、CM で「ブリトー」と低い声で歌うのを聞いて、あぁこれがそうだったのか、という話。でもそれは年号がまだ昭和で 20 世紀も一割以上残っていた頃。この小説の主人公は、ブリトーなんか知らなかった、ということでちょっとしたショック。
 気になったのは、ばぁさんが使っていた「フレンチフライ」という言葉。マクドナルドのポテトフライのことなんだが、これって、あんまり一般的な呼び方じゃないと思うんだがどうか。やっぱり沖縄風?

 食ってばっかりだと喉が渇く。
セブンナップ」は“7up”と書いたらわかる人もいるだろう。
 Google で「セブンナップ」と入力すると、「もしかして:セブンアップ」と余計なお世話のサジェストをしてくれるのだが、これってきっと沖縄風の呼び方。
 そういう意味では、「ドクターペッパー」「チェリーコーク」なんかも出てきて、エキゾチシズムを盛り上げてくれる。聞くところによれば、ドクターペッパーは関東の一部と沖縄でしか製造されていないのだそうだ。
 なお、俺はどっちも苦手。
 苦手な人が多いという噂の「ミキ」。これも商品名らしいから方言というのはちょっと無理があるんだが、「飲む極上ライス」というコピーがついてるらしい。米で作った飲み物。甘い、らしい。きっと苦手だと思う。
 苦手そうな飲み物が続いたので、さっぱりとジャスミン茶。これは「サンピン茶」という。ジャスミンをさす中国語「香片」の音「シャンピン」を写したものである。

 あっという間に規定の字数に達してしまった。
 腹に溜まる食い物は来週。




*1
 これは、漢字コードが割り当てられていない文字を表記するために使われる便法。“[ ]”内で一文字であることを示す。 (
)





"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第587夜「ホテルジューシー (後)」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp