Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第542夜

二階に戻る



 ちと建物関係の話を続けてみたい。

 調べてみて驚いたのは、「二階」という意味の俚言がある、ということである。
『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』に「ふんだら」と「ちし」という形があって、後者はほとんど使われていないとの注記がある。
 残念ながらこれをググると、「ふんだら」では「踏んだら」もしくは「踏んだろう」の旧かな、「ふだら」では「言うだろう」の旧かなとノイズばっかりで全く調べがつかず。
ちし」の方は後に「つし」という形が全国に広がっていることがわかる。その変形であろう。
 方言ではなく「つし二階」という形は非常に多い。
 これは、「厨子二階」と書き、使用人の部屋とか物置などとして使った、天井の低い二階のことである。
 そこから、二階や二階の部屋のことを「つし」と言うようになった、それはわかるが、「厨子二階」そのものについては色々と疑問が残った。
 なぜ「厨子」なのか。
「厨子」は、大辞林によれば
(1)仏像・舎利・経巻などを安置する戸棚形の仏具。扉が両開きで、漆や箔(はく)を施したものが多い。
(2)古代の貴族住宅における調度の一。両開きの扉をつけた置き戸棚。文具・書物など身の回りの品を収納するためのもの。
 ということだが、これと「二階」の接点がわからない。
 よく見られる説明が「中二階」で、これは俺が間違って覚えていた。「一階と二階の間に作られたフロア」という意味だと思ってたのだが、
普通の二階よりも低く、一階と二階の中間の高さに造った二階。
 なのだそうだ。そこから考えると、人が住む部屋ではなく、物置という連想から厨子なんだろうか。
 なお、複数階層からなる棚を「二階厨子」と呼ぶそうな。ややこしい。
 この「厨子二階」につき物の、明り取りの窓が「虫籠窓」で、それこそ虫カゴのように棒をずらして並べて太陽光やら風やらを通したものだが、これは「むしこまど」と呼ぶ。
 さっき、使用人の部屋を物置と言って、ずいぶんと失礼な話だと思った人もいるかもしれないが、そもそも「厨子二階」という天井の低い二階が作られたのは、武士を見下ろしてはいかん、という身分差別によるものである。使用人の部屋になっている場合は、就寝時は階段や梯子を外して逃げられないようにした、というからどの道、ひでぇ話絡みなんである。

 富山では「あま」という形があるようだ。
 どうも、詳しく見ると、物置の二階、または屋根裏、というようなことらしい。こうなると完全に人間用ではない。
『秋田のことば』には「土間の上の二階」という説明があるんだが、ピンとこねぇ。昔の家の構造がわかってないとダメ、ってことかもしれん。

 人間に戻ると、新潟の各地に「にかや」がある。「や」が何かはおいとくとしても、「二階」の変形であろう。
 香川と広島の例も見つかった。ひょっとしたらこれは瀬戸内とかいうくくりになるんだろうか。

 変形、ということで言うと、秋田辺りでは「にげ」などと言ったりする。「」は濁音。
 じゃ全部そうなのか、と言うとさにあらずで、「三階」は「さんげ」にはならないし、「よんげ」もない。
ごげ」は言うかもしれないなぁ…。「地下二階」で「にげ」は辛いような。法則性、発見できず。そもそも秋田に、機械室とかいうのを別にして、地下二階のある建物ってあったっけか。
 実は「三階」が「さんかい」なのか「さんがい」なのかについてはちょっと調べた。
 俺自身は、こういう文章を漢字変換するときには「さんかい」とやるから、こっちを正規の形と認識しているようだが、どうも「さんがい」が正しいらしい。「三回」などとあわせて単純化の方向に変化している最中、というような話のようだ。

 先週、土間のことを「にわ」と言うところもある、と書いたが、まさに秋田もそうらしくて『秋田のことば』に書いてある。「にわ」が作業場所で、今で言う「庭」つまりきれいに作ったところは「おにわ」になる、と説明あり。「おにゃ」「にや」という形。ほかの地域では、「にわば」「にゃーば」なども。
とーり」というのもあって、これは「商家の土間」。人が通るところ、ということだそうな。
 長野で「どうじ」という例を見つけたのだが、これはひょっとして「とーり」と同じ単語か?

 またしてもつづく。




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