Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第543夜

森へ帰る



 建物関係の話題がだらだらと続く。
 土間について。

 岡山に「ベタ」という語があった。というメモは残っているのだが、改めてググってみたら数例しか見つけ出せなくて困った。
「ベタ基礎」ってのがやたらと出てくる。鉄筋コンクリートの板をべたっと引いて、その上に建物を作る工法らしい。土の上に枠を作ってそこにコンクリートを流すのは「土間コンクリート」と言って、まぁ、どっちも関係がないわけではない、ということであろう。
 検索キーワードとしてこれに「岡山」を足したところで、岡山の業者のページに絞り込まれるだけの話なのである。挫折。

 話変わるけど、土間ってなんであんなに固いんだろうね。勿論、つき固めてはあるんだろうけど、うっかりすると体育館とかの床より固かったりするよね。

 さて、建物からちょっと離れるが、前からメモしてあった語、「いぐね」。
 映画“SWING GIRLS”で上野樹里が「なんかいぐね、いぐね」って言ってたがあれではなくて、宮城あたりで見られる、家の周囲、敷地内に生えている樹木のこと。庭にぱらぱら生えてるんじゃなくて、本当に林みたいになってる奴。何年か前、NHK の朝ドラ「天花」で話題になった。
「屋敷林のこと」なんて説明があるのだが、「その前に『屋敷林』の説明が必要だろう」と思ってたら、そうでもないらしい。「屋敷林」という語の用例は十万件以上もある。俺が知らないだけか。「やしきりん」と読むそうだが、なぞの惑星から来た女の子のことではないようだ。
 そうかと思えば、「屋敷森」なんて単語もある。
いぐね」って、なんか語源の想像がつかない単語だが、「家久根」「居久根」と書くそうな。「久根」は境界である由。久根という地名は山ほどあるが、それが境界地域なのかどうかまでは調べていない。
 なお、「くね」は『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』にも載っている。「境界を仕切る垣根」とあるが、仕切らない垣根ってあるのかしらん。
 なんか文化的には、家の周りに木があるからってそれを切るのは没落と同義なので絶対にやらなかった、とか、色々とあるらしい。ささらないが。
 屋敷林は「いぐね」だけではない。富山には「かいにょ」というのがある。これまた語源の想像が全くつかない。漢字の部首か、とも思ったりするわけだが、「垣饒(かきにょう)」だそうな。「にょう」と読まれると訳がわからんが、言葉が多いことを「饒舌 (じょうぜつ)」という。「豊富」とかいう意味らしい。
 島根の「築地松 (ついじまつ)」は、わかりやすい。見たまんまだ。
 驚くのは、屋敷林が都会にもある、ということ。都会っつっても、世田谷の奥の方、とかいうんならわかるが、杉並だって。元杉並区民としては大いにびっくり。尤も、俺がいたのは高井戸という、幹線道路の交差地点。そっちが例外なのかもしれない。二十三区の外延にあるわけだし、井の頭線で景色を見てると、結構、田舎だった、って記憶もある。
 上に、十万件もある、と書いたが、それはひょっとしたら、一生懸命に守ろうとしているからじゃないか、という話もある。ニュートラルな記事は少なくて、愛着とか、自然保護とか、郷土愛とかそういう記事がほとんど。

 ちょっと「森」にささる。
「林」と「森」の違いについては、多くの人が「森の方がうっそうとしてる感じ」と捉えていると思うのだが、農林水産省の定義があるそうだ。Wikipedia の「森林」を参照して欲しい。
 なんと、人工物が林、自然のものが森。
 えぇ〜っ。
 ってことは、「屋敷森」って単語は間違いだということになる。もちろん、「鎮守の森」も「原始林」「原生林」も間違い。
 逆に、「林業」が「森業」でないのはそういう理由か、という点には納得がいく。
 まぁ、日常生活における単語の定義と、お役所の定義とは別、って点を差し引いても、あまりに我々の感覚から離れすぎてないかい。
 Wikipedia の記事の、「木が見えず、葉っぱが並んでいる様にしか見えないところ」というのは、その密集の具合を巧く表現していると思う。
 昔、日本の「森」は、量から言っても密度から言っても、「森」と呼ぶのは無理がある、という話を聞いたことがあるのだが、その辺ってどうなんだろう。ドイツのシュバルツバルト (Schwarzwald) は「黒い森」という意味で、植生の違いによるものらしいが、これは密度の問題でもあるのじゃないかしらん。尤も、日本全国に「黒森」は山ほどあるようだが。

 建物に始まったのになぜか森に行き着いてしまった。
 去年、いわゆるマンスリーマンションについて、都会の文物である、というようなことを書いた。
 この正月辺りから、俺の周囲に数件、新しいのができた。田舎に、こんなにたくさんできたことが不思議である。
 電気・水道が家賃に含まれ、基本的なメンテナンスは業者任せ。
 でも、電気水道は完全無料ではなく、一定のラインを超えれば請求が来るし、俺がいたところは楽器持ち込み不可、友達を入れてはいかん、という厳しいところで、確かに、学生むけの CM なんかも見たことがあるが、どう考えても学生向きではない。出先で仕事に追われる単身サラリーマン用施設だ。
 秋田も都会になったということなのか。




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