Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第558夜

交通安全川柳、どこまで (前)



 去年も紹介した、秋田県生活環境文化部主催による「高齢者の交通安全『あきた弁川柳』」。先日、入選作が発表されていた。
 去年の歳優秀作は自転車の飲酒運転がテーマだったが、今年は夜間の服装である。
 これはひょっとしたら運転してる俺が年をとったからかもしれないのだが、黒っぽい服を着てる人は確かに見えにくい。誰もいないと思ってのほほんと走ってると急に人影が現れておっかない思いをすることがある。反射材には抵抗あるかもしれないが、せめて黄色とか白がどっかにある格好をして欲しいと思う。
 それはともかく、その川柳の秋田弁について。

夜道ダバしょしたておらも光る服
「夜道では、恥ずかしいけど、私も光る服を着る」
 まぁ、確かに恥ずかしいわな。いくつもつけなくていいから、襟とかクルブシとかだけでいいからつけて欲しい。袖だとチラチラ動いて見つけやすいのではないか。
 公式発表の PDF では、これに「気恥ずかしい」という訳を当てているが、なぜ「気恥ずかしい」なんだろう。大辞泉によれば、「なんとなく恥ずかしい」とのことで、「恥ずかしい」のよりは弱いわけだ。誰かみっともないことをしてしまった人のことを「恥ずかしい奴だ」とは言うが、「気恥ずかしい」とは言わない。
 ひょっとして、反射材を積極的に身につけて欲しい、という意図で、そんなに恥ずかしくないよね、ということで誘導したかったのか。
夜道ダバ」には「夜道には」という訳をあてているが、間違いではないもののちょっと違う。「だば」は特別に取り上げて言うときの格助詞で、「昼は着ないけど夜は」とかそういうニュアンスがある。「夜道には」はちょっと弱い。
「夜道」は「」、「服」は「」。

危ねがらひやみこがねでベルトやれ
「危ないから面倒くさがらないでシートベルトをしなさい」
ひやみこぐ」は秋田弁でも横綱クラスの単語だと思うから説明はまぁいいとして、「ベルトやる」ってのも確かに秋田弁っぽい表現かもしれない。標準語でも「する」と「やる」は、多少のニュアンスの違いはあるにしてもほぼ同じ意味の単語だが、「ベルトやる」とは言わないはずである。
 それにしても、シートベルトもせず、ケータイで話をしながら (つまり片手で) 交差点を曲がる車の多いことよ。あれをまじめに取り締まったら国庫も相当、潤うであろうに。

ヤザガネヤ規則守ねば命ネヤ
「ダメですよ。規則を守らないと命がありませんよ」
 ストレートである。抜き身のようでもある。
やざがね」には「やざね」という形もあるので、最初これを「やざねがや」と読んで、そういう形もあるのか、と思った。
 前にも説明したが、「埒があかない」の変化したもので、「埒」というのは「馬場の周囲の柵」。これを区切りと見て、結末がつかない、けじめがつかないことを「埒があかない」と言った。それが「だめ」という意味になったもの。
「規則」には「きまり」という振り仮名がある。「命」は「
 上の訳では「ダメですよ」としたが、「ヤザガネヤ」にはもうちょっと強めのニュアンスがある。目上の人が下に向かって言うか、少なくとも同等の人に使う言葉である。目上の人に使うことはできない。

アヤッどでしたでぁ〜ベロッと出で行ぐな
「あぁ、びっくりしたなぁもう。ベロっと車道などに出て行ってはいけませんよ」
 訳が難しいな。公式訳は「急に飛び出すな」だが、つまり、「何の考えもなしに、唐突に、ふいに」という感じが「ベロっと」。
どでした」は「動転した」。
 なんで「出で行ぐな」なんだろうな。一緒に歩いている人が急に、なんだろうか。車を運転してる方からすると「出でくな」なんだが。
 話は変わるが、「おもむろに」という誤解の激しい単語がある。多くの人がこの「ベロっと」に近い意味で理解しているようだが、漢字で書くと「徐に」である。お世辞にも早くないので注意。

ごしゃげるな酒飲み運転ほじなしだ
「腹が立つ。酒飲み運転をする輩は愚か者だ」
ごしゃげる」は「ごしゃぐ」の自発形。言えば、「世話を焼く」と「世話が焼ける」の関係みたいなもん。まぁ、指しているものは同じである。
ほじなし」は、超神ネイガーですっかり有名になったが、「無知」「ドンくさい」のように一過性の状態を描写したのではなく、「性根がなってない」「分別がない」など、人の本質的な部分を否定する言葉である。ちょっと大げさか。いずれ、冗談めかして使うにしても細心の注意が必要な語である。
 これに対する公式訳は「とんでもないぞ」。なんじゃそりゃ。県庁が言うにはふさわしくない、と思って逃げたか。
 尤も、これは秋田県内のイベントで、見るほうも「ほじなし」の意味はわかっているから、訳は必要ないくらいのものなんだが、そこを逃げるくらいだったら、生活の言葉である方言からは遠ざかっていた方がいいのではないだろうか。

 つづく。




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